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メヒティルデからの「お土産」をどうしていいものか考えても分からないので、大佐の使っている個室まで持っていって見せてみた。中では狭い空間に板を渡して書類を積み上げていて、部下の人達が黙々と仕事をしている。お疲れ様です。大佐は特に驚く様子もなく、「確かに前線では扱いに困るかもしれませんね」と現実的な心配をしていた。塹壕で味も素っ気もない軍服にダイヤを散りばめたブローチを付けていたら浮くのは私でも分かる。かといってどこかに置いておくのも気が気ではない。
「それでは銀行の貸金庫に預けるのはいかがでしょうか。今から貴方が契約するのは難しいかもしれませんが、帝都には私の使っている貸金庫がいくつかあります。いったんはそちらで保管しておいて、落ち着いたらその後の処遇を考えてみては」
「お願いします」
箱ごとブローチを預けると、肩のあたりがすっと軽くなった気がした。やはり私には荷が重すぎたようだ。
「ところでこれは相当高価なものだと思うのですが、貴族のお土産としては普通、なんでしょうか」
「普通、と言うにはいささか希少な宝石を使用しているとは思いますが、それほど珍しくはないかと。おそらく首都陥落の混乱でカラーダイヤモンドのコレクションを手放した方が居たのでしょう」
「はあ」
珍しくはないレベルなのか。貴族の世界って怖い。前にもらった指輪も高そうだったしな。あれは大佐の館に預けてきたけど、どれもこれも私の生涯年収を超えてきそうだ。
「帝都では一泊する予定です。明朝南方行きの臨時列車がありますので、それで南部戦線へ向かいます」
「了解しました。……その、臨時列車というのは」
「貨客車編成のようです。南部戦線に注力するにあたり、集積していた物資を運搬するついでに我々も同乗させていただきます」
「なるほど」
「臨時」の言葉でまた皇帝と一緒に行動するのかと警戒したが違うらしい。それにしてもさっきから大佐はどこから情報を手に入れているんだろうか。軍用列車だし、どこかに無線機でも積んであるんだろうか。
自分の個室に戻ると昼食が届いていた。グレーのパンにチーズを挟んだシンプルなサンドイッチにコーヒーのボトルが付いている。少しボソボソしたパンの食感に安心する自分がいた。西部戦線がもはや懐かしい。南部戦線はどんな感じなんだろうか。
日が傾き、あっという間に暗くなる。暗闇の中に薄ぼんやり畑のようなものが見える景色が続いた後、突然人工的な灯りが増えてきた。建物がどんどん高くなっていって、いつの間にか線路が複線になっている。やがて汽笛が長く吹き鳴らされて列車は減速していき、大きなアーチ屋根の下に吸い込まれていった。
列車が止まると、帝国国歌が外から聞こえてきた。よく見えないが軍楽隊が来ているようだ。礼装の兵士達が整列しているのは私達の個室の窓からも見えた。その向こうに脚立が並んでいるのは報道機関だろうか。皇帝陛下の凱旋ともなれば、夜でも式典が行われるらしい。一通り式典が終わり兵士達が行進していくのを見送ると、今度は荷下ろしのための台車がわらわら集まってきた。私達の個室にもポーターがやってきて荷物を運び出していく。その後に続いて列車を降りると、外で大佐が待っていた。
「今日は当家の帝都公邸に泊まります。明日も早朝の出発になる見込みですので、早めに就寝するようにしてください」
「了解しました」
ザクセン家のお屋敷か。なんかすごそう。




