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 施錠もされていない戸を開けると、煙草の臭いが鼻を突いた。薄暗い土間にはゴミが散乱し、戸棚はひっくり返されたまま転がっている。その中央に重たそうな大きな木のテーブルがあって、兵士達が十人ほどで取り囲んでいた。

 テーブルの上にはさっきの少女が仰向けに押さえ付けられている。剥き出しになった白い肌が、暗い中でもはっきり見えた。その場にいる全員が一斉に侵入者に目を向ける。外の光がそれに反射して、ギラギラと不気味に輝いた。

「ハナ=ミーア・コートリー陸軍大尉です。責任者は状況の報告を」

 努めて抑えた声を出す。「大尉……?」とざわめきが起こり、女四人の奇妙な集団に遠慮のない視線が突き刺さる。場の空気が困惑から嘲りに変わるまで、そう長くはかからなかった。

「で、その大尉殿が何のご用件で?」

 少尉の階級章を付けた男がこちらに向かってきた。帝国軍人らしく大柄な男で、遠慮なく私を見下ろしてくる。

「状況の報告をせよ、少尉」

「見ての通りですが?」

 完全に小馬鹿にした態度に、後ろに控える兵士達から笑い声が起きた。目が慣れてくると少女の顔が赤黒く腫れ上がっているのが見えてくる。涙と鼻血で汚れた頬。奥の光が消えた、戦場で散々見た恐怖に塗りつぶされ諦めた目。

「南部戦線の兵は報告も知らないのか?」

「はあ?……ああ、西から来たってのは大尉殿ですか」

 面倒臭そうに対応する少尉の顔に不快の色が濃くなってくる。ここで舐められたら、次にテーブルの上に引きずり上げられるのは私達。真っ先に標的になるのは、身分のはっきりしない乙女だ。

「民間人に対する暴行は軍規違反です」

「はあ。それが何か?」

「軍規違反を承知で行動していると判断してよろしいか?」

「あのなあ。西部戦線ではどんな建前で動いていたのか知らないが、こっちにはこっちのやり方があるんだよ。分かったらお引き取りください、軍医大尉殿?」

 軍医、にイントネーションを置いて、少尉がもう一歩前に出てきた。ユーリアとスザナが付けている看護徽章から判断したか。

「彼女を解放し持ち場に戻れ。軍規違反については憲兵本部に報告のうえ、おって処分を通達する」

「いいかげんにしろよ、お前」

 少尉が手を伸ばしてくるのと、私が拳銃を抜くのが同時だった。銃口を眉間に向けると、さすがに少尉も動きを止める。

「彼女を解放し持ち場に戻れ」

「……舞い上がってんじゃねえぞ、牝猿が」

 怒りが膨れ上がっていくのが分かる。後ろの兵士達がそろそろと壁に立て掛けてある小銃に向かおうとするのを目で牽制すると、今度は腰の銃剣を抜き払った。

「抗命は軍規違反だ、少尉」

「調子に乗ってんじゃねえぞ。勝てると思ってんのか」

「もう一度命令する。彼女を解放し持ち場に戻れ」

 重い沈黙が流れ、外を吹き荒ぶ風の音がうるさく響いた。少尉がじり、と一歩下がる。

「穏便にいきましょう、大尉殿。あんたは今回の件に目を瞑る。俺達はあんたの越権行為を見逃す。それでいいでしょう?」

「この場での上席は私です」

「戦闘中で司令部との連絡途絶の状況ならともかく、西のあんたが俺達に命令する筋合いは無いでしょう。銃を向けて強要するのは完全に越権行為だ。軍規も知らんのですかな、大尉殿?」

 今度は論破を試みてきたか。面倒臭くなってきた。拳銃を支えていた両手が徐々に下がってくる。

「そうそう。ゆっくりこっちのやり方を学んでいってください、大尉殿──」

 少尉が腰の拳銃を抜いた刹那、発砲音が響いた。白い光が一瞬走り、すぐまた暗くなる。撃鉄を引き起こすと、私は改めて拳銃を構え直した。

「全員その場から動くな」

 腹を押さえて土間に崩れ落ちる少尉を横目に、奥の兵士達に銃口を向ける。きちんと?人を撃ったのは初めてだな、と、妙に冷静になっている私がいた。

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