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密談というほどでもない会合を終えてテントを出ると、陣地の解体がかなり進んでいた。南部方面軍は今日中に山越えをしなければならない。どう見ても一人で担げる限界を超えた量を背負って歩いている兵士があちこちに目に付く。中には解体した野砲を背負っている兵士もいた。人が運べる重さなんだ、あれ。
「南部方面軍はハフリンガーを使わないんですか?」
「あれは第三軍の虎の子だ。提供したいなら貴様等は徒歩で山越えになるぞ」
私の言葉にホイアー中佐が興味も無さそうに答える。
「いえ、どうにかしたい訳ではなく純粋に気になったもので。馬も居ないんですね?」
さすがに全てを人力で運んできた訳ではあるまい。南部方面軍にもトラックはあったはずだし、馬車も見かけた気がする。
「居たぞ。夜襲で相当数を失ったらしいがな」
「ああ……」
移動手段は優先的な攻撃対象になるか。そういえば損害を恐れてハフリンガーの夜間移動は禁止されていたっけ。
「物資も安易に集積していて大損害を受けたそうだ。南部方面軍の連中は戦訓の検討もしていないのか?」
西部戦線では歩いて一分の距離で敵と接していた。そこで積み重ねられた血塗られた経験は、詳細な報告書となって共有されているはずだ。それを全く活かせていないとしたら、南部方面軍は何をしているのかという話になってくる。さっきの作戦会議の冷やかな空気も納得できてきた。
「あの調子では前進にも相当な時間がかかるのでは?」
「損害を気にせず前に出るぶんには大した苦労は無いさ。そこに見えている山を越えればもう連合国だ」
中佐の指差す先には真っ白に雪を被った山並みが幾重にも重なって聳えている。どれが「そこに見えている山」なのかは分からないが、とりあえず頷いておいた。
「敵の砲弾備蓄は当初の予想通り払底しているようだし、夜襲の戦果を土産に早々に撤退を開始した敵部隊も居るようでな。南部方面軍が主張するほど激しい戦闘が続いているわけではないはずだ」
デューリング少佐が陣地の撤収を進めている兵士達を横目に呟く。あんまり、というか、明確に好印象は持っていない目付きだ。先遣隊としてこっちに来てからさんざん嫌がらせをされていたみたいだし、それもそうか。
「ともかく、皇太子殿下親征までには街道沿いを完全な支配下に置く必要がある。さっさと前進してもらわなければ我々も困る」
「はい」
いまいち『親征』というのが何をするものなのか分からないので、こちらにもとりあえず頷いておく。そんな話をしているうちに、遠くに乙女達の姿が見えてきた。見覚えのある野戦病院のテントの前で何やら話している。ホイアー中佐達はどうやら私の部下の所まで案内してくれていたらしい。こんな何の目印も無いところで何をどうやって見当を付けているんだろうか。私なら間違いなく道に迷うけど。
「野戦病院が動くまでには間がある。後で索敵を依頼するかもしれんが、今は少し休んでおけ」
「了解しました」
乙女が私に気付いたようで、軽く手を振っている。私も片手を上げて応えると、荷物を抱えて進む兵士達を避けながら彼女の待つテントに向かった。




