表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

122/126

115

 斜面を下っていく間はほぼ無言で過ぎていき、町に着いても軍曹は何も言わなかった。ただ、町中ですれ違う兵士達が私達に向ける目線がどこか複雑だ。好奇心と遠慮のない下世話な目に加えて、憎悪も含まれている感じ。他所者に仲間を撃たれたとなればこうもなるか。私達を囲むように前後に展開している憲兵達も、私達の監視というより不測の事態を警戒しているような動きをしている。一応皆には防御を展開してあるのでこっちは怪我はしないが、発砲されたら大混乱になりかねない。それで向こうが勝手に怪我をしたらさらに話がこじれてしまう。変な気は起こさないでほしいな、と思いながら、谷筋に沿って広がる町の中を進む。

 司令部のある建物まで何事もなく到着すると、中では今度は中尉の階級章を付けた士官が私達を引き継いだ。ユーリアとスザナ、乙女は別室で待機になるようだ。ミラとピーターはここでお別れ。ピーターに小銭を渡してミラを家まで送り届けるように頼むと、任せとけと言うように腕を叩いて去っていった。

 先を進む中尉に付いて建物の中を進む。元々は宿屋のような役割を持っていたのか個室が多い。階段を上り三階に出ると、立哨の兵士が無言で敬礼してきた。奥の部屋が司令部として使われているようで、廊下にも机が出ていて下士官が事務仕事をしている。彼は私達の姿を認めると立ち上がり、ドアをノックした。すぐにドアが開き、中尉に促されるまま中に入る。

 広い部屋の中には机が並んでいて、横の壁には南部戦線の大きな地図が掲げられている。机を囲んで将校がずらりと座っていた。なんとなく半々で睨み合いのようになっているのは、たぶん第三軍の先遣隊もこの部屋にいるからだ。大佐をはじめぽつぽつ見知った顔が混ざっている中に、ホイアー中佐とデューリング少佐もいた。情報参謀と作戦参謀なら先遣隊にいても不自然ではないか。……あれ?二人とも連隊の参謀であって第三軍の参謀ではないような?

「ハナ=ミーア・コートリー陸軍大尉、只今到着しました」

 もやもやしたまま敬礼すると、奥の顔色の悪い将校が手振りで着席を促してきた。彼が南部方面軍の司令官だろうか。それにしては少将の階級章なので若干階級が低いような?首を傾げながら着席すると、案内してくれた中尉が退室して後ろでドアが閉まる音がした。

「……さて、大尉。…………あー……」

 少将が視線を彷徨わせながら口を開いた。なんか予想していたのと違うな?もっとこう、詰められると思っていたんだけど。

「副司令官閣下、差し出がましいようですが私が進行しても?」

「許可する」

 微笑を湛えた大佐が口を開くと、少将は渡りに船とばかりに丸投げした。これ、あれだな。私が到着する前に散々やり込められて結論が出ているやつだ。

「コートリー大尉。着任早々南部戦線の兵と問題が発生したようですが」

「はい。分隊規模の兵士集団が現地住民を襲撃していたので、軍規に則り制止しました」

「その際、実力行使があったと聞いていますが?」

「はい。当該集団の責任者と思しき少尉が銃を抜こうとしたので、発砲し制圧しました」

 ざわ、と何か言いたそうな空気が漂ったが、大佐が微笑一つで収めた。手元の資料をぺらりとめくり、また私を見る。

「その少尉からは、階級差を笠に着て理不尽な要求を受けたとの証言が上がっています。この点についてはどのように弁明しますか?」

「民間人への暴行をやめるように、というのが理不尽な要求だと言うならそうかもしれません」

「その場での中尉の発言を再現していただいても?」

「はい。『彼女を解放し、持ち場に戻れ』と。発言内容については、私の部下とその場にいた民間人が裏付けの証言をしてくれるはずです」

「なるほど。ありがとうございます」

 大佐が手元の資料をとんとんとまとめると、部屋の中はしんと静まり返った。たぶん南部戦線側の中佐がそっと挙手する。

「あー…………少尉の証言の中に、何かが光り傷が消えた、とあるのだが……」

「はい」

「…………どういうことなのか、説明を」

「そのままの意味です。光が傷を治しました」

「…………」

 何を言っているんだ、という顔の南部戦線の将校と、何を当たり前のことを聞いているんだ、という顔の第三軍の将校がじっと見つめ合う。微妙な空気の中、ホイアー中佐が口を開いた。

「これが聖女の奇跡です。資料はお配りしたはずですが」

「ああ、いや。うむ……」

 質問した中佐が頭を抱えてしまった。常識的であればあるほど受け入れがたい話だろうし、気持ちは分かる。ホイアー中佐、真面目な顔を作っているけど楽しそうだな……。これ、南部戦線の皆さんが主導権を取り戻すのは無理じゃないか?

「副司令官閣下、大尉の件についてこれ以上議論の必要は感じません。むしろ、南部方面軍の風紀紊乱は目に余る。これを好機として、綱紀粛正を徹底すべきと思料します」

「いや、それは」

「皇太子殿下の親征に際し、このような実態が詳らかになれば責任問題だ。お分かりでしょう、閣下」

「うむ……」

 少将が人間ってこんな顔色になるんだ、という色になっている。髪もべっとり汗で濡れて張り付いていて、妖怪メイクをしたみたいだ。というか副司令官って、司令官はどこに行った?あと皇太子親征って何?

「副司令官閣下におかれましては、黒鷲騎士の大尉が先遣隊として選任された意味を熟考していただきたい。今回の先遣隊派遣に際し、新年までには終わらせるようにと皇帝陛下直々のお言葉も賜わっております。迷っている時間的猶予は無いものと思いますが」

 大佐が追い討ちを掛けると、少将はずるずると椅子に沈み込んだ。南部戦線の将校達も総じて吐きそうな顔をしている。あー……これ、私のやらかしを徹底的に利用して主導権を奪おうとしているのか。軍内政治って怖い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ