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大佐の書斎を離れて廊下に出ると、少し気持ちの整理がついた。日本人として核兵器というと忌避感はあるが、この世界でも放射性物質の研究が進めばいつか誰かが開発するものではある。それが少し早まっただけ、でしかない。ひょっとすると平和利用全振りかもしれないし。いやそれは無いか。はっきり「帝国の剣」って言ってたもんな。まあうだうだ悩んでも仕方ない。気持ちを切り替えて明日の準備だ。はあ。
戻ってきたスザナを含めて明日の話をすると、スザナは軍病院で先に言われていたようだった。そりゃ勤務先にも連絡はするか。いきなり「明日から来ません」と言われた向こうは大丈夫だったんだろうか。シフト調整とか余計な心配をしてしまう。
「マリーアはここに残るという選択肢もあるけど」
「私も行きます。大変なんでしょうけど、一緒に行きたいです」
正式に軍組織に所属しているわけではない乙女には選択肢があるので聞いてみたが、やはり付いてくるということになった。私もその方がいいと思う。ここは身体的には安全だけど、精神的にはちょっとどうかと思う。戦場よりはマシ……かどうかはどっこいどっこいだ。実際最初に会った時の乙女は限界を超えてぶっ壊れてたし。大佐は人の気持ちが分からないとかではないにしても、ちょっとこう、アレだからな……。
「鉄道の手配とかはしてくれるみたいだから、私達は辞令と旅券、身分証明書を忘れないように。帝国軍に所属していても外国人だからね」
私と乙女は言うに及ばず、スザナは東方植民地出身、ユーリアだって連合王国籍だ。寄せ集めの外人部隊に過ぎない。帝国本国を通過する時に余計なゴタゴタを起こさないためにも、身分証の類いは重要になる。幸いなことにというか何というか、今まで居たのが暗殺後に政治的に不安定になった連合王国と最前線、敵軍として侵入した共和国だったので大した問題にならなかったというだけだ。帝国領内では軍服を着ていても鉄道警察隊に目を付けられる可能性はある、と大佐が言っていた。
ユーリアとスザナには準備のため自室に戻ってもらい、乙女と二人で私達の部屋を片付けていく。私には私物と言えるものはほとんど無いが、乙女は教科書の他にも通学鞄の中身一式がある。丁寧にまとめられたノートにペンケースいっぱいの文房具、それに完全にバッテリー切れのスマホとモバイルバッテリー。イヤホン。高校の制服、生徒証と生徒手帳。日本の思い出がいっぱいの、この世界では完全なるオーパーツの山。
「これ、どうしようか?持っていくこともできるけど。あ、教科書は置いていってほしいって」
「ええと……。もし置いていけるなら、ここに置いていってもいいですか?」
「いいの?」
「はい。いつまでも引きずってたら、ダメなんだろうなって」
「そっか」
乙女が言う「引きずってたらダメ」は、日本のことか、それとも失恋のことか。どっちもかな。まあここなら博物館並みに丁寧に保管しておいてくれると思う。植民地から取り寄せたよく分からないアレコレが整然と陳列されている標本棚とかあるし。……よく考えてみると、私がモノを持たなすぎなのか?こっちに召喚された時の部屋着以外何もなかったもんな……。それも燃やしてしまったし。元々日本人でした、と証明するものが何も残っていない。こっちの世界にも軍隊にもすんなり順応しているし、乙女と出会うまでは日本のことなんてたまに思い出すくらいだった。
……私、本当に他の世界から来た日本人だよね?思い込みとかじゃなくて。