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04:アクシデントと美味しいジェラート

 


 ガタガタと揺れる馬車の中、エステルは窓から入り込む風に金の髪を揺らし外の景色を眺めていた。

 早朝オルコット家を出てから随分と走り続けた。景色はすっかりと変わり、自然溢れる田舎村の面影はもうない。家屋が並び、整備された道が続く。まさに都会の景色だ。

 それを眺めていると遠くまで来たという寂しさが胸に沸く。らしくなく溜息が口から漏れた。

 傍らでスヤスヤと眠るギデオンへと手を伸ばして腹を撫でる。その振動で目を覚ましたものの、頭を撫でてやると再び眠りについてしまった。


「ねぇギデオン、私達、随分と遠くに来たわね」


 母犬似の垂れた耳をぺろりと捲って話しかけるも、当然だが返事は無い。

 ぐっすりと眠っている。その姿の微笑ましさと言ったらなく、見ているだけで表情が緩む。

 あげくに耳を澄ませばプスプスと鼻息まで聞こえてくるではないか。思わず笑ってしまい、胸に抱いた不安も緩やかに消えていった。


(そうね、家族とは遠く離れても私にはギデオンがいるもの。それにアレン・クラヴェルが私を待ってるんだわ。アレンはきっと素敵な人、愛し愛される夫婦生活が始まるのよ)


 いったい何を不安に思うことがあるというのか。

 そうエステルは自分に言い聞かせ、悩みを吹き飛ばしてくれたギデオンに感謝を告げて頭を撫でる。

 ギデオンは終始寝ていただけなのだが、子犬の寝顔には絶大な癒し効果があるのだ。これは褒めて撫でないわけにはいかない。


 そうしてギデオンを愛でていると、ガタンッ!と激しい振動と音を立てて馬車が停まった。


 眠っていたギデオンがぴょんと跳ねるように飛び起き、エステルの膝の上に飛び乗った。守ろうとしているのだろうか、エステルの膝の上に立って周囲を窺っている。

 そんな頼もしい護衛を抱き上げ、エステルは窓の外へと顔を出した。

 御者がしゃがみ込んでタイヤを見ている。どうしたのかと声を掛けると立ち上がり、困ったと言いたげに頭を掻いた。


 オルコット家の専属御者……ではない。馬車も御者も知人からの借りものだ。――エステルは相乗りの馬車を乗り継いだり辻馬車を拾ってクラヴェル家まで行こうとしたが、さすがに嫁入りだからと父が用意してくれた。手配してもらうのは大変ではなかったかと尋ねたところ、ポーラの子犬を一匹と交換条件で貸してくれたらしい。むしろどうしてもポーラの子犬が欲しい、なんでも言ってくれ、なんだったら貸すどころか馬車を譲るから……! と必死にせがまれたらしい。その話を聞きエステルは「肖像画の一枚は直ぐに見つかりそうね」と呟いた――


「どうにも部品が割れてしまったようです。これでは車輪が回りません」

「直るの?」

「店を探せば部品の調達は出来ると思いますが、今日中にクラヴェル家にお送りできるかは難しいかと……。申し訳ありません、エステル様」

「貴方のせいじゃないから謝らないで。どこかで別の馬車を拾うわ」


 街並みはもう目前で、少し歩けば到着するはず。あれだけ大きな街なのだから馬車もすぐに見つかるだろう。クラヴェル家に行く手段はどうとでも見つかる。

 トランクを手に、ギデオンをバスケットに入れて馬車から降りれば、御者が申し訳なさそうに頭を下げてきた。気にしないようにと宥めてここまで運んでくれた事を労う。


「少しお店を見て回りたかったからちょうど良いわ。ジェラートも食べてみたかったし。だって村にはジェラートなんてお洒落な食べ物は無かったんだもの」


 楽しみ、と笑ってみせれば、御者もまた柔らかく笑って頷いた。



 ◆◆◆



 案内してもらったお店で御者と別れ、ジェラートを堪能しつつ街中を歩く。護衛を一人も着けずに貴族の令嬢が散歩など普通であれば考えられない話だが、田舎村の男爵令嬢であるエステルには普通のことだ。不安や心配など皆無である。

 華やかな街並みと並ぶ店を眺めていると胸が弾む。それに立派な護衛がバスケットの中にいる。……今は買ってもらった骨型のガムを噛むのに必死だが。


「さすが王都ね。犬のお菓子や玩具の専門店があるなんて。それもどれもお洒落だったわ。ジェラートも美味しいし良いお店も見つけたし、馬車の部品が壊れたのも、きっとこうやって過ごすようにっていうお告げだったのよ」


 そうに違いない、とエステルがバスケットの中のギデオンに声を掛ける。

 随分と玩具にご執心でこちらを向く様子はないが、バスケットの中で暴れまわられるよりはいいだろう。まだ子犬だからさほどの重さもないが、さすがに暴れられたら辛い。


(もしかしてこの市街地でアレンとデート出来るかもしれないわ。二人で舞台を見て、散歩して、美味しいジェラートを食べるの。なんてお洒落なデートなのかしら、想像しただけでワクワクしてきちゃう!)


 その光景を想像すれば胸が高鳴り、自然と足取りまで軽くなる。

 もっとも、想像と言ってもエステルはまだアレン・クラヴェルがどんな人物かも、それどころか彼の顔すらも知らない。そのため想像の彼は顔の中央に大きく『?』と描かれている。

 だが今のエステルにとってそんなことは些細な問題である。顔の中央に『?』が着いていようが、アレン・クラヴェルは素敵な人で、そして彼と過ごす時間は素晴らしいものに違いないのだ。


「行きたい場所も見たい物も食べたい物も数え切れないほどあるけど、最初のデートはやっぱり彼に全て任せたいわ。私のことを思って計画されたデートコース。いったいどこに連れて行ってくれるのかしら。……あら?」


 アレンとのデートに思いを馳せながら歩いていたエステルだったが、ふと足を止めた。道の先に人集りが出来ている。

 聞こえてくるざわめきは王都の賑やかさとは違い、囲む人々の顔には焦りが浮かんでいるようにも見える。数人は青ざめており、祈るように胸の前で手を組んで人集りの中央に視線をやっている者もいた。


「なにかしら……」


 不穏な空気に声色を落とし、それでも人集りへと近づき、誰もが不安そうに視線を送る先を覗き込んだ。




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