踏み倒し
岡崎城。
戸田忠次「石川様。松平と牧野の間で諍いがあった事。長沢を失う過程において、今川と織田が結託していた事。許し難い思いがある事。我が戸田家も同様でありましたので、重々理解する事は出来ます。しかし今、松平と戸田は今川の一員であり、牧野も同様。皆が一丸となって織田信長打倒を目指している最中であります。斯様な大事な時に、内輪揉めをしている場合ではありません。規則を守っていただかなければ困ります。」
石川清兼「御油宿への支払いが遅れていました事。深くお詫び申し上げます。大至急用立て致します。」
石川清兼は三河国碧海郡に拠点を置く石川氏の惣領で、松平家の重臣。
戸田忠次「1つお尋ねしても宜しいでしょうか?」
石川清兼「何でありましょうか?」
戸田忠次「もし支払いが難しく。土倉のような高利貸しに頼らなければならないようでありましたら、今川義元に事情をお伝えする事が出来ます。その上で無利子無担保で石川様に融資。支払いに回していただく事も可能でありますが如何でしょうか?」
石川清兼「確かに我ら松平の権益は岡崎に限定され、その岡崎の一部も今川様が管理されています。故に私も含め、家中の者皆が苦しい生活を余儀なくされているのは事実であります。
そこに来ての此度の遠征であります。手持ちだけで寺部城を攻め落とす事は難しいのが実状。今川様より様々な武具兵糧を購入しなければならない状況にあります。今川様への支払いは絶対であります。」
戸田忠次「優先順位の低い御油宿への支払いは後回し。場合によっては踏み倒しても構わない。そのように考えられていたのでありますか?」
石川清兼「今川様への支払いを最優先にしただけであります。けっして御油宿を蔑ろにしたわけではありません。」
戸田忠次「全てを一括で支払うだけの余裕が無いのは……。」
石川清兼「事実であります。」
戸田忠次「それでありましたら、此度のいくさ。今川のいくさと位置付ける事により、全てを今川家が負担。援軍も……。」
石川清兼「それはなりません。此度のいくさは松平のいくさ。手出しは無用であります。」
戸田忠次「先程石川様は、
『すぐに用立て、支払います。』
と仰っていましたが……。」
他に当てがあるのでありますか?
石川清兼「……いえ。我が家中の者は皆。来る元康様の帰還に備え、少ないながらも蓄えをしています。それらをかき集め……。」
戸田忠次「その必要はありません。資金は全て今川が出します。出しますが、成果は全て松平様のもの。これで宜しいでしょうか?」
石川清兼「えっ!?」
戸田忠次「話は付けます。」
石川清兼「わかりました。」
戸田忠次「ところで石川様。」
石川清兼「なんでしょうか?」
……この発注。全て石川様がされたのでありますか?




