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兵士の数は十二人。少尉を入れて十三人。既に銃剣を抜いている者もいるが、半数以上は私達が女だからと侮って反撃されるなんて思っていなかった様子だ。壁際に小銃が並んでいるが、それを取って装填している間にどうにかできるだろう。気付けば私の後ろでユーリアが着剣済みの小銃を構えていた。スザナも拳銃を抜いている。
「もう一度。彼女を解放し、持ち場に戻れ」
「お前、こんなことして、タダで済むと」
「彼女を解放し持ち場に戻れ」
命令を繰り返すと、兵士達がじりじり後ろに下がり始めた。それに合わせて私達が中に入り、中央のテーブルに近付いていく。スザナがまだ焦点の定まらない瞳をしている少女の上にコートを掛けた。
「マリーア」
「…………」
「マリーア?」
「あ、はい?」
ぼんやりしていた乙女の顔に生気が戻った。目をぱちくりしている彼女に向けて笑顔を作る。
「彼女の傷を治してあげて。あと、ついでにそこの少尉も」
「あ、はい。了解、しました」
乙女が手をかざすと、少し赤みがかった光がふわりと飛び出した。暗い室内をゆらゆら照らした光がテーブルの上の少女に降りていく。腫れ上がった頬が白さを取り戻し、目に光が戻るまでそう長くはかからなかった。ついでに床に転がっていた少尉も体を起こし、意味がわからないという顔で軍服に付いた血の染みをしげしげと見ている。
「……さて」
私が改めて銃口を兵士達に向けると、彼等の体がびくりと跳ねた。
「命令は理解しましたか?」
「了解」
兵士達が敬礼し、そそくさと装備品をまとめて出ていく。抱え起こされた少尉が兵士の手を払い、未知の恐怖に触れたという顔で私と乙女を見た。
「西の、魔女……」
ぽつりと呟き出ていった少尉が見えなくなると、暗い土間はまたしんと静まり返った。なんか変な二つ名を付けられた気がする。西の魔女、って何かそういう物語があるのか?ぽっかり開いたままの戸口から、案内してくれていた男の子がひょっこり顔を覗かせた。何事か興奮した様子で話してくるのにユーリアが答えている。
「なんて?」
「ええと、この町の守護聖人のことを話しています。戦場になった町で傷付いた人々が教会に集まると光が降り注ぎ、たちどころに傷を治した伝説があるようです。マリーアは神の御使いなのか、と」
「……このことは誰にも話さないように釘を刺しておいて」
「了解しました」
町に変な噂を流されても困る。ユーリアと男の子が話しているうちに、テーブルの上の少女も起き上がった。黒に近い栗色の髪に濃い灰色がかった青い瞳。せいぜい中学生くらいの年頃だろうか。乙女が背を支えると、その目にもりもり涙が溜まり、ぼろぼろ溢れ落ちていった。
「ユーリア、彼女に家まで送ると伝えて。安全は保証する、と」
「はい」
ユーリアが目線を合わせて話し掛けると、少女は何度も頷き、首を振った。涙を拭きながら何か言葉を交わしているが、内容が分からない。
「彼女は何と?」
「その、一緒に連れていってほしい、と。庇護を求めています」
「ええと……」
彼女の気持ちは分からなくはないが、そう簡単に安請け合いはできない。正直なところ南部戦線で何をするのかもよく分かっていないのだ。先遣隊としか聞いていない状況で、寝泊まりする場所もまだ確認していない。そんな縋るような目で見られても……。
「…………とりあえず、宿舎まで一緒に行こうか」
「了解しました」
後のことは、後で考えよう。着任早々イベントが多すぎる。




