34:肖像画のアレンとエステル
肖像画に描かれているアレンは確かにアレンだ。
顔立ちはアレンそのもので、よくぞ記憶と遠目に見ただけでここまで描けるものだと画家の実力に感心してしまう。
だが顔付きはアレンではありながらも纏う雰囲気は違う。
明るく爽やか、まさに好青年。けして引き籠らないだろうし、仮に肖像画のアレンがこの屋敷に籠っていても幽霊屋敷とは言われるまい。
「……僕、のようだが」
いまだアレンは困惑しており、眉根を寄せて肖像画を眺めている。
そんなアレンの様子から興味を抱いたのか来賓達も肖像画へと視線をやり、口々に「これは……、アレン様?」「いや、だけど雰囲気が」と囁きあっている。
さすがに本人を前に「こんなに好青年ではない」とは言えないのだろう。だが話し合わずにはいられないほどの違和感なのだ。
「確かに僕だ。だけど、いや、でも……。なんというか……」
アレンもまた画家本人を前に何と言うべきか分からずにいる。
画家の腕前はけして下手ではない。『絵を描く』という点ではむしろ技術もセンスも高く、一度でも日の目を浴びれば注目されて名を馳せていくだろう。
だが『肖像画を描く』という点では……。なんとも言えないのが正直なところだ。
似ていないわけではない。
エステルの肖像画もアレンの肖像画も本人の特徴をきちんと捉えている。……のだが、どう見ても雰囲気が違う。
肖像画のエステルは儚い深窓の令嬢で、対して肖像画のアレンは眩いほど爽やかな好青年だ。
本人とは真逆と言える。それでいて顔付きはそっくりなのだ。
「これは僕か……。うん、僕ではあるな」
「ねぇアレン、せっかくだから私達の肖像画を並べてみましょう!」
今が好機! とエステルは心の中で声を上げ、アレンの腕をぐいと掴んだ。
この提案にアレンは半ば呆然としたまま「そ、そうだな」と同意を示した。
話を聞いた画家がさっそくとアレンの肖像画を手に、エステルの肖像画へと近付いていく。エステルの肖像画を見つめる瞳には懐かしさと、そして己の肖像画がこの縁談の切っ掛けになった事実への誇らしさも含まれている。――縁談の切っ掛けと同時に勘違いの要因でもあるのだが――
「いかがでしょう、エステル様」
二つの肖像画を並べた画家に問われ、エステルは「素敵!」と声を上げ、隣に立つアレンは「……僕達、か?」といまだ疑問を露わにする。
来賓達も同様、先程エステルを認めたばかりな事もあって否定も出来ず、さりとて同意も出来ず、なんとも言えない表情だ。
屋敷の使いらしく一歩引いた場所でこのやりとりを見守っていたライラ達も困惑しており、珍しくドニも疑問を隠しきれずにいる。
だがエステルだけは困惑も疑問もなく、二つ並ぶ肖像画を前に「ほら見て、アレン!」とぐいと彼の腕を引いた。
「私達の肖像画、並ぶとより素敵だわ! ねぇアレン、貴方もそう思うでしょ?」
「あ、あぁ……、エステルが気に入ったなら何よりだ。……だけど、これは」
「どちらも彼が描いてくれた私達の肖像画よ」
はっきりとエステルが告げる。
それを聞いたアレンが一度目を丸くさせ、次いでエステルと肖像画を交互に見た。
エステルの肖像画はまったくもってエステルらしくない。
明るく活発で溌剌としている本人とは真逆、儚く繊細で憂いを帯びている。だが見た目はどちらも同じだ。
そしてその隣に並ぶアレンの肖像画も、まったくもってアレンらしくない。
『幽霊屋敷の引きこもり公爵』とまで言われた陰鬱とした雰囲気は無く、これまた真逆、晴天の草原を颯爽と馬で駆け抜けそうな爽やかさを纏っている。それでいて、やはりこちらも見た目は本人の通りなのだ。
もちろんアレンは双子ではない。そして今夜のパーティーでアレンを見たうえで絵の調整をしているというのだから、実はアレンそっくりの別人を描いていたという可能性も無い。
つまり、これはアレンの肖像画だ。
となれば、隣にあるのは……。
「……エステル、きみの肖像画なのか?」
アレンがエステルを見つめながら呟くように尋ねてくる。
周囲も、そして見守っていたライラやドニ達も、「そんなまさか」という表情と「だけどこれは」と言いたげな表情で顔を見合わせている。
アレンらしからぬ肖像画がそれでもアレンであるということは、エステルらしからぬ肖像画もまたエステルのものである。
それはつまり、この肖像画と、その肖像画の前で勝ち誇った笑みを浮かべるエステルもまた同一人物であるということ。
「だからずっと言ってたでしょ、私こそがエステル・オルコットだって」
そうエステルが告げ、肖像画の麗しい令嬢に「ねぇ」と苦笑と共に同意を求めた。
◆◆◆
「すまないエステル、僕は勘違いをしてきみの話を聞こうとしていなかった」
改めて謝ってくるアレンに、エステルは苦笑しながら「怒ってないわ」と彼を宥めた。
場所は広場から少し離れ、庭園の一角。いかにも幽霊屋敷といった雰囲気を纏ったそこは、それでいて咲き誇る黒薔薇が月明かりに照らされ妖艶な魅力を見せている。
先程の騒動もひとまずの落ち着きを取り戻し、パーティーは再び厳かさと華やかさを取り戻していた。
……といっても、来賓達はいまだ興味が冷めないと言いたげに広間に置かれた二枚の肖像画を眺めているのだが。
「見て、みんな肖像画を見てる。ライラとドニまで前に出て見に来てるわ」
「……あの顔は僕であって僕でない肖像画をどうして良いか分からずにいるんだろうな」
「せっかくだから飾りましょうよ。奇跡のエステルには奇跡のアレンがお似合いよ」
儚く繊細なエステルには、きっと彼女の手を引っ張って明るい場所に連れ出してくれる爽やかなアレンがお似合いだ。深窓の令嬢と爽やか公爵、なんて絵になるのか。
そうエステルが話せば、アレンが苦笑と共に頷いた。
エステルとアレンの肖像画は二人らしさはないが、それでもキャンバスの中の二人は二人でお似合いなのだ。彼等もまた仲睦まじく寄り添う夫婦になれるだろう。飾る時は大きな額縁を用意して遮るものなく並べて飾ってあげなくては。
そんな事を話していると、アレンが再び申し訳なさそうにエステルの名を呼んだ。
彼の手がそっとエステルの腰に添えられる。だが引き寄せることはせず、そっと、恐る恐る触れてくる。
「エステルはずっと事実だけを訴えていたんだな。それなのに僕はきみを愛していると言いながら、話を聞こうともしなかった……」
「アレン、もう謝らなくて良いの。確かに勘違いはしていたし私の話を遮っていたけど、それは私の事を愛してくれていたからでしょ?」
アレンは確かにエステルを『偽物のエステル』と考え、真実を知るまいとしていた。
だが全てはエステルを愛し、失うことを恐れていたからだ。
そうでしょ?とエステルが問えばアレンが頷いて返して来た。
それでもやはり罪悪感があるのか、彼の手はいまだエステルの腰元にあるものの、今すぐに離れていきそうな触れ方だ。
「もう」とエステルは呆れの声を漏らし――もっとも、呆れ半分、愛しさ半分、といった声色だが――自ら彼に身を寄せた。辛うじて触れる程度の彼の手もぐっと押して自分の腰を掴ませる。
「アレン、私は怒ってないわ。だって本物のエステルと信じてもらえなかった時も、アレンからの愛はたっぷりと感じていたもの」
「エステル……」
「それに、以前からずっと、事実を知った今も、アレンにとってのエステルは私だけでしょ?」
「もちろんだ。出会ってから今日まで、僕にとってのエステルは今僕と一緒に居てくれるエステルだけだ」
アレンがはっきりと断言する。
先程まで申し訳なさそうな表情だったが、この言葉を告げる時だけは瞳の奥に強い意志を感じられる。
その言葉に、そして伝わってくる確かな愛情に、エステルは穏やかに微笑んだ。
「それなら、伴侶の好みを把握して。貴方のエステルは謝罪の言葉よりも愛の言葉が好きなの」
そちらの方が良いと告げればアレンが僅かに目を丸くさせ……、そして、
「そんなところも愛してるよ、僕のエステル」
穏やかに微笑んで優しくエステルの体を抱きしめてきた。
エステルもまた笑んだまま彼の抱擁を受け入れる。優しく背中に回された腕がこちらの様子を窺うように次第に自分の体を強く抱きしめてくる、この感覚の愛しさと言ったら無い。
もっとも、エステルを抱きしめていたアレンが「惜しいことをした」と言い出した時には疑問を抱いて彼を見上げた。
「惜しいこと?」
「もっと奥まったところに君を連れて行けば、この流れでキスが出来たのに。……引きこもりは解消するつもりだが、今だけはどこかに籠りたいな。それとも今だけ無理やり人払いをするか」
「まったくアレンってば」
彼の愛を訴えて愛を求める冗談にエステルはクスクスと笑い、「引きこもり公爵の次は我がまま公爵になるのね」と彼の頬を撫でた。
※次話最終回です!
最後までお付き合い頂けると幸いです。




