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宿舎として指定された納屋は思っていたよりもしっかりした造りで、石造の土台の上に二階建て木造の建物が乗っていた。施錠されていない戸を開けると、中には荷車と鎌や鍬の類が雑然と並んでいる。手すりの無い急な階段が奥にあって、二階に上がれるようだ。一階には見た限り窓が無い。静かな乾いた黴の臭いが漂っている。少女が──ミラ、というらしい──さっと階段を駆け上がり何やらガタガタ音がしたと思ったら、上から光が差し込んできた。窓を開けてくれたようだ。上が明るくなったおかげで、二階の床の真ん中に大きな穴が空いているのが分かった。知らずに暗い中を上がっていったら落ちていたかもしれない。階段を下りてくるその手には箒が握られている。早速掃除を始めているミラに続いて、ユーリアとスザナも中の確認を始めた。私と乙女は外周をぐるっと見て回ることにした。斜面に石を積み上げて平面を作っているので、そこまで大きな建物ではない。石もどこかから運んでくるとなると、横に広げるよりは縦に高くする方が楽なんだろうな。一階には窓一つ無いのがどこか砦を思わせる。獣対策だろうか。
「景色は綺麗ですけど、生活は大変そうですね」
「うん、ちょっとね」
見下ろす先には町が見える。町からここまで斜面を上ることおおよそ十五分。イーペルの塹壕内でもそれくらいの距離は歩いたりしたが、見渡す限り草原の中にぽつんと建っている小屋では孤立感が強い。雪を被った山から吹き下ろす風に身を縮めながら戸口に戻ると、ユーリアとミラが何やら話し込んでいた。
「閣下、彼女に確認したところ小屋の周囲には水場は無い、とのことです。生活用水は町まで取りに行く必要がある、と」
「あー……」
「火を使う時は外で石を組んでいるそうです。人が泊まることを想定している建物ではないようですね」
「まあ、だろうね」
農機具を少しと、農作物や干草を置いておく程度の想定だろうことはぱっと見で分かる。他所者に対する嫌がらせもここまで分かりやすいとむしろ心地良い。毎日水と食糧の配給を取りに行くだけで大変そうだ。
「それとトイレの類もありませんので、どこかに穴を掘って──」
「えっ」
突然後ろから声がしたので振り向くと、乙女が引きつった顔で立っていた。ああ、乙女はこっちに来てからそういう経験は無いのか。大佐の館でも列車でも、日本基準だと汚い方だけどきちんと便器のあるトイレがあった。召喚された当初、部屋に引き篭もっていた時には部屋の中でどうにかしていたようだけど、あれは精神ぶっ壊れていた時だしなあ……。
「……まあ、小屋の中のものを使っていいようなら囲いくらいは作れるだろうし」
「…………はい」
乙女が覚悟を決めた顔で頷く。ごめんね。私も満天の星空の下で凍えながらするのは嫌だから善処するよ。




