生足魅惑の短パンサンタコス総理のアクスタください!
あらすじ。主人公に公式のあだ名(亡命ちゃん)がついた。主人公は総理大臣の“僕とデートなうに使っていいよ等身大パネル”を手に入れた。
「みんな、今日もライブに来てくれてありがとう」
今日も? まさか頻繁に総理がライブやってんの?
総理はMCを入れながらステージから階段経由で下へ降りてきた。
すると、訓練された舞台のようにさっと会場の人混みが左右に割れた。
人混みが割れて現れた道をスポットライトが照らし、総理はファンからの歓声を浴びながら歩き始め、とうとう私やお姉さんがいる最後列のところまで来た。
近くで見ても整った顔だ。
ん? ライトで照らされた総理の顔色が心なしか悪く見える。
一度過労で倒れたおじさんもこんな顔色をしていた。
まさか、倒れる? 後方に総理の身体が傾いた刹那、私は自慢の瞬発力で駆け寄って総理を支えた。
おばさんの代わりに重いもの運んでたから、結構力はある方だ。それが今役立つとは。
「お怪我はないですか?」と声をかけると総理はきょとんとしていたが、すぐに微笑んだ。
「ありがとう、君は、初めて来てくれた子だよね」
「阿保芽衣です」
「えっ、亡命して来てくれたの? 僕を助けてくれてありがとう、亡命ちゃん」
「阿保芽衣です」がまたしても「あ、亡命です」に聞き間違えられたらしい。
「亡命ちゃん! MVP! 亡命ちゃん! MVP! 亡命ちゃん! MVP!」
謎のコールが会場に響き渡る。
「満場一致だね。今日のMVPは亡命ちゃんです」
総理大臣が私の手を掴んで上に掲げたので、私はボクシングの勝者みたいなポーズになる。
「MVPの亡命さんには総理大臣の“僕とデートなうに使っていいよ等身大パネル”が贈呈されます」とマントの人に私の身長を超えるでかいパネルを渡された。商品名長っ!
「いいなぁ~っ!」と会場から大きな声が上がった。
羨ましいというならこれを私の代わりに引き取ってくれないだろうか。
バイト明けの身体にこのパネルの重さが堪えるんだが。
「亡命さん、何かコメントをお願いします」
「あの、ひも状の何かください。背負って帰るので」
このコメントが、翌日のネットニュースのトップ記事になることを今の私はまだ知らない。
「納税タイム始まりまーす」という声が拡声器越しに響き渡ったが、納税タイムって何だ?
「並んで!順番にお伺いしまーす!抜かさないで!」
国民が大行列を作って会場の端のカウンターに押し寄せている。総理大臣のアクスタやぬいぐるみやタペストリーに群がる国民の列、列、途切れない列。ここは現実だろうか。
「生足魅惑の短パンサンタコス総理のアクスタください!」
「再販のドキッ真夏の総理の誘惑サンセットタペストリーください!」
おかしいな。日本語のはずのなのに意味が分からないが、分からないを分からないまま放置するのは良くない。うっ……、でも理解しようとすると頭痛がする。
総理大臣のライブなんだよね。百歩譲って、いや、一億歩譲ってライブはいいとして、この物販の商品名から感じるギラギラした圧は何なんだ。
「亡命ちゃ~ん、お待たせ~」
「あっ、お姉さん。お買い物終わったんですね」
「うん? ああ、納税ね、終わったわよ。はい、これ」
お姉さんはビニールで覆われた小さなパッケージを私に手渡した。
「亡命ちゃん、まだ日本の通貨ないでしょう。納税できないの可哀想だから、コレあげるわ」
「あっ、ありがとうございます」
納税できないのが可哀想とか意味分からないけど、物を貰ったらお礼を言う。人として基本。
ブツは生足魅惑の短パンサンタコス総理のアクスタだった。
思わず悲鳴をあげそうになるが、お姉さんの厚意にそんな態度をとるのは失礼だ。
こういうのっていくらするんだろうか。
今まで一にバイトで二にバイト、時々勉強だったから推し活とかで購入するグッズの相場が分からないのだった。
そもそも私は推し活に否定的だ。アクスタとかお金の無駄遣いでは、と思ってしまう。
それはとにかく、今度お金を返さないといけないな。そう思って、値札を見て今度こそ悲鳴を上げた。
「ひゃっ、ひゃくパー!消費税百パーセントォ!」
圧政者もびっくりの税率だ。会社の意図的な不正で税務申告が漏れたときの重加算税さえ四十パーセントだというのに。
「ああ、ライブの物販の売り上げは全部国の税収になるのよ」
だから納税タイムなのか、なるほど~とはならねえわ。丸めたポスターを抱えた人、でっかいカバンから購入したばかりらしいアクスタやぬいぐるみが覗いている人や、トレーディングカードのボックスを台車に乗せて大量にお買い上げしている人が行きかう。
ああ、あれらの売上が百パーセント税金だとすれば今日だけでどれだけの税額になるのだろうか。計算しようとして眩暈がしてきたのでやめた。
「あ、あの……こんなに出費、納税して皆さん大丈夫なんでしょうか。破産とか……」
総理のグッズを買いあさった果てに破産して、首吊り人間のリアルてるてる坊主とか笑えない。
「あはは、ないない、だって最低限の生活費は国が負担してるのよ。学費もタダだし。まあ、総理を推すために総理のグッズに課金したいとかになると自分で稼がないとだけど」
じゃあ、何だ、推し活のためにわざわざ働いている人がいるってこと? 有り得ない。
労働が国民の義務から免除されるんだったら、私なら絶対に働かねえわ。
「亡命さん、ご歓談中すみません。私、セブンナイツの平目木と申します」
マントを纏った男がすぐ傍に立っていた。セブンナイツって? セブンが七で、ナイツが騎士達だから、まさか七人の騎士達か? 絶望的なネーミングセンスに一周回って脱帽である。
「セブンナイツとは総理のアイドル活動を補佐する七人の国会議員のことでございます」
解説をしてくれた平目木氏にボディチェックされ、学歴を質問された。
それだけで私の移住許可はあっさり下りて、これから住むマンションの一室のキーを貰った。
「亡命ちゃん、お疲れ!」「また次の現場で会おうな!」
皆さんめちゃくちゃフランクに声をかけてくれるので「あっ、ハイ」とか「どうも」とか取り敢えず返事をしつつ、私は手配されたマンションの一室に帰宅したのだった。
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