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「…………中尉が?」

 壕内に困惑が広がっていくのが分かる。私も同じ気持ちだ。大尉、根回しって言葉知ってます?

「中尉の能力についてはご存知のことかと思います。傷病兵の治癒に加えて、視察の際に見せた攻撃の無効化についても既報のとおりであります」

「うむ……」

 皆の顔にはっきり『信じられない』と書いてある。この世界の理を超えた存在が小学生みたいなちんちくりんでは無理もなかろう。

「中尉は新型速射砲による集中砲火に曝されても分隊規模の集団を守り切りました。どの程度の規模を、どの程度の時間防御できるのかについては不明ですので、本作戦によりその限界を探ることも目的としたいと考えております」

 シュメルツァー大尉がさらさら説明しているが、私は何も聞いていないし知らない。連隊長、そんな目で私を見ないでほしい。

「現在、我が連隊には臨時編成の中隊が存在しております。臨時中隊の誕生には中尉も関わっておりますので、本作戦にはこの中隊を投入することを提案いたします」

「具体的な作戦計画はできているのか?」

「草案は作成しております。作戦参謀閣下の助言をいただけましたら幸いです」

 頭を剃り上げた強面の少佐が睨みつけるのを、全く怯まずに見つめ返す大尉。睨み合いが続いた後、少佐が連隊長に向き直った。

「速射砲を鹵獲すること自体は有益ですが、『黄』号作戦への影響が未知数です。第3軍としての見解を確認すべきと考えます」

「作戦全体への影響は軽微かと。作戦開始前に敵機関銃陣地と野砲陣地を破壊しなければなりませんので、鹵獲作戦でそれを肩代わりできるのなら軍砲兵隊としては歓迎します」

 さっき『黄』号作戦を説明していた中佐が代わりに答える。連隊長が私に不機嫌な目を向けた。

「だそうだ、中尉」

「えっ、はい」

「中尉が可能と言うのならそれで構わん。今日中に作戦計画を提出しろ、シュメルツァー大尉」

「ありがとうございます」

 待って、可能なんて言ってない。突然話を振られて「はい」って言っちゃっただけだ。どんどん話が進んでいって、「やっぱり無理です」とか言える雰囲気ではない。隅っこで固まっているうちに作戦会議は終わってしまった。ガタガタと立ち上がり退出する将校達の邪魔にならないように壁際に寄る。シュメルツァー大尉が出ていくのを見て、その後を追った。

「大尉、よろしいですか」

「どうぞ」

 晴れていても少しぬかるむ塹壕の底を蹴り駆け寄ると、大尉は静かに私を見下ろした。

「今回の作戦についてですが、何も聞いていませんが」

「不可能でしょうか?」

 変わらぬ静かな口調で問われて、私は首を捻った。中隊を引き連れて前線を突破し、敵陣地内に侵入して武器を奪って帰ってくる。この間の視察とは全く別の話だ。できるかどうかなんて分からない。不可能かと言われると…どうだろう?視察の時に試した感じだと、かなり離れた位置の敵数百人を守ることはできていた。固まって行動する中隊なら、攻撃の密度によるが防御自体は可能だと思う。後はそれをどれだけ継続できるかだが、やってみないことには何とも言えない。

「無事を保証はできません」

「構いません。戦場で安全を確約するなど不可能です。今回の作戦で投入するのは遊兵ですので、その全てを失ったとしても連隊としては何ら不都合はありません」

 あっさりと言い切る大尉の言葉に絶句する。遊兵と言うが、中隊ってことは百人以上。それだけの命を「不都合はない」と切って捨てるのか。

「…先程、私が関わっていると言っていましたが。その、中隊の誕生に」

「ええ。中尉が着任初日に目覚ましい働きを見せてくださったおかげで、連隊には本来戦線復帰する見込みでは無かった負傷兵達が大量に戻ってきました。既に補充兵を編入していた関係で原隊復帰できない兵が存在することとなったため、臨時中隊を編成しています」

 ああ。初日の暴走で何百人だか治癒してしまったから大変だったとか何とか聞いた気がする。定員を超えて兵士を抱えているなんて本来は有り得ない話のはずだ。だからこんな無茶な作戦も通ったのか。

 待てよ、そうすると今回の作戦に投入されるのは私が治した兵士達ということ?一度私が命を救ったのに、またその命を危険に晒すのか。軍隊としては当然なんだろうけど、何だろう。ものすごくもやもやする。

「決定、なのでしょうか」

「作戦計画に修正は入るでしょうが、大筋は変わらないと思います。何か不都合でも?」

 大尉は相変わらず穏やかだ。口調も目付きも。私を見下ろす表情は、雑談に呼ばれた時と何も変わらない。

 そう、変わらない。私自身の命に関わる話でも、大尉は未知の未来技術の話をする時とまるで変わらない。

 ざわっと両腕が粟立った。

『その全てを失ったとしても連隊としては何ら不都合はありません』

 全ての中には、私も含まれているんだ。居ようが居まいがどうでもいい存在。大尉の穏やかな視線が私を素通りしていることに、今初めて気が付いた。

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