額田以来
戸田康光「うちと徳川ないし松平は長年同盟関係にあった。」
少年「それで家康の駿河移送を頼まれたのでしょう?」
戸田康光「まぁ待て。うちと松平が繋がりを持つ切っ掛けとなったのが額田郡。地図あるか?」
少年「これで良い?」
戸田康光「愛知県がわかるページはあるか?善し。愛知県の真ん中に岡崎市があるだろ?そこは昔、額田郡と言われていてな。そこに暮らす人達が幕府や守護の言う事を聞かなかった事があって。その首謀者を取り締まる役目をうちと松平が担い、見事役目を果たすに至った。その額田郡での影響力を高める事になったのが松平家であった。」
少年「それに対しうちは?」
戸田康光「額田郡から離れる事になった。」
少年「額田を失った事による憎しみが家康を尾張に……。」
戸田康光「そうでは無い。正しくは、家康を尾張に売り払ってはいない。」
少年「動機にはなりますね。」
戸田康光「……うちが興った場所はわかるか?」
少年「右にある半島の付け根。田原でしょ?」
戸田康光「そうではない。うちのスタート地点は……。」
愛知県名古屋市中川区。
戸田康光「今は埋め立てられてしまったが、当時は海に面していた。それ故うちは舟を用いての活動を得意としていた。理想は熱田や津島であるが、そこは織田の土地。とてもでは無いが手に入れる事は出来ない。そこで目を付けたのが知多半島。そして……。」
渥美半島。
戸田康光「当時、渥美半島は神宮領。そこを守っていた守護代家に衰えが見え、治安が良くない不安定な状況にあった。そこで暮らす人々の安全を確保するべく一肌脱いだのが、私の曽祖父である宗光であった。」
少年「喜ばれたのですね?」
戸田康光「そこで暮らす方々には喜んでいただいた。ただ……。」
少年「どうしたの?」
戸田康光「神宮の方々がどう思っていたか……。」
少年「何かあったの?」
戸田康光「一禰宜。神宮のトップの方ね。その方から
『本来納められるはずの年貢がまだ届いていません。現物が難しいのであれば、金銭でも構いません。寄付と言う選択肢もあります。至急お願い申し上げます。』
と言った内容のものが送付された事が……一度や二度では無かった。と聞いている。」
少年「横領?」
戸田康光「たださっきも言ったように民には喜ばれた。その証拠にうちの版図は……。」
今の田原市全域と朝倉川以南の豊橋市の大半。そして……。
戸田康光「国を越え、遠江にも及ぶ事になった。そのほとんどが神宮領。」
少年「うちの御先祖様は悪い人だったのですね……。」
戸田康光「……いや。」
そう言う時代だったんです。