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 そこから十人ほど治癒していく中で、乙女にもできるかどうか試してもらった。どうにも感覚が掴めないようだったので、私が後ろから両手を添えて治癒の力を流してみるのはどうか、という話になり、やってみた。乙女に騎兵銃を持ってもらい、私が後ろから抱っこするみたいな感じで両手を沿わせる。……なんかこう、お姉ちゃんに抱きつく妹みたいな絵面になるのは気にしない。次は両手合わせて二本しか指が残っていない兵士。虚ろな目で上半身を小刻みに揺らしている。今までにやったことがない方法だけど、添えた手から乙女の腕を通して騎兵銃に力を伝えていくイメージで……。

「ひゃっ!?」

「うえっ!?」

 力を込めた途端に乙女がぐわっとのけぞったので、背中に密着していた私も突き飛ばされそうになった。ちょうど顔が肩のあたりだったので肩パンされる形になり、鼻先がふわっとブラウスに埋もれる。

「え、ごめん。大丈夫だった?」

「あ、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 真っ赤な顔で謝ってくる乙女を宥めながら、兵士の様子を窺う。緑の光は飛んでいったので、治癒の力自体は発動している、はず。指は……十本揃ってるね。スザナに目配せすると、すぐにカルテ片手にチェックを始めてくれた。

「痛かったりした?」

「いえ、痛い、とかじゃなくて。その……ぞわぞわ、みたい、な?」

 そう答える乙女は目を泳がせていて視線が合わない。うーん、ちょっと気持ち悪い感じだったか?ご利用上の注意:謎の力を直接人体に流してはいけません。そりゃそうか。

「ごめんね、よく考えればよかった」

「あの、嫌なわけじゃないっていうか。その、大丈夫です。本当に」

 まだ頬が赤い乙女がそう言うので、とりあえずそれ以上は突っ込まないことにした。改めてベッドに目をやると、穏やかな表情の兵士と目が合った。こけた頬の無精髭を剃ったらなかなかのイケメンではなかろうか。その彼が立ち上がり、大仰な礼をとってくる。

「なるほど、あなたがイーペルの聖女ですか」

「ええと、そのように呼ぶ人もいますね」

「噂は聞いていましたが、まさか……実在するとは」

 物腰からすると育ちの良さそうな彼がしみじみと目を細めた。カルテだと少尉ってなってたっけか。どこの戦闘で負傷とかも書いてあるけど、ちゃんと読んでなかった。

「私の命があるのも、すべて貴方のおかげです」

「いえ、そんなことは」

「これも半信半疑で買ったお守りのご加護でしょうか」

「いえいえ……え?」

 お守り、とは。

 穏やかな語り口の彼から聞き出したところによると、首都に向けて進軍する兵士達の間で聖女グッズが取引されていたそうだ。弾薬箱のラベルの裏に描かれた絵。空薬莢を潰して削って作ったメダル。これを持っていれば弾に当たらないとか無事に帰れるとか、そんな触れ込みで非公認アイテムの数々が生産されていたらしい。そういえばリールでも既にグッズが出回ってたね。カント少尉、元気かな。

「私もメダルを一つ、認識票と一緒に下げていました。砲撃で意識を失い、目覚めたら既にこの病院でした。そこからはどうにも記憶すらあやふやで……。こうして今立っているのも、まさに聖女の奇跡です」

 そう微笑む彼に微妙な笑みを返す。海賊版グッズに悩まされる公式ってこんな気持ちだったのかな。いっそ公認グッズ作って売るか?大佐に相談……したら明後日の方向にとんでもないことになるな。スザナに頼んだらやってくれるかな。

「もう二度と、ピアノに触れることはできないかと思っていましたが……。心から御礼を申し上げます」

 しみじみと両手を見つめる彼の目尻に、じんわり涙が浮かんだ。

「楽器を弾く方だったんですね」

「ええ。拙い演奏ですが、機会があれば是非聞いていただきたい」

「ありがとうございます」

 今度は自然に笑顔が出た。こうして喜んでもらえるのは素直に嬉しい。少尉を見送ると、また乙女と二人になった。

「あの、次、私がやってみます」

「うん。いけそう?」

「たぶん、はい。なんか、分かった気がします」

 乙女が両腕をさすりながらじっと私を見る。まださっきの影響が残ってるんだろうか。

「やっぱり無理してない?気持ち悪かった?」

「気持ち……。いいです、もう」

 ちょっと怒った感じで言われてしまった。そういう顔もかわいいけども。

「これ、使う?私はなんとなくあった方がやりやすいんだけど」

「ええと、はい。お願いします」

 騎兵銃を乙女に渡し、次の患者を待つ。さて、うまくいくかどうか。

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