わたしはね、総理と同じトイレの消臭剤に包まれながら、総理のハートを感じながら排泄したいの
副会長は厄介オタク
「まあ、今日は自己紹介だけで、財政改善の仕事は明日からでいいだろう」
私は働くのが嫌いだが、タスクが山積みなのを分かっていて先延ばしにするのが嫌いだ。
小心者故ストレスで結局気が休まらないのだ。
ああ、もっと図太くなりたいなぁ。
「明日やろうは馬鹿野郎ですよ。そもそも一週間で財政改善しないと駄目なんです。さあ早く帳簿を見せてください」とずんずん迫ると怖気づいたのか会長は帳簿を渡してくれた。
戦いとは己を知るところから始まる。
というわけで、まずは財務分析をしたのだ。
自営業の人向けに財務分析の補助もしていた私には結果を算出することまでは造作のないことであったが、驚くべきはその数字の悪さだった。
「りゅっ、流動比率八十パーですって! そりゃ、総理も生徒会の財政を憂うわけだよ!」
二百パーセントあれば望ましいぞっていう比率がこんなに低いなんて。
うわっ……私の通う学校の流動比率低すぎ? みたいな。
「それの何がいけないと言うのだ? 総理は何を心配なさっているのだ?」
会長はお金関係に疎すぎてどれくらいまずいことか危機感が芽生えていないらしい。
例え話をしよう。
イエスキリストも馬鹿でも分かるように(意訳)例え話をしたと言うもんね。
「財務的安全性がガッタガタです。霧の向こうから現れた異次元の化け物の襲撃から車で逃げている映画の主人公のラストの精神状態くらいガッタガタです」
某ホラーの帝王の小説が原作の映画がこのパラレル日本で通用するか不安だったが通じたらしく「来るなら来いよ!どうしたぁっ!状態っスね。まずいな」と書記先輩がコメントした。
「取り敢えず流動資産を増やすか、流動負債を減らさないとまずいです。流動資産は現金預金や換金性の高い資産のことでして」
「ふむ、校内で何かビジネスを始めないといけないな」
「え、学校で商売してもいいんですか?」
「収入をあくまでも学校のために使うなら構わないことになっている」
「総理の写真をプリントしたグッズを売るとか、ですか」
「分かっていない。全く分かっていないわ!」
副会長は長い黒髪を振り乱して叫ぶ。ご乱心か。
「オタクはね、推しと同じ空間に入り込みたいの! 推しが使っているのと同じものを使いたいのよ!」と副会長は涙を流して力説している。
「泣かんでも」と書記先輩は少し引いていた。
「えっと、じゃあ、総理に普段使っているものを質問するということでしょうか」
「こんなこともあろうかと総理への質問集を持ってきたわ!」
副会長は活き活きと笑顔で、胸元から馬鹿みたいに分厚い紙束を出した。
「その分厚いのは弾除けかなんかですか?」
「撃たれたがこれを胸元にいれていたおかげで助かった、なんちゃって~。まずは読んでみて」
まずは一枚目を読んでみることにする。
『緑色の三日月が浮かぶピンク色の夜空から黄色いスイミングキャップを被った特殊部隊がパラシュートで降下してきました。どんなサンバを踊っていましたか?』
質問の意図が何一つ分からん。分からな過ぎてクトゥルフと同じような恐怖を感じる。
「あの……何ですか、これは」
「心理学や人間行動学を応用してオリジナルの心理テストを作ったの。これで総理の深層心理を丸裸にしようかと」
頬を染めて恥じらう副会長はビジュアル的には可憐だが、言っていることが相当気持ち悪い。
「こじらせ厄介ファンじゃないですか。回りくどすぎるし、なんか怖いから却下! 次っ!」
「ぼくの考えた質問はちょっと自信あるっスよ」
書記先輩は電子メモ帳にさらさらと書き込んで自信たっぷりに掲げた。
『下着の写真寄越せ。でないと支持率落とす』
「まさかの脅迫! 犯罪じゃないですか!」
「でも百聞は一見に如かずっスよ。効率的っス」
「効率を求めすぎて歪んだAIみたいになってますよ? 却下ぁ!」
「おい、却下ばかりでは話が進まないだろ、いい加減にしろ、亡命」
会長は青筋を立てているが、私としてはどうしようもない。
「私だって却下したくないですよ! 先輩達を犯罪者にしたくないからっ! 私はっ!」
そう言いながら思わず涙が出てきた。
「泣いてるわ、どうしたのかしら」
「きっと、故郷に残した家族が恋しいんっスよ」
「なるほど、それは仕方ないな。亡命してまだ日も浅いからな」
主に狂ったお前らのせいです。
編入先の学校の先輩がいきなりお尋ね者とか嫌だよ。
「商品の方向性を決めてから総理への質問を考えましょう。その方が効率的です」
「異議なしっス!」と威勢の良すぎる効率厨の書記先輩の挙手。
「副会長は記憶力がいいんですよね。総理が今までツブヤイターに投稿した内容とかから日常的に使っているものを割り出せないんですか」
「割り出せるわよ。そして作ったわよ」
「わお、仕事が早っ。え、それを商品化すればいいんじゃないですか」
「嫌よ。わたしだけが使って、ツブヤイターに写真を投稿して匂わせしたいんだもの」
そもそもアイドルとただのファンなんだから、匂いの元すらないのに?
「総理と同じものを使いたい気持ちは分かるけど、首相公邸のトイレの消臭剤を全国のファンが使うのは嫌なの。わたしだけが使いたいの。総理は市販の消臭剤じゃなくてアロマテラピーの店で調合してもらったオリジナルの消臭剤だったからそれはもう特定に苦労したのよ」
「そもそも、どうしてトイレの消臭剤? お揃いの食器とかじゃダメなんですか」
「家のトイレはね、一番人が無防備になる場所なの。下半身丸出しで急所さらしているしインテリアに拘っていてもトイレだけは油断してる人もいるわ。家のトイレはすなわち自然体の家主の心。わたしはね、総理と同じトイレの消臭剤に包まれながら、総理のハートを感じながら排泄したいの」などと言うので狂気を感じて「や、厄介オタク怖ぁ~」と本音がぼろっと出た。
「オタクはね、ちょびっと厄介なくらいが可愛いものよ」と副会長は完璧なウインクをした。
そんなことは初めて聞いたし、しかも絶対にちょびっとではない。
何故、トイレの消臭剤まで特定できたのか想像するだけで恐ろしすぎる。
トイレなんて絶対ツブヤイターに投稿しないだろうし。
まさか、イ・ケ・ナ・イこと(盗撮、クラッキング)をしてそのデータを入手したのでは。
「副会長、何かあっても私だけは面会に行きますからね……っ」
私はぎゅっと副会長の手を握り締めた。
「あらあら、亡命ちゃんったら~」
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