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 詳細が決定したらまた連絡すると言う大尉と別れ、宿舎へと塹壕内を進む。土の壁に押し潰されそうになりながら早足で歩く私の鼻に、妙に焼け焦げた臭いが届いた。宿舎の側の横穴、元々は待避壕だった所だ。覗き込むと、スザナが焚き火をしていた。

「何してるの?」

「閣下、トリです。おいしいですよ」

 満面の笑みで差し出された飯盒の中には、何やら肉の塊が入っていた。細く削った木の枝が突き刺さったそれは、油っぽい漬け込み液に半分沈んでいる。

「どうしたの、これ」

「すぐそこにトリがいたので捕まえました。ごはんの人達と分けて、塩と油貰いました。すぐ焼きますね」

「あ、そう…」

 頭の切り替えが追いつかない私の後ろからユーリアが顔を出した。彼女は彼女で薄く切り分けた固いパンをお盆代わりの板の上に並べている。

「お帰りなさい。昼食についてですが、その…」

「ええと、ニワトリを捕まえたの?」

「そのようです。気が付いたらスザナが肉を持ってきていまして。糧食部から調味料を貰ったとかで、これから焼く、と」

 野戦補給廠に戻ったようなやりとりに、足元から崩れ落ちそうになる。なんとか踏ん張って笑顔を作った。

「ありがとう、2人とも」

「いえ、我々は」

「ごはん大事ですね。元気になります」

「そうだね。本当にそう」

 昼食の準備を進める2人と別れて宿舎に戻った。真っ暗な中、飛び込むように自分のコットに突っ伏す。

 シュメルツァー大尉のあの視線。あれはつまり、私は人間として見られていないってことだ。穏やかで丁寧なのは元々そういう人だというだけ。犬や猫と接する時も、きっとあんな感じなんだろう。

 差別。いや、たぶん差別とすら思っていない。植民地の原住民が自分達と同じ人類であるはずがないという、この時代なら当然の認識。ここまであからさまにぶつけられたのは初めてだけど、薄々感じることは今までもあった。大佐の館の使用人。軍病院の医師。軍人達。人真似する猿に向けられる、好奇と嫌悪の混じったような目。今では全く感じないけど、最初はユーリアからもそういう感じはあった。大佐からは何も感じなかったのは植民地で過ごした経験からか、それとも彼が突き抜けた変人だからか。

 大尉にとって、私は見事な芸を披露する猿と同じ。便利だし使えるだけ使うが、その猿に帝国の命運が左右されるなんて耐え難い話なんだろう。戦死するならそれで構わないし、犠牲は増えても猿が神の奇跡を起こし聖女と呼ばれるよりは自然なこと。聞いたわけではないが、きっとそんなところだ。

 この世界に来てから、こんなに元の世界に帰りたくなったのは初めてだ。帰り方なんて分からないけどさ。いや直感的に思い浮かぶのはあるけど、試すわけにもいかないし。

「閣下、そろそろ焼き上がりますが」

 宿舎を覗くユーリアの後ろから外の光が差し込む。金髪がキラキラ輝いて後光が差してるみたいだ。

「ん、今行く」

 がっつり落ちていた気持ちが少しだけ浮き上がった。シュメルツァー大尉の思惑なんて知ったことか。私は私のやりたいようにやらせてもらう。コットから体を引き剥がすと、私はいつもの小銃を抱えて宿舎を後にした。

※作者註※

 差別意識については「より進化した西洋文明人が」「遺伝的・進化論的に劣るその他民族を教導する」という当時としてはごく普通の価値観として考えています。大尉の反応は教導する立場としての矜持とか騎士道精神とか、そういうポジティブなものとして彼等の中では受け止められています。

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