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要塞。ザクセン家公邸の第一印象はそれだった。ぐるりと囲む窓の無い壁。正門の上には盾の上に斜めに帯が入った紋章が掲げられている。門をくぐると中庭があって、その向こうに無骨な石造の建物が聳えていた。四角い主塔がどんと聳える様は住み心地なんてまるで考えていないように見える。首都の要衝にこんな拠点を構えているとなると、皇帝との関係はあんまり良くない?
車を降りるとすぐに使用人の皆さんが荷物を運んでいく。大佐は大佐で別行動のようだ。物腰の穏やかな、それでいてどこか機械的な女性の先導で中に入るとすぐに階段があり、上りきると照明が煌々と輝く大広間に出た。壮麗な刺繍が施された布で壁一面が覆われていて、床にも複雑な紋様の絨毯が敷き詰められている。誰もいない豪華絢爛な空間を突っ切り奥に進むと、遠目では分からないような位置に裏に回る通路があった。窓のない石壁の廊下は一人分くらいの幅しかない。隠し通路的なやつだろうか。……私達、どこに連れて行かれようとしてるの?
そこから階段をさらに上がり、何度か角を曲がった先に部屋が並んでいた。案内された部屋はごく普通の内装で、薄暗い電球に照らされてベッドが二つと机があるのが見える。机の上には水差しとコップ。トイレは廊下の突き当たりにあるようだ。私と乙女、ユーリアとスザナで分かれて中に入ると、自然と溜め息がこぼれた。
「なんだか疲れましたね」
「ね。電車乗ってただけなのに」
言ってから電車ではないな、と思ったがまあいい。カーテンをめくると、窓の外はさっきの大広間だった。大広間の上に張り出すように部屋があるらしい。窓ガラスは窓枠に嵌め込まれていて動かなかった。どういう身分の人が泊まる設定の部屋なんだろうか。
「明日も早いらしいからさっさと寝よっか」
「ですね。どこにも行けそうにないですし。私、もう道が分からないです」
細くて枝分かれした通路をうねうね進んだせいで、私もどこをどう通ってこの部屋に来たのか分からない。逃走防止……では、ないとは思うけど。どうせ寝るだけだしまあいいか。さっさと軍服を脱いでベッドに横になると、ふんわり何かの花のような香りがした。後から乙女もベッドに潜り込んでくる。
「おやすみなさい」
「おやすみ。また明日」
暗い電球が板張りの天井をぼんやり照らしている。カーテンの向こう、誰もいない大広間は、昔は人が溢れていたんだろうか。遠い昔に思いを馳せているうちに、私の意識はゆっくり溶けていった。




