退去
1550年始め、長沢城。
牧野保成「えっ!?長沢を退去せよとの仰せでありますか?」
太原雪斎「申し訳ありません。」
牧野保成「約束では此度のいくさで勝利した暁には、長沢城は我らの物になるとの取り決めでありましたが……。」
太原雪斎「その通りであります。」
牧野保成「それを今になって反故にされるのでありますか?」
太原雪斎「織田への対処のためであります。」
牧野保成「それでありましたら先日織田から手に入れました安祥が最適ではありませんか?」
太原雪斎「その通りであります。しかし三河全体を考えた場合、安祥は西に偏り過ぎています。今川が三河に入ってまだ日が浅く、全体を落ち着かせる事が出来ていません。国内には織田と縁のある者も多く、いつ何処で問題が発生するのか予測出来ない所があります。仮に奥三河で反乱が巻き起こった場合、安祥から兵を動かしていたのでは間に合わない恐れがあります。加えて安祥から兵を動かす事は織田への備えが手薄になる事を意味します。」
牧野保成「……はい。」
太原雪斎「三河国内全てに対応する事の出来、かつ織田への備えに影響を及ぼさない場所を設けなければなりません。その適地がここ長沢城であります。牧野様には大変申し訳無いと義元も申していました。勿論、長沢の所領は全て牧野様の物であります。三河が落ち着いた暁には、当初の取り決め通り。長沢城は牧野様にお返しする事を約束します。」
牧野保成「ここ長沢が敵方に落ちますと、私の権益が蹂躙される事になります。仮に織田が長沢に迫り……。」
太原雪斎「我らが責任以て織田の侵入を食い止めて見せます。」
牧野保成「戦況が不利になったとしましても……。」
太原雪斎「撤退はあり得ません。あり得るとしましたら全滅。その時だけであります。」
牧野保成「私はこれまで多くの妥協を強いられて来ました。今橋に佐脇。伊奈に下条と。今川様すれば、いくさをする事無く味方を増やしたいお気持ち。重々理解する事は出来ます。加えてこれらの地域は今川様の御力によってでありますので、私がどうこう言える立場にはありません。しかしここ長沢は我が牧野家が単独で手に入れた所領であり、城であります。その城を明け渡す意味を……。」
太原雪斎「牧野様の成果を横取りする事になってしまいました事。深くお詫び申し上げます。」
朝比奈泰能「申し訳御座いません。ここ長沢に織田を侵入させる事は絶対にありません。一時であります。長沢城をお貸し下さい。」
太原雪斎「お願いします。」
牧野保成「……わかりました。今川様の存在無しに、我らは生きていく事は出来ません。ただこれ以上の妥協はあり得ません。」




