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渓谷渡り

「ルー、起きろ」


ルーの耳に聞こえる優しく響く低い声。まだ暗い部屋の中、眠る彼女にとって懐かしい声がした。


(この声……あの人の声……あの人って……誰だったかしら……)


月を背に見えた人影を目にしたルーは、夢現にその人物に会いたかったような、切望していたかのような気持ちを抱いた。ルーの視界がはっきりしていくにつれ、その人影が誰かわかる。


(夢?…いや、この人は……)


「さっさと起きろ」


「もう出るの?……まだ暗いけど……」


「抱えていくか?」


「……意味がわからないわ」


ルーは寝ぼけていたとはいえ、アルジスとわかると眠い瞼を擦り、起き上がり、不機嫌にアルジスを睨む。


 (アルを誰と勘違いした夢だったんだろう……それはともかく)


「支度するから出ていって」


「すぐに支度してくれ、扉にいる」


「……」

(なんで毎回勝手に入ってくるの……)


ルーの着用している『寝る時のワンピース』は生地がとても薄く、着心地は最高だったが人前では見せられないほど下着が透けて見えるのだった。布団で隠していたものの、服としては月明かりで十分肌が透けて見える。


 (なぜ堂々と見てくるのかしら……見る価値なし?)


ルーは髪を頭の高い位置で結び、顔を洗い、兵服に変え、ローブを羽織って身支度は終わった。


扉を開け、廊下に出るとアルジスとジークたちがこそこそと会話していた。なにか深刻な面持ちで、明らかに様子がおかしい。


ルーが見ていると、クレイが気づき、アルジスに合図をする。


「何かあったの?」


「…いや、なんでもない」

(絶対何かあったのね……)


「アル様、行きましょう」


「あぁ」


月明かりが街の石畳を照らし、住民が寝静まっている真夜中の街を、何かから逃げるように歩くアルジスたち。ルーはまだ眠く、アルジスに手を引かれ、ぼーっとしながら歩いた。


 (何から逃げているのかしら……眠いわ……)


街道は使わない、と言っていたのに、しばらく街道をゆく。左右に広がるのは転々と生える林、草むら、出っぱった岩などがある広い平原。


彼らは沈黙のまま、暗い夜道を月明かりを頼りにただ突き進む。


フードを深く被ったルーは、握りしめるアルジスの手をぼんやりと見つめていた。そのせいで突然立ち止まった彼の背中にぶつかる。


「うっ」


見上げるとアルジスたちの目前に炎の塊が無数に見えた。


(攻撃!?っ!)


アルジスはルーを荷物のように肩に抱きかかえ、街道を横に外れて走り出した。林と岩陰を縫うように攻撃をかわし、荒野を走る。それに続くジークとクレイも周りを警戒しながらピッタリとアルジスを守りながら走る。


何が起こっているのかわからずにいたルーは、アルジスに抱えられた状態で魔力の波動を飛ばす。


「サーチ」


感知した敵は人間だった。3名がこちらを追いかけながら四方から火の玉を飛ばしてくる。クレイがその攻撃を打ち消すように魔弓を放ち、ジークは追いかけてくる敵に風の刃を放つ。だが敵に当たることはなく、距離を狭めて近づいてきた。


「あれは誰!?」


「刺客だ、雇われの暗殺者だろう」


「暗殺者!?」

 (狙われてるのは私?それとも……)


睡眠を妨げられた上、アルジスに無様に担がれていた不機嫌なルーは、収納していた裁縫用の針に麻痺毒を塗り、その針に魔力を纏わせ3人の刺客の首に放った。敵はその場に転倒し、追ってくる気配はなくなった。


しばらく走って追手を振り切ったアルジスたちは、街道から大きく離れ、荒野を歩き始めた。


(2日は痺れて動けないでしょう……それにしても眠すぎる)


アルジスたちはルーが何をしたのか聞こうとしなかった。というのもルーは彼の肩の上で、そのまま気絶したように眠り始めたからだった。


「アル、もう少しルー様に配慮してください。まるで荷物」


「この方が運びやすい。それに眠っただろう」


「……もう少し大切に扱ってください。教育を受けてはいないとはいえ、女性ですよ」


「悲鳴でもあげれば可愛げがあるんだがな」


アルジスはよだれを垂らして眠る少女を優しく正面へ抱き直すと、ハンカチで彼女の口元を拭いた。


ーーー


木陰で降ろされたルーは、目を覚まし、休憩するアルジスたちに大きなあくびを見せる。


「やっとお目覚めですか、お嬢。朝ですよ〜」


朝日が登り始め、燃えるように赤く照らされた渓谷が見えた。岸壁には所々、岩や草が生え、対岸には岩を割いたような滝がいくつも見えた。


「……ここは?」


「ドラグルの崖ってとこっすね」


ドラグルとは、川や沼に生息している魔物だ。青白い肌に滑り気のある体液を纏っている猿のような魔物で、群れで狩りをする魔物。普段はその地に生息している魚や動物を食べるが、近寄れば人間も捕食されてしまう獰猛な魔物だ。


ルーは本でしか見たことのない魔物の名前を聞いて、好奇心を胸に秘めてクレイに問う。


「ドラグルと戦うの?」


「お嬢、ドラグルがどんなに恐ろしいか知ってんですか?あいつらは人間を生きたままトゲトゲの歯で食うんですよぉ……お嬢の柔肌なんか長い爪でズバッ!!っと切り裂かれちゃうんですからねぇ」


クレイは不気味な笑みを浮かべてルーをわざとらしく脅かす。彼の声に驚いたルーはびくっとした。


「見たことはないけど……本で読んだわ。水辺に住む魔物でしょ」


「そうです……この切り立った岸壁の下には……奴らの住む川がありますからねぇ」


「その顔気持ち悪いわ!やめて!声も!普通に話して」


「酷いっすよ、お嬢」


アルジスの冷めた目は、ルーたち二人を見ているとだんだん半目に変わっていった。ジークは彼の機嫌が悪くなる前にルーたちを止めに入る。


「クレイ、ルー様を脅かしてどうするんです?これからその川を越えようというのに……」


「橋を渡るんですか?」


「いえ、頑丈な縄を」


(縄?)



クレイは岸壁に立つ太い木の幹に縄を結ぶと、その縄の先を自身の腰に結びつけた。そして弓を取り出し、矢に別の縄を括りつけ、その縄の反対側も同じように自分の腰に結ぶ。縄のついた矢に魔力を込め、対岸に立つ巨木に向かって放った。鏃は貫通し、矢がうまく木にめり込んだ。


(すごい、ど真ん中だわ……)


そして二つの縄を体につけたままのクレイは、なんの躊躇もなく崖から飛び降りた。対岸の岸壁にぶつかりそうでルーは強張ったが、軽快に衝撃を躱し、ぴょんぴょんと崖を登って対岸へ渡った。1本の縄を対岸とで渡し、張り直してこちらに手を振って合図を送る。


(嫌な予感がするわ……)


アルジスは素早くルーの体に縄をぐるぐると巻きつけ拘束すると、縄の先端に丸い金具を取り付ける。


「ねぇ……嘘でしょ?あの縄を渡るの!?」


「すぐ終わる」


「あ、私が最初!?安全性とか確認しないの!?」


「問題ない」


「え……」


ルーは渓谷に垂れる一本の縄に吊るされ、ジークの風魔法で対岸へと滑るように飛ばされた。深い溝の底には川が流れ、青白いドラグルたちがギーギーと鳴きながら蠢くのが見えた。ジークの起こす風は凄まじく、一瞬で対岸へ着いた。


両手を広げて待機しているクレイが、ルーをガッチリと捕まえる。そしてルーに巻きつけられた縄を解く。


「乱暴な渡り方だと思うの」

 (丸焼きにされる獣と変わらないわ)


「へへ、叫びもしなかったじゃないすか」


「そんな余裕もなかったわ!」


「へいへい、ジーク様が来ますからね、どいてくださいな」


ジークは縄を片手に巻きつけ、華麗に渡ってきた。スタッと地面に降りると、服装を正し、縄をクレイに渡す。


「短いですが、空中散歩、楽しんでいただけましたか?」


「……」


ジークは珍しくルーを揶揄いうような言葉をかけ、微笑んでいるが目は笑っていない。彼の言葉から初めて棘を感じたルーは疑問に思う。


(この人の恨みなんて、買うようなことしたかしら……)


だが、アルジスの不機嫌の原因が、ほとんどルーであること、そしてその後始末をジークがしていることを彼女は知らない。


続いてアルジスも同じくスタッと地面に着地。睨むルーを鼻で笑う黒髪。


(この先ずっとこんな扱いされるのかしら……)


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