夢だけで赤字は改善しませんよ、会長
厄介オタクの副会長の過去がちょっと分かる回
「では、程良く総理のプライベートを感じられる程度で、まだファンが持っていないグッズを企画する、ということでいいでしょうか」
そう締めくくると、三人とも「異議なし」ということだった。
「なら総理が高校生のとき教室で使っていたものがいいんじゃないかしら。総理の高校時代って謎なの。そう、机がいいわ。うっかりつけた傷痕や垂らしたよだれが乾いた跡も再現するの」
「それは大分上級者向けかと思いますけど」
「これが十六分の一スケールの机よ。商品化するなら原寸大でお願いね」
「既に用意があるのが怖いですけど、拝見しますね……。あの、この消えかけた落書きは」
私が相合傘らしき落書きを指さすと、副会長は滑らかに答える。
「ああ、クラスの気になる女の子との相合傘をこっそり書いてみたけど恥ずかしくて消そうとしたらうっかり油性で書いてしまったこっそりコンパスの針で相手の名前を削った跡よ」
「亡命、副会長のこれ、全部妄想っスよ。総理は学生時代の話とかあんま呟いてないっスから」
「妄想とは失礼ね。あったかもしれない過去、よ」
あまりにすらすら言うからリアルかと思った。
騙されるところだった。
会長は腕組みをしてミニチュアの机を睨んでいる。
「おい可愛さが足りねえぜ、この机の脚をベビーピンクに塗装するのはどうだ?」
「地獄の掛け算になるんでやめてください」
「原作改変は悪よ、会長!」と副会長が目をかっと開く。
「妄想に原作もクソもないのでちょっと黙っててくれますか、副会長。机はやめましょう。かさばりますし、商品を保管するための倉庫代がかかってコストパフォーマンスが悪いです。高校生向けと考えると、商品一つあたり三千円くらいで売りたいので原価をもっと下げないと」
「夢がないんだな、亡命」と言うので「夢だけで赤字は改善しませんよ、会長」と返した。
正論がクリティカルヒットしたのか会長は「うぐっ」と胸を押さえて呻いた。
「総理が高校時代ダンス部で使っていたスポーツタオルはどうかしら」
「それも妄想ですか?」と思わず私はジト目になる。副会長には前科があるからだ。
「いや、総理がダンス部だったのはマジっスよ」と書記先輩のアシストが入った。
「なるほど、ダンス部なら、スポーツタオルを使っていたでしょうね。タオルか……原価も低そうだし……やりようによって価格も吊り上げられます」
脳内で私は札束の風呂に入ってバカラのグラスに入ったコーラを飲みながらドヤ顔だ。
「へへ、うへへへ……札束風呂……」
「亡命、帰ってこい」
「はっ、うっかりヘブンリーになってた。副会長のスポーツタオル案採用で行きましょう!」
「では一流の職人を呼びつけよう」と携帯電話を取り出す会長の手を掴んで止めた。
「そういうのがダメだって言っているんですよ、どんぶり太郎!」
「誰がどんぶり太郎だ。俺様の最推しの総理のグッズだぞ。最高のものを作りたいだろうが!」
「いいものが売れるのはね普通なんです。一見需要なさそうなものに付加価値つけて売るのがビジネスです。需要は創り出すんです」と私が力説すると、書記先輩は拍手してくれる。
「なっ、そんな悪徳商法が許されていいのか?」
「会長、赤字を立て直すには悪魔に魂を売るしかないわ」
「ちょっと待って、私を悪魔扱いするのやめてもらえませんか。これも経営戦略ですから。別に悪いもの売ってるんじゃないし、無理やり買わせるわけでもないんですよ」
「早口で滑らかに話すのが怪しいわね」
「それは副会長には言われたくないんですけど!」
さっきの相合傘の件めちゃくちゃ滑らかで詐欺師の素養見せてたじゃん。
「話戻して、副会長、総理が高校生のとき使っていたスポーツタオルの特定は難しそうですか」
「ええ、高校時代までの情報は全然手に入らなかったの」
「副会長の執念をもってしても無理なら、総理にヒアリングして、高校時代部活で使っていたタオルの色とメーカーを特定するしかなさそうです。会長、ご自身と書記先輩と私の三人の参加者で総理との面談の予約をお願いします」
「わっ、わたしはどうなるのよ!」
「副会長はなんかやらかしそうだから駄目です」
「おいおい、ちょっと可哀想じゃねえか?」
「会長、この人、倒れかけた総理を支えた手だからって私の手を嘗め回そうとしました」
「よし、副会長は留守番だ」と会長は即決した。判断が早い。
「会長までひどいわ」と副会長が嘆くが、会長は「許せ、俺様の代で在校生から犯罪者を出したくないんだ……。輝かしい俺様の経歴に傷をつけないでくれ、副会長頼む」と訴える。
懇願する会長は恋愛ドラマのワンシーンのように絵になるが、訴えているのは保身だ。
「そうね。無課金で推しと話すのはわたしらしくないものね」
全然分かってくれてないみたいだけど、最悪の事態は回避できたからいいや。全ての人間と分かり合えるわけではないのだ。悟りモードで会議は閉会となり、日々の業務に移行した。
生徒会活動の後「亡命ちゃん一緒に帰りましょうか」と副会長に誘われて途中まで一緒に帰ることになった。
夕焼けに染まった街並みが通り過ぎるのを、電車の窓から眺める。
沈黙が気まずい。
何か話題をと思って私は口を開く。
「副会長は、どうしてそんなに総理の推し活にその……情熱的なんですか?」
「ええ~照れるわね~」ときゃぴきゃぴしたトーンで答えた副会長だが、目を伏せて言った。
「わたしね、昔、ガリ勉とか暗いとか言われてクラスの女子に無視されて、友達なんて当然いなかったし、楽しいことなんて何一つなくて、毎日つまらなくて、早く人生終わらないかなって思ってた。でもね、総理がわたしの世界を変えてくれたの」
副会長の瞳は輝きを帯びた。
「新しく就任した総理がライブするってきいたときは訳が分からなかったけど、行ってみて引き込まれた。キラキラして楽しくて夢の中にいるみたいだった。わたしはライブ通ってツブヤイターの投稿も全部追って総理の一挙一動覚えて発信したら、側室と宦官……他のファンのみんなも喜んでくれて、世界が広がって、明日が来るのが楽しみになったの。ああ、わたしって今まで何て狭い世界にいたんだろうって思った。だから、総理はわたしの恩人で、推しなの」
副会長は頬を赤くしてキラキラした目でそう語った。
家に帰っても、私は副会長の言葉を反芻していた。副会長のキラキラした笑顔が瞼を閉じても浮かび上がる。
推し活って訳の分からないことにお金使ってるイメージしかなかったけど、人生に失望している人も笑顔にしてくれるんだ。
推しって、推し活って、すごいんだな。
私は、副会長みたいな人が、人生を諦めかけた人が総理を推すことで目の輝きを取り戻した人達が、喜んでくれるようなことをしたい。
そう思ったとき、一つのアイデアが浮かんだ。
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