27:愛しているからこそ
クラヴェル家に戻る馬車の中。
しばらく黙り込んでいたエステルだが、エメット家の屋敷の明かりが次第に遠くなりついに見えなくなると「なにあの失礼な男は!」と声を荒らげた。ついに限界を超えたのだ。馬車の中で声を荒らげるなどはしたない行為だが、ここまで我慢した自分を褒めてやりたいぐらいだ。
だというのに向かいに座るアレンはいまだ冷静で、まるでもう終わった事かのような表情をしている。それどころかエステルを宥めてくるではないか。
アレンだって怒って当然なのに。
いや、アレンこそ怒るべきだ。
エステルはただ偽物扱いされただけで結局のところルゼールの勘違いでしかない。もちろんそれだって怒って当然の侮辱行為なのだが、いずれ身元を証明すれば彼の浅はかさは証明される。
だがアレンは違う。アレンは自分と、そして亡き両親まで馬鹿にされた。
本来ならば誰より怒りを抱き、無礼なとルゼールを怒鳴り付けるべきだ。クラヴェル家への侮辱は許さぬと処分を下したって良い。
「なのに、どうしてアレン……」
「あんなもの『幽霊屋敷の引き籠り公爵』と同じだ。好きなだけ言わせておけばいい」
「でも、アレンのご両親まで馬鹿にされたのよ?」
「……それでも聞き流すのが一番だ」
窓の外を眺めるアレンは声も態度もまるで他人事のようだ。
己を、己の伴侶を、そして亡き両親を貶されたとは思えない。
その態度にエステルは胸の内の靄を感じた。何とも言えない、悲しさと怒りを交えた靄だ。
「アレン、私いまとても怒ってるの」
「きみがそこまでルゼール家を気に掛ける必要はない。所詮は伯爵家、出来るのはただ陰口を叩くことだけだ」
「違うわ。そりゃあ確かにルゼール家にも怒ってるけど、私が一番怒ってるのは、貴方に対してよ」
エステルがはっきりと告げれば、アレンが意外だと言いたげな表情を浮かべた。
「僕に?」と不思議そうに聞き返してくるが、その声にもエステルの胸の靄が溜まる。その靄が訴えるままに彼をきつく睨みつけた。
「そうよ、アレン、貴方によ。陰口どころか直接あんな酷いことを言われて、どうして黙っていられるの」
「エステル、落ち着いてくれ。あの程度の陰口は気に掛ける事じゃない。嵐と一緒だ。ただ過ぎていくのを待てばいい。……今までそうやってきたんだ」
だから、と話すアレンに、エステルはもう我慢が出来ないと彼へと両の手を伸ばした。
エステルが納得し抱擁か頬を撫でられるとで期待したのか、アレンの表情が僅かに明るくなる。……が、エステルは彼の期待には応えず、それどころか両手でペチンと彼の頬を叩いた。
もっとも、叩くと言っても強くではない。流石に撫でるという優しさではないが、両手で押さえると言った方が正しいかもしれない。
現にアレンも驚いて目を丸くさせてはいるが痛みに呻く様子はない。
「……エステル?」
「アレン、自分を蔑ろにするということは自分を大事に想っている人達の事も蔑ろにするのと同じよ。貴方は今日まで自分を支えてくれたドニやライラ、ずっとそばにいたレディ、それに貴方を心配し続けていたエメット夫妻の事まで蔑ろにするの?」
「そんな、僕はただ……」
「もっと自分を大事にして。自分を守って。貴方は一人じゃないの。貴方はたくさんの人の、そして私の『大事なアレン』なの。時には守って、時には戦うことも必要よ」
彼の頬を押さえていた手をそっと滑らせ、今度こそ彼の頬を優しく撫でる。
そのまま身を寄せ彼の頭を抱え込むように抱きしめれば、腕の中から小さく自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。困惑を露わにした声。どこか弱々しく、まるで幼いアレンを抱きしめているかのようだ。
濃紺色の髪を指で梳くように優しく撫で、彼の額にキスを落とした。
「愛してるわ、アレン。だからもっと自分を大事にして。貴方が愛してるエステルのためにも」
優しく囁くようにアレンへと告げれば、腕の中で彼が小さく頷いた。




