31:ドレスに込めた意志
エメット夫妻の協力もあり、パーティーは豪華なものになった。
どんなパーティーにするかと話す中でのエステルの「いっそ幽霊屋敷らしくしたらどう?」という冗談交じりの提案は見事に当たったようで、厳かさの中にどこか重苦しさを交え、それがまた他にない美しさと華やかを纏わせた。
日頃豪華な屋敷に住み華やかなパーティーを常としている者達であっても、闇夜の中の幽霊屋敷でのパーティーは一度として経験したことが無いはずだ。
夢と現の境目のような幻想的な光景。現に誰もが興味深そうに屋敷を眺め、時には臆するように、時には美しさに感慨深げな表情を浮かべている。
「今はエメット夫妻が両親に変わって挨拶してくれている。彼等の話が終わったら皆の前に行こう」
アレンが片手を差し出してくる。その手を取り、エステルは穏やかに微笑んで彼の隣に並んだ。
二人が今いるのは来賓達が集まる大広間を見下ろせる場所。幸い誰もこちらには気付いておらず、エメット夫妻の話に聞き入っている。
彼等の話は若くして亡くなったクラヴェル家夫妻との思い出から始まり、彼等の死を惜しみ、偲び、そしてアレンへの愛に溢れている。アレンと同年代の子息令嬢を持つ親はとりわけ胸を打たれたようで、目頭を押さえている者すら居るではないか。
そんな会話の終わりに、アレンと共に来賓達の前に姿を現すのだ。
考えるだけで胸が高まる。だが次の瞬間エステルが「えっ!?」と声をあげたのは、夫妻がエステルの肖像画について話し出したからだ。
会場内がざわついたのが分かった。当然だ。『エステルの肖像画』と言えば先日ルゼールが訴えたエステル偽物疑惑の要因。あの話は一気に広がり、今ではパーティーに来ていなかった者すらも知っている。今夜この場に居るなかでも知らぬ者は居ないだろう。
(どうしてわざわざ、肖像画の話を……)
エステルの胸がざわつく。
その間もエメット夫妻は肖像画の話を続け、そのうえ促すように背後へと視線をやった。
夫妻の後ろ、壁には一枚の布が掛けられている。屋敷内の飾りに合わせた布だ。黒薔薇と金色のリボンがあしらわれ、一見すると洒落た飾りのように見えるだろう。現にエステルも今の今まで疑問を抱かずにいた。
だが夫妻の話が肖像画に触れた今、「もしかして」という不安がよぎる。あの布は何かを隠しているのではないか。
……たとえば肖像画を。
「そんな、もしかして……。ねぇ、アレン」
「行こう、エステル」
繋いだ手を握りアレンが歩き出す。エステルもそれに続くが、胸中は不安と困惑でいっぱいだ。
もしも布で覆われているのが『奇跡のエステル』の肖像画だったなら、来賓達はルゼールの言葉を信じてしまうかもしれない。
それなのになぜ。
そんなエステルの不安が繋いだ手を通じて伝わったのか、アレンが穏やかに微笑んで「エステル」と呼んできた。
「緊張してるのか? もしかして不安になってるのかもしれないな。きみを抱きしめてキスをする時間が無いのが残念だ」
「アレン……」
「大丈夫だ。言っただろう、きみは、いや、きみこそが僕のエステルだ。だから僕を信じて」
穏やかな声色で、それでもはっきりとアレンが告げてくる。
その言葉にエステルは小さく彼の名前を呼び……、「分かった。アレンを信じる」と返して彼の手を握り直した。
そうして再び歩き出し……、
「ところで、雰囲気に流されて訂正し忘れてたけど、私こそが紛れもなくエステル・オルコットで、あれは私の肖像画なのよ」
と、思い出したように彼に告げておいた。
危なかった。パーティーの雰囲気と予期せぬ肖像画の登場に不安に駆られ、偽物も本物もなにもエステルは自分一人という事実を見失いかけていた。――それを見失うのはどうかと思えるが、まぁきちんと思い出したので良しとしよう――
そんなエステルの訴えに対してアレンからの返事は、普段通りのこのやりとりが愛おしいと言いたげな笑みと「その話はまたあとで」という言葉。
そして、続く言葉を封じるためのキスだった。
エメット夫妻の紹介のもと、アレンとエステルが来賓達の前に姿を現す。
周囲がざわついた。疑惑の令嬢が堂々と現れた意外性と……、そして、なんて美しいのか、と。
黒で包まれた屋敷。そこを支配するのは濃紺の髪をもち黒を纏う公爵。だが彼の隣に立つのは眩い程の金糸の髪の令嬢。
その光景はまるで夜の闇に浮かぶ月だ。二人は闇と光が溶け合うように寄り添い、お互いを見つめ合う視線は第三者でも分かる程に愛が込められている。
「素敵」と小さく呟く声が聞こえてきた。以前のパーティーでも聞こえてきたが、今日はアレンに対してだけではなく、アレンとエステル二人に向けられた言葉だ。
それと同時に聞こえてきたのは、「あのドレスは……」という声。
見れば一人の女性がじっとこちらを見ている。先日ルゼールと一緒に居た女性、彼の娘だ。
隣にはルゼールの姿もあり、娘に言われてようやく気付いたのか表情を悔し気なものに変えた。
「エステル、素敵なドレスね」
とは、エメット夫人。エステルの手を両手で握り、まるで母のように歓迎と受け入れの姿勢を示してくれる。
自然な流れでの褒め言葉だ。もっとも、エステルにだけ分かるようにパチンとウインクをしてみせるあたり、ルゼールの反応を見たうえで褒めてくれている可能性は高い。
なにせ今夜のドレスは先日のルゼールの一件で着ていたドレス。……ではありつつも大胆なアレンジを施しているのだ。
とりわけ目に着くのが右肩。以前は両肩をレースで覆っていたが右肩だけ取り払っている。肩を大胆に晒し、左肩のレースも少なくし、全体的にもシンプルで大人びたデザインに仕立て直したのだ。
これはもちろんルゼールに肩を掴まれたことへの意趣返しである。
今夜のためにと一から新しいドレスを作ろうかとも考えたが、あえてあの日のドレスを直そうと考えたのだ。ルゼールに掴まれた右肩の布を全て取り払うことで触られた事が不快だと訴える。彼の手が触れた布など肌に当てたくない、そんな意志が込められている。
些か趣味が悪すぎるかと考えたが、提案を聞いたエメット夫人はこの話を褒め「貴族の夫人はそれぐらい高飛車じゃないと」とまで言ってくれた。
そんなドレスの右肩。
露わになった肌に手が触れる。ルゼールではなくアレンの手だ。大きな手が優しくそっと肩を包む。
まるで「エステルに触れて良いのは僕だけだ」と訴えるように。それを見せつけるように。
「皆様、本日はお越しいただきありがとうございます」
来賓達に挨拶をするアレンは落ち着いており、話の内容や口調も堂に入っている。
貫禄すら感じさせ誰もが立派だと囁き合う。隣に立つエステルもまたアレンに見惚れ、「本当に引き籠っていたのかしら」と疑問すら抱いてしまうほど。
見れば広間の一角ではライラがじっとアレンを見つめており、彼女の手にはハンカチが握りしめられている。もしかしたらアレンの姿に感動して涙しているのかもしれない。彼女の隣に居るドニもハンカチこそ手にはしていないが、その表情は誇らしげだ。
他のメイドや給仕も同様。彼等は皆アレンと共にこの幽霊屋敷に引き籠っていたのだ。その間に何度アレンへの陰口を耳にしただろう。それでも主人が決めた事だと聞き流していた。
だからこそ今この瞬間が嬉しいと言いたげに、そしてアレンに着いてきて良かったと心から喜び、「私の主人はあれほど立派なお方だ」と誇っているのだ。
(そうよ。アレンもこの屋敷も素敵なんだもの、陰口を叩かれる謂れは無いわ)
エステルもまた誇らしく思え、すぅと息を吸うと共に少し胸を張った。
そうしてアレンの話は進み、ついにエステルとの婚約の話題になった。
誰もがエステルへと視線を向けてくる。……それと、二人の後ろにある布で隠された『もの』へと。




