動くに
朝比奈泰朝「……始まったか……。」
本多忠真（本多忠勝の叔父）「如何致しますか？」
朝比奈泰朝「本来であれば、忠次に合流したいのではあるのですが……。」
本多忠真「我らが動いた瞬間。信長がどうするか。でありますか？」
朝比奈泰朝「うむ。この界隈の凡そは把握しています。しかし相手は信長。我らが知らぬ道を知っている可能性が高い。それに……。」
今居る場所を離れる方が危険。
朝比奈泰朝「ここの背後には中島砦あります。そこに相対しているのは石川殿の部隊のみ。昨日から働き詰め。もしそこに信長の本隊が突っ込もうものなら……。」
本多忠真「ひとたまりもありません。」
朝比奈泰朝「同じ事は善照寺の松平様にも言えます。彼らに比べれば我らは……。」
本多忠真「まだマシであります。」
朝比奈泰朝「心強い限りであります。ところで忠勝殿は？」
本多忠真「危ない所でありました。」
朝比奈泰朝「御父上の無念を晴らしたい一心であったのでありましょう。忠真殿。忠勝殿を助けていただき、ありがとうございます。」
本多忠真「これ以上、いくさで身内を失いたくはありませんので。まぁこれで忠勝も、無理をする事は無くなるでしょう。」
朝比奈泰朝「今後もお願いします。」
本多忠真「わかりました。ところで朝比奈様。動くに動けない理由は他にも……。」
朝比奈泰朝「……そうなんです。私が最も危惧していたのは……。」
もし織田信長が全軍を率い、大高城の占拠に乗り出した時。
朝比奈泰朝「現在、丸根と鷲津にうちの部隊は居ません。」
本多忠真「はい。」
朝比奈泰朝「大高城を守っているのは鵜殿殿であります。その鵜殿殿は織田方に取り囲まれ、兵糧攻めされていました。その兵糧が届いたのが昨日の事。」
本多忠真「やっとまともな食事にありつく事が出来ましたが。」
一度に大量に摂取する事は避けなければならない。
朝比奈泰朝「徐々に徐々に食べる量を増やしていかないと、却って身体に害を及ぼす恐れがあります。ですので鵜殿殿の部隊が戦線に復帰するまでには、それ相応の時間が必要であります。そこに信長が突っ込んで来たら……。」
本多忠真「そうならないようにするために戸田殿は……。」
朝比奈泰朝「いや。それは無いでしょう。彼は王道のいくさしか知りません。配置で敵の動きを限定し。兵の数で相手を圧倒した上、敵を降参に追い込む。今回も信長を袋小路に追い込む事に成功した。ここまでは見事であります。見事でありますが……。」
敵を追い詰め過ぎたきらいがある。
朝比奈泰朝「もし織田信長が、死をも厭わず突っ込んで来る恐れを……。」
彼は知らない。
