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私のリアクションに全く動じずに皇帝が続ける。
「其方の能力を存分に活かし、帝国の損失を最小限にせよ。敵は強くはないが、簡単ではない」
「御意のままに」
大佐を真似て頭を下げてみる。様になっているかどうかは分からないが、お叱りが無いなら大丈夫だろう。
「南が片付いたら帝都に戻れ。以後近衛とする」
「は。は?」
反射的に返事をしてから、何かとんでもないことを言われた気がして思考が固まった。近衛?
「其方の従者も同様だ。学校に通わせたいならそれでも構わん。口添えはする」
「は」
「恐れながら申し上げます」
相槌を打つしかできない私に代わり、大佐が微笑を湛えながら口を開く。
「コートリー大尉は少々特殊に過ぎます。近衛にはそぐわないかと」
「過去にも植民地連隊を近衛とした例があるだろう。何の問題がある?」
「有り体に申し上げるならば、彼女は既に当家預りの身として扱われております。陛下におかれましては御賢慮のうえのこととは存じますが、伏して再考をお願い申し上げる次第であります」
「ふむ」
皇帝がすっと目を細めると、室内の空気が一気に剣呑になった。やだなあ。私、ここに居なきゃいけないかなあ。
「まあいい。まずは南だ。報告は逐次、直接送れ」
「は」
大佐が深々と頭を下げる。これは皇帝が引いた、のか?というか当家預りって言ったか?私、いつの間にか大佐の実家、帝国有数の名門ザクセン家所属になってる?いや周りから見たら最初からそうなのか。どこに行くにもザクセン家直系の大佐が同行しているし、イーペルで尋問を受けた時にもまずザクセン家の関与を疑われた。皇帝が私を単独で呼び出そうとしたのも、大佐の監視から外れた場で既成事実を作ろうとしていたのか。油断も隙もない。
もう皇帝と大佐は当たり障りのない話で盛り上がっている。言葉の裏側では何か攻防があるのかもしれないが、側から聞いている私には全く分からない。帝都の天気が何かの暗号だったりするんだろうか。
ふと横を見ると、リーツェと目が合った。相変わらず姿勢を正してはいるが、退屈そうに足をぶらつかせている彼女の瞳がきらっと輝く。さっと立ち上がって奥に引っ込んだかと思うと、大きな人形を抱えて戻ってきた。豪華なドレスで膨れたそれは、ぱっと見リーツェの半分くらいはあるように見える。
「私も従者を雇うことにしたの。魔女のアンリエットよ」
「はじめまして、アンリエット。帝国騎士のハナ=ミーア・コートリーと申します」
大袈裟にお辞儀をすると、リーツェは嬉しそうに笑った。大人の権謀術数よりお人形さん遊びの方がずっといい。乙女も興味深そうにボンネットに隠れた人形の顔を覗き込んでいる。ありがとうリーツェ。このまま「子どもと遊んであげる優しいお姉さん」役で乗り切らせてくれ。




