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「ええっと……」

「聖女様には南部戦線の現状から説明が必要か」

 ホイアー中佐がコーヒーを一口飲んだ。つくづく何も知らなくて申し訳ない。直属の上司がろくに説明をしてくれないもので。

「さて、どこから話したらいいものか」

「一からお願いします」

「……仮にも士官が無知を晒すのはどうかと思うぞ」

 中佐がデューリング少佐をちらりと見やると、少佐が頭を擦りながら口を開いた。

「まあ、帝国にとって不名誉な話も多くてな。初めは順調だったんだが」

 南部戦線は同盟国との共同戦線だ。連合国の結束が弱く独立志向が強いため、連合国軍は銃の規格統一すらできずにいた。そんな軍が帝国軍に敵うはずもなく、緒戦は連勝に次ぐ連勝。連合国北部を占領、ついでに連合国と関係の深かった公国も占領したところで、共和国が本格的に軍事介入してきた。山岳を挟んで補給が困難な最前線を同盟国が担い、公国を拠点とした帝国軍が補給路を確保する。そういった役割分担ができあがったのが開戦から三ヶ月後のことだったそうだ。

 当初、南部方面軍は三個師団十万人規模。やがて二個師団六万人規模に縮小されたが、後方支援任務としてはかなり多い。

「やることの無い集団がどうなるかは、傭兵の時代から変わらんな。公国がそれなりに豊かだったのも災いして、略奪が公然と行われるようになった」

「司令部は何を?」

「司令官閣下が率先して美術品を略奪したんだ。部下が真似たからといって強くは言えん」

 最初は公国の公的施設や美術館の接収。略奪が民間に及ぶまで、そう時間はかからなかった。帝国に対する反感が高まると、治安維持名目で一般兵士が市民に難癖を付けて暴行を加える事件が頻発するようになる。

「帝国としては東西戦線が予断を許さない状況で、南部戦線に構っている余裕は無かった。憲兵も内部の事件処理で手一杯でな」

「内部で?」

「略奪を働く連中は友軍のものだろうが何だろうが盗む。俺が盗った時計を奪われた、みたいな事件が次々持ち込まれては憲兵も身動きが取れん」

「そんなバカな話……失礼しました」

「バカ、というのも少々手温いくらいだがな。なんなら司令官閣下も略奪されているぞ。後送したはずの美術品が途中で消えた、と激怒していたという報告が参謀本部にも届いている」

「……それを放置していたんですか?」

「当時は皇帝陛下も……まあ、色々あってな。こんな醜聞を耳に入れたら報告した者の首が飛びかねなかった。帝国領内に火の粉が飛ばなければ良い、と隠蔽された情報は多い」

 叙任式での皇帝の第一印象を思い出す。疲れ果て、濁った目。あの老人が最高権力者の座にあったわけだ。そういえばホイアー中佐も私の情報を全部報告したわけでは無かったんだっけ。

「ただ、そうこうしているうちに軍の物資を横流しする者まで出てきてな。連中、機関銃まで売り払いやがった」

「それは、もう叛逆では?」

「敵に横流ししたわけでは無いんだが……損傷や紛失名目で流れた武器が同盟国内の不穏分子の手に入り、政治的な混乱を拡大させたのは否定できん」

 ホイアー中佐が渋い顔で腕を組む。国王が突然退位して混乱が起きて戦線が停滞、とは聞いていたけど、その裏には帝国が、というか南部方面軍がいたってことか?

「国際問題では?」

「そうだな。だからこその皇太子殿下親征だ。皇帝陛下は南部戦線の膿を全て出し切る決意でいらっしゃる。それもこれも聖女様の癒しのおかげだ」

「はあ?」

「首都入城式での皇帝陛下は誰の目から見ても全盛期の陛下だった。ついでに参謀総長閣下もえらく聡明な様子でな。今まで停滞していた情報が全て吸い上げられ、帝国の戦略大綱が決定された。共和国との早期停戦もその一環だ」

 あの時、皇帝と一緒にいたおじさん達にも治癒の光が降り注いだ。私は帝国指導部をまとめてまともにしたらしい。

「西と南については領土を諦める代わりに賠償金と海外植民地利権を得る。西に続いて南も早期に解決し、東方に全戦力を集中させる。狙いは東方の沃土と油田だ。貴様も士官として把握しておけ」

「はい」

 なんか歴史で「東に向かうのは死亡フラグ」みたいな話を聞いた気がするんだけど、この世界では違うんだろうか。いやこの世界の歴史の教科書にも、どっかの皇帝が東方に遠征して冬将軍に負けた、みたいのがあった気がする。

「あのー」

「聖女様にも色々働いてもらうぞ」

 聞こうとしたらホイアー中佐が悪い笑みを向けてきた。まあ、歴史について私より知らないわけがないだろうしいいか。

「今度は何をしたらいいのでしょうか?」

「皇太子殿下がいらっしゃる前の露払いだ。南部戦線の連中に軍規とは何かを教えてやれ」

「私の仕事では無いように思いますが」

「着任早々綱紀粛正に奔走する姿には感動すら覚えたぞ。さすがは皇帝陛下の忠実なる剣だ」

「はあ」

 私のやらかしを徹底して利用してやろうという強い意思を感じる。まあ、現状では私達も安心して生活できない。ある程度はやるしかないんだろうな。

「具体的には何をするんでしょうか?」

「今後については大佐にも相談しなければならんだろうが、まずは司令部を抑える。行くぞ」

「は」

 ホイアー中佐が立ち上がる。実に楽しそうだ。

「今なら大佐も副司令官閣下も会議室に居るだろう」

「奇襲か。俺も同行しよう」

 デューリング少佐も立ち上がり、中佐と何やらアイコンタクトを取っている。何?何をさせる気?

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