JK、パラレル日本に行ってペンライトを振る
あらすじ、総理がライブやって主人公はペンラ振る。
「総理ーっ! 納税したい!」
ステージの上で歌う総理大臣に向かって、そう叫びながらうちわとペンライトを振る大勢の人達を見て思う。私、阿保芽衣は一体どこに迷い込んでしまったのだろうか、と。
今日も一日いつも通りだったはずだ、と何十分前かをを振り返る。
親戚が経営する会計事務所のバイトが終わり、帰り間際におじさんに呼び止められた。
「芽衣ちゃん、クリスマスイブの夜遅くまで手伝ってもらって悪いね。これ、少ないけど」
差し出された封筒は若干分厚い……千円札だとすると十五枚くらい入ってるな。
私はお金への執着故、目視で封筒の中のお札の枚数が分かる目を持っているのだ。
「これ、ボーナスだよ。クリスマスボーナス。これでチキンとか何か買って帰りな」
「ありがとうございます。ではまた明日!」
わざとらしくでも明るくそう言って手を振って事務所を出る。
元気に振舞っていれば、本当に元気になってくる気がするから。
駅前に出ると、イルミネーションで華やぐ街の中、同い年くらいと思しき女子達のグループが巨大なツリーの写真を撮っていた。
「そっか、今日クリスマスイブっておじさん言ってたな……」
私の両親は二年前に事故で他界した。多少お金は遺してくれたものの、高校の学費と生活資金のために伯父と伯母が経営する会計事務所の仕事を手伝い、そのバイト代で何とか食べていけている状態だ。
「このツリーの前でお願いすると願いが叶うんだって」「あんた英語ができるようになりますようにってお願いしなきゃじゃん」「馬鹿ってこと? ひど~い」
三人組の女子が笑いながら足早に通り過ぎていった。
けっ、いいなよぁ。楽しそうにキャッキャウフフしちゃってさ。
私の楽しみなんて、コーラ飲みながらアメゾンプライムで映画とアニメ観るくらいだよ。
あんな風に友達とクリスマスに遊んだりしてみたいなぁ。ツリーを見ながらぼんやりと思う。
なんてね、こんなツリーで願い事が叶うなら苦労しないし。
ため息をついて地下鉄の改札口に続く階段をおりていく。それが今日はやけに長い気がした。
やっとおりたと思うと目の前に分厚い黒い扉がある。何コレ? 今、駅って工事中だっけ?
そんなお知らせはなかったはずだけど、と疑問に思うが目の前の扉を開けた。
黒いゲートを潜るとチカチカとした光が飛び込む。赤い光と白い光が暗闇の中で揺れていて、紅白で何だかおめでたい。ここは何かの会場のようで、ペンライトを持った人があふれている。
「あら、あなたは?」
泣きぼくろとたれ目がセクシーな妙齢のお姉さんに話しかけられた。
「阿保芽衣です」
「そう、あなた亡命ファンなのね」
ぼうめい? まさか、私、亡命したって思われてる?
「移住許可のための確認とかあるけど全部後よ。だってライブ参加は国民の権利なんだから」
意味が分からないまま、話が進んでいく。
「あら、あなたペンライトは?」
「えっと、私、初めてで」
「予備があるわ。どうぞ使って」と白い棒状のライトを渡された。
「ペンライトが紅白で客席によって色分けされるの。総理が客席を見たとき、日の丸になってないと駄目だからよ」
「はあ、色々ルールがあるんですね」
「でもまあ、ここでの一番のルールは全力で楽しむことよ」
開演のアナウンスと共に幕が上がり、スポットライトが強い光で舞台の上で照らした。
ステージの裾から出て来た男性の緩くウェーブのかかった茶色い髪が、ふわりと揺れた。ぱっちりとした大きな瞳、通った鼻筋、形のいい唇が、神さまが決めたようなベストの配列で面積の狭い顔に収まっている。
抜群の顔の良さ、スラリと長い手足と引き締まった体型のおかげで、フリル塗れの銀色のシャツとピンク色の生地に金色のドット柄のスーツというオシャレ上級者も戦意喪失しそうなファッションを着こなしており、奇跡的に“可愛い”の範囲内に胴体着陸させている。
スポットライトの眩さに負けないレベルの輝く笑顔で彼は言った。
「メリークリスマスイブ! 総理大臣の愛沢想理です」
え、総理大臣ってあの総理大臣? 何で総理大臣がステージの上にいるの?
「まずはいつもの曲からいきたいと思います。今日はイブだから、アレに挑戦してみようかな」
「ついにアレを」と周囲は騒がしい。お姉さんも「ハアハア」と犬のように舌を出して興奮している。アレって何だよ、そもそも総理大臣がライブするなよ、ほんとに総理大臣なのかよと、私は一人おいてけぼり状態で、謎の疎外感を覚えていた。
「聴いてください。国民の笑顔が主要政策」
曲名がものすごく総理大臣だった。
「悲しい顔なんて似合わない。国民の涙、国政で晴らすよ」
かっこよさと甘さが声帯でルームシェアしているような魅力的な歌声だが、歌詞の方が気になりすぎて歌に集中できない。バク転して着地を決めると、ウインクしながら客席を指さした。
「国民の笑顔が主要政策なのさ!」
何で? 何でバク転した? ジャニーズなんですか?
「きゃあああああ! バク転成功おめでとう!」「総理ーっ! 日本の未来は明るいよ!」
絶叫に近い歓声で鼓膜がビリビリと震えた。
隣の親切なお姉さんも涙を流しながらペンライトをぶんぶん振っている。
日本の未来が明るいかは知らないが、私は脳がオーバヒートして目の前が真っ暗になりそうだ。
「どうしたら喜んでくれるかな? サミット中も国民のことばかり考えてるよ」
いや、サミット中は会議内容に集中しろよ。ぼんやりして国際問題に発展したらどうするんだ。
「今すぐ国民に会いに行きたいな。行ってもいいかなぁ」
いや、サミット抜けたらまずいだろ。ちょっと授業抜け出しちゃおうかな的なノリはまずいだろ。トップとしての責務を果たせよ。
「国民の信任が僕にチカラくれるんだ。どこまでも行けそうだね。この広がる空のもと」
「信任させて!」
「国民の納税が僕の支えになる。胸が熱いよ」
「納税したい!」
周りの人達の派手なうちわとコールで分かったが、エールは信任で、ギフトって納税のことか。
「いつもいつも、ずっとずっと、国民の支持を信じているよ」
「支持率千パー!」「フゥーッ!」
百超えてるじゃん。限界突破じゃん。ツッコミ入れてたら、一曲終わった。
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