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 一山いくらレベルの賃金労働者に過ぎないアラサー女だった私の、何がどうしてこうなったのかは分からない。まあ、そもそも何かしたのは私じゃなく大佐だ。

 初めてこの世界で目にしたのは、薄暗い地下室。おどろおどろしい髑髏の燭台が並び、じめじめと湿った床には魔法陣と思しき紋様。中心にしゃがみ込む私の目の前には、なんかよく分からん杖を持った白いローブみたいのを着た男。痩せた長身の体躯に、一見知的なロマンスグレーの髪。アクアマリンのような薄いブルーの瞳が驚きに見開かれ、そして徐々にギラギラとした輝きを宿していく。

「おお、※¿♯⁂∝〻よ。ついに我が声に応え…」

 両手を高く掲げて何やら感謝の祈りを捧げているっぽい初老の男性を、私はただぽかんと見上げていた。もはや私を見てもいない彼から目を離し、改めて室内を見渡す。蝋燭の薄暗い光では奥まで見通せないが、そこそこの広さがありそうな部屋に何やら雑多なモノが置かれている。用途が分からないが、どれもこれも禍々しいオーラを放っているのだけは肌で感じる。ある種統一の取れた空間の中で、安いジーとユーの部屋着に身を包んだ私だけが浮いている。

 ひとしきり祈りを捧げ終えたのか、男性がぐるりんと私を見た。穏やかな微笑みを浮かべ、優雅に礼をする。

「我は神の忠実な僕、神の御手。我が言葉は神の言葉。導かれし使徒よ、名乗るがよい」

「あ、えーと、花宮小鳥です」

 バカ正直に答えてから、あ、個人情報渡すのはまずいかもとどこかで思った。夢としか

思えないような空間の中で、真面目に考えてもしょうがないよね、とも。

「ハナ=ミーア・コートリー。神の名において命じる。帝国を救う力と為れ」

「あー、ちょっといいですか?ここ、どこですか?」

 なんかよく分からん杖みたいのを目の前に突き付けられたので、片手でひょいと除ける。よく見ると何やら顔みたいのがびっしり付いていて、ぶわっと鳥肌が立った。変なの触っちゃった…。

「…大ゲルマニア、帝国の北東の果てである」

 男がショックを受けたような顔をして後ずさった。声も何だか震えている。ちょっとついていけなくなって立ち上がると、男の顔色が薄暗い蝋燭の下でも分かるほど悪くなった。

「汝に命じる。その場に跪け」

「えーと…」

 様子のおかしい男に一歩踏み出すと、彼は明らかに怯えた様子で私から距離を取ろうとした。後ろにあったテーブルにぶつかり、怪しげなグッズが転がり落ちる。杖を投げ捨て必死の形相でテーブルの上を探る彼が私に突き付けてきたのは、今度は銃だった。優雅な彫金が施されたリボルバー。え、と思う暇もなく銃口が火を吹く。閉鎖された地下室に轟音が反響し、耳がキーンとなった。光と音が、5回、6回。静けさを取り戻した地下室に、カチカチと引金を引く音だけがしばらく響く。絶望と恍惚をごった煮にしたような表情で膝から崩れ落ちる男を前に、何も分かっていない私はただ立ち尽くすしかなかった。

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