24:視線……
エメット夫妻に屋敷に来てもらう約束をし、彼等のもとを離れる。
「本来なら挨拶をして回るべきなんだが、どうにも見た事のない顔ばかりで誰に挨拶をすべきか分からないな。ドニを連れて来れば良かった」
「ドニを?」
「あぁ。どうしても人と会わなければいけない時はドニに代わりに出て貰っていたんだ。だから僕はクラヴェル家と関係のある家名は分かるんだが、その顔までは分からない。覚える気が無かったとも言うけど」
参った、と話すアレンに、それを聞いていたエステルは「アレンらしい」と笑った。
さすがは引き籠り公爵ではないか。
もっとも、かといってエステルも田舎村出身の令嬢ゆえ挨拶をするような知り合いは居ないのだが。これはお互い様と言うべきかもしれない。
そんなパーティーの中、「あれは」と小さく声が聞こえてきた。
エステルが振り返れば一人の夫婦がこちらを見ている。年はエステルの両親ぐらいだろうか。煌びやかな服装に身を包み、いかにも社交界に生きる者と言った装いだ。見目もそう悪くなく、険しい顔さえしてなければ威厳と優雅さを感じただろう。
だが今はその優雅さもなく、怪訝な色を隠しもせずエステルをじっと見つめている。いや、見つめるどころか睨みつけると言える眼光の鋭さだ。
(知り合いかしら。どこかで見た覚えがあるような……)
誰だったか、とエステルが記憶を引っ繰り返す。
オルコット家の知り合いだろうか。それともクラヴェル家の関係者で、屋敷に来た時に見かけたのかもしれない。
クラヴェル家の屋敷は主人の引き籠り体質をそのままに客がくることは無いに等しい。あっても先程アレンが話していたようにドニが対応をして、用件が終われば即座にお帰り頂いている。
本来ならばエステルは未来のクラヴェル家夫人として対応すべきなのだが、なにせ未来の夫があれなのだ。
おかげで滅多な事では来客には顔を見せず、去っていく馬車を窓から見かけて「誰か来てたの?」とドニやライラに尋ねる方が多い。――そのあと慌ててアレンのところへ行き「私、挨拶してないわ!」と訴えるのだが、それに対するアレンの返事は「大丈夫だ。僕も挨拶してない」である――
じっと見つめてくるあの男は、クラヴェル家に来たことのある者だろうか。
「ねぇ、アレン。あそこに居る男の方なんだけど……」
アレンの腕を引いてこちらに意識を向けさせる。
壁に飾られている猫の絵をじっと見つめていた彼はエステルに呼ばれて促された方を見るが、その時には既に件の男は居なくなっていた。どこかへ移動したのか、それとも隠れたのか。
「あのね、アレン。さっきそこにいた男性が私のことをじっと見ていたんだけど……」
「エステルの事を? 知り合いか?」
「それが覚えが無いのよね。もしかしたらクラヴェル家の屋敷で会ったのかもしれないと思ったんだけど」
だがその張本人がどこかへ行ってしまっては確認のしようもなく、もちろんパーティーの中を縫って先程の夫婦を探すわけにもいかない。
そもそも本当にあの男は自分を見ていたのだろうか?
アレンと同じように壁に掛けられた絵を見つめていて、その間に自分が居ただけの可能性もある。もしかしたら偶然目が合っただけで、向こうも「見られている」と感じて見つめていた可能性だってある。
「……多分、見られていたと思うんだけど。うぅん、なんだか微妙なところだわ」
「もし心配ならエメット夫妻にその男性の事を話してみようか。誰か分かれば身元を教えてくれるかもしれない」
「そこまでしなくて大丈夫よ。ちょっと気になっただけ」
時間が経てば経つほど気のせいだったように思えてくる。
むしろ心配してくるアレンを宥めたくなり、怪訝に周囲を見回す彼の腕を擦った。気にしないでと告げればそれで落ち着いたのか、アレンがそれならと頷いて返してきた。
「エステルが気になるなら別の場所に行こうか。夫妻に話して警備をつけてもらうか、それとももう屋敷に戻っても良い」
「そんな、せっかく来たのに勿体ないわ。アレンの事だって、貴方が贈ってくれたドレスだって、もっと見せびらかしたいもの。もう少しパーティーを楽しみましょう」
「きみがそう言うなら……」
アレンの口調はどことなく歯切れが悪く、気掛かりだと言いたげだ。
そんな彼にエステルは思わず小さく笑みを零し、エスコートの続きを強請るように彼の手をそっと取った。寄り添えばアレンの気分も良くなったのか、怪訝そうだった表情が明るくなる。眉間に寄っていた皺も一瞬で解けてしまった。
「行きましょう、アレン」
「あぁ、行こう」
「それにしても、貴方って意外と心配性なのね」
「僕が?」
アレンが意外だと言いたげな表情を浮かべた。
今まで『心配症』と言われた事は無かったのだろか。
だが先程のアレンは誰が見ても分かる程に心配しすぎていた。主賓に男の事を尋ねたり別の場所に移動するのはまだ分かるが、警備を着けたり、果てにはもう帰ろうとまで言い出すのだ。
あれを心配性と言わずに何というのか。
そうエステルが笑えば、アレンが照れ臭そうに苦笑を浮かべた。
どうやら過剰に心配しすぎていた覚えは無かったようで、今ようやく自覚したと言いたげに頭を掻く。次いでエステルへと視線を向けるとゆっくりと目を細め、
「きみの事だからだ」
と、囁くように告げてきた。
頬が少し赤くなっている。彼の黒髪と瞳は整った目鼻立ちをはっきりとさせるが、今は僅かに染まった頬もはっきりと見せている。
彼の言葉に、そして照れ臭そうに微笑む表情に、エステルもまた己の頬がほんのりと熱を持つのを感じていた。
「それなら私はアレンが心配だわ。もしかしたらあの男はアレンを見ていたのかもしれないもの。心配だから、別の場所に移動しましょ」
ほら、とエステルがアレンの腕を軽く引っ張る。ついでに「心配性夫婦ね」と冗談めかして笑って見せる。
それを受けてアレンも穏やかに微笑み、ゆっくりと歩き出した。
「素敵」と囁く声が聞こえてくる。
去り際にエステルが振り返れば、こちらを見つめる令嬢や夫人の姿。きっとアレンの穏やかな微笑みを見て胸をときめかしたのだろう。
(もしかして、あの男もアレンを魅力的に想って見つめていたのかしら……)
それはそれで心配だわ、と心の中で呟き、エステルはアレンを守るようにぎゅっと腕を取る手に力を入れて身を寄せた。




