御油宿
西尾城。
「戸田忠次。参りました。」
牧野保成「わざわざ西尾までの御足労。ありがとうございます。」
戸田忠次「いえ。朝比奈(泰朝)より牧野様の悩みを聞いてくるよう言われたまでの事であります。西尾で何か不備な点ありましたら教えていただけますでしょうか?」
牧野保成「いや西尾については問題無い。私が入る前に領内の仕置きは終わっていたし、実務は三浦殿が取り仕切られている。ここでの悩み事を強いて挙げるとするならば……。」
やる事が無い事かな?
牧野保成「ここに居る事よりも、本貫地(牛久保から長沢まで)の見回りの方が多いかも知れぬな。」
戸田忠次「もしもの時、頼りになるのが牧野様であります。引き続き朝比奈や三浦。そして東条の吉良様の事お願いします。」
牧野保成「兵の鍛錬と武具の整備は怠ってはおらぬ。いつでも戦う準備は出来ている。」
戸田忠次「ありがとうございます。では早速朝比奈に……。」
牧野保成「待たれよ。まだ私が困っている事を話しておらぬ。」
戸田忠次「そうでありました。」
牧野保成「今、問題を抱えている場所がある。それは……。」
御油宿。
戸田忠次「尾奈と佐脇で荷揚げした物が合流する拠点でありますね。」
牧野保成「うむ。」
戸田忠次「人足が不足しているのでありますか?」
牧野保成「いや。それは無い。それに御油は今、いくさの無い安全な場所である。そのため募集を掛ければすぐに人が集まる。宿も活況を呈し、牧野にとって大きな収入源となっている。贅沢を言えば……。」
戸田忠次「『佐脇を返していただきたい。』
でありますね。」
牧野保成「もっと言えば今橋も……。」
戸田忠次「もしそうしたいのでありましたら、全ての荷がここ西尾に集まるよう流れを変える所存でありますが?」
牧野保成「……御油を経由して下さい。」
戸田忠次「その御油で問題なっている事。困っている事を教えていただけますでしょうか?」
牧野保成「『伝馬掟』を知っているだろ?」
伝馬掟とは、今川義元が1554年に定めた法律。内容は、
『1里10銭を払わなければ、例え公方であっても人や物。書状を運ぶために人や馬を出す必要は無い。』
というもの。
戸田忠次「はい。そのおかげで(吉美から大津までの陸送を担っている)父光忠も助けられています。」
牧野保成「うちも同様である。佐脇での陸揚げは出来ぬが、そこからの陸送は我らの権益。本坂からも同様。大きな収入源となっている。」
戸田忠次「その伝馬掟に何か問題が?」
牧野保成「うむ。その伝馬掟を……。」
無視し、代金を踏み倒している奴らがいる。




