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 叙任式の翌日から、乙女の特訓が始まった。

 特訓と言うと大仰だが、ユーリアとスザナが病院に行くのに同行して、治癒ができるか試す感じだ。博士への教科書読み聞かせが一段落したので、午前中はわりと自由にしていられる。大佐に「ただ遊んでいるのも何なので、マリーアに治癒の様子を見せておきたい」と打診したらすぐに許可してくれた。病院まで行き来しているうちに、乙女がこの世界に慣れてくれるといいな、という思惑もある。私は軍服にコート、乙女は在籍していることになっている学校の制服一式が送られてきたのでそれを着て、冬色の道を三人で歩いて通う。

 病院長は私がこの世界に来た最初の頃、大佐相手にぐったり疲れた顔を見せていたあの人のままだった。大佐の関係者ということでめちゃくちゃ警戒されたが、大佐のお手紙と私の帝国黒鷲騎士・軍医大尉という階級の前には何も言えず、病院長の選定した患者に限って治癒の力を使ってもよい、という話でまとまった。あ、中尉から大尉に辞令一枚で昇進しました。あと大佐は皇帝にくっついて共和国首都に行きました。あれでも首都攻略した軍団の参謀だからね。こっちでふらふらしている方がおかしい。

 戦線が大きく動いたので、軍病院の患者の傾向も変わっていた。以前は負傷した兵士の救命が中心だったが、今は障害を負い戦えなくなった兵士のリハビリにシフトしてきている。リハビリといっても現代日本のように専門職がいるわけでもなく、義肢を合わせて後は本人の努力、みたいな感じだが。

 まあとにかく、そんなこんなで乙女の能力開花に向けた特訓が始まったのだった。


 まずは私が治癒の力を使うのを乙女に見てもらうことにした。お手伝いはスザナ。なんか安心する。処置室に担架で運ばれてきたのは、両腕と片足を失い、顔の半分が削れた兵士だった。カルテによると砲弾にやられたらしい。傷は塞がっているが、乙女には刺激が強かったようで怯えた顔をしている。スザナがてきぱき包帯を外していくと、腕の先からはまだ骨端が覗いていた。

「じゃあ、見ててね」

 魔法の杖代わりの騎兵銃を両手で掲げると、緑の光が銃口からふわりと飛んでいった。ぽつぽつと光が兵士の体を包み、吸い込まれていく。肉が盛り上がり伸びていき、型取りでもしたかのように「本来の」形になっていく。静かな光の雨が終わる頃には、何事もなかったかのような肉体がベッドの上に横たわっていた。

 兵士が片手を、そして両手を顔の前にかざす。その手で上半身を押し上げて体を起こすと、両足をベッドから下ろし、感覚を確かめるように二、三度足踏みをした。緑がかった瞳が私を見つめる。その目に涙が溢れるのに、そう時間はかからなかった。

「ああ……」

 言葉にならない声を口から溢しながら、兵士が跪く。そのまま這いずるように私に近付き、靴に触れようとするので慌てて足を引き、その場にしゃがみ込んだ。

「体の具合はどうですか?どこか違和感のある所は?」

「女神様……!」

 聖女から女神にクラスチェンジしてしまった。ちょっと会話にならない兵士をスザナが引き起こし、手足の可動域を確認していく。カルテにさらさら「完治」と記録したら私達の役割は終わりだ。神への感謝を呟く兵士をスザナが処置室の外に追い出し、病室まで連行していく。

「はいきおつけー、前へー、進め。いちに、いちに」

 スザナの元気な声が遠ざかっていく。戦場でこういった反応に慣れているので、実に淡々としていて事務的だ。

「……まあ、こんな感じ?」

 まん丸な目で処置室の隅に立っている乙女に声を掛けると、引きつった笑みが返ってきた。まあ、そりゃそうか。

「びっくりするよね。いろんな反応する人がいるけど、まあ慣れると思う」

「すごい、ですね」

 まだ感情の整理がついていない顔の乙女が私の横に近付いてきた。おそるおそる騎兵銃に触れて、その感触を確かめている。

「手足を生やす、とか言ってたの、本当だったんだ」

「うん、まあ」

 ぽつりと呟いた彼女の目は、どこかぼんやりとしていた。その目に徐々に熱が籠っていく。いつの間にか手を握られていた。

「小鳥、さん」

「はい。何でしょうか」

 私の顔を覗き込むように乙女の顔が近付いてくる。なんだか様子がおかしい。この目……熱に浮かされたみたいなこの感じ、大佐っぽいな?どうした?

「閣下ー、次の患者さんですー」

 スザナが担架を引き連れて元気に帰ってきた。乙女の顔からすうっと熱が引く。担架からベッドに患者が移されている間に、乙女は何事も無かったかのようにまた壁際に寄ってそこに立っていた。

 私の治癒の力、変な方向に働いてる?

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― 新着の感想 ―
右も左も分からない異世界で頼りになるお姉様が居たら、こういう反応も致し方なし
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