23:「僕のエステル」と「私のアレン」
腹巻きに対しての遺憾は残るものの、アレンにエスコートされてエメット家のパーティーへと出る。
人生初のパーティーだ。招かれた屋敷はまさに絢爛豪華の一言で、とりわけ大広間のシャンデリアは口を半開きで見上げてしまいそうなほど目映く美しい。
もちろんさすがに口を半開きで見上げるわけにはいかないので、チラと見上げて「あのシャンデリア素敵ね」とアレンに小声で話しかけるに止めたが。ーーそれから二ヶ月後、クラヴェル家の屋敷の大広間により立派なシャンデリアが設けられることを誰が予想出来ただろうかーー
見るもの全てが初めてで、見るもの全てが目映く美しい。
本当ははしゃいで端から端まで見て回りたいぐらいだが、それはぐっと堪えた。言わずもがな、今日は『アレンの伴侶』としてこの場に居るのだから。
未来の公爵夫人がはしゃぎ回ってはいけない。そう己を律する。
「ねぇアレン。私、立派な淑女らしく振る舞えているでしょ?」
「そうだな。普段の溌剌として俺の手を引いて歩いてくれる君も素敵だが、淑やかに僕の隣に寄り添って歩んでくれる君も魅力的だ。共に歩くためにパーティーでの立ち振る舞いを学んでくれたんだな」
「えぇ、学んだわ。でも元々の素質もあるのよ。だってほら、私はオルコット家の令嬢。正真正銘の令嬢だもの」
「……そうだな」
エステルの主張に、アレンが僅かに間を置いたのちに頷いて返してきた。
思うところがあるが出掛けた言葉を飲み込んだ、と言いたげな彼の穏やかな微笑みに対して、エステルの眉間に皺が寄る。
本物のエステルについて話すのは一日一度と決めたが、今はもう一回ぐらい良いだろう。パーティーの場というチャンスを逃すのは惜しい。
「アレン、ちゃんと私を見て。オーラが出てるでしょう? 持って生まれた貴族の令嬢オーラが!」
「見える見える。エステルは紛れもなくエステルだ。誰も騙されたりなんかしていないさ。それに立派な令嬢オーラを出してる。……腹部の辺りから。きっと特注腹巻きのおかげだな」
「私だって騙そうとしてないわ! あと特注腹巻きにおかしな効果を付属しないで!」
もう!とエステルは怒りを露わにした。
といっても、怒れども彼の腕を取り隣に寄り添いながらなのだが。おかげでアレンは嬉しそうで、どれだけエステルが膨れっ面で睨みつけても愛おしそうに目を細めるだけだ。
今日も失敗、とエステルが肩を竦めれば、アレンが名前を呼んできた。
「僕のエステル、どうか今日はもうその話はやめにして、せっかくのパーティーだからエスコートさせてくれ。皆に君を自慢したいんだ」
あえて『僕の』と告げてくるのはエステルが偽物でも構わないという意味か、それともご機嫌取りか。
どちらにせよこの甘い言葉にエステルの気持ちはすぐさま絆されてしまう。
誤解を解くのは失敗に終わったが、確かに今はせっかくのパーティーなのだ。それもアレンと二人で出席する初めてのパーティー、更に主催は彼の恩人であるエメット夫妻。
これだけの条件が揃っているのだから楽しまないのは損、不満そうな顔をしていては失礼だ。
「分かったわ。それならエスコートして、私のアレン」
彼の言葉に返すように『私のアレン』と呼べば、嬉しそうに目を細めたアレンが誘うようにゆっくりと歩き出した。
◆◆◆◆
元より、アレン・クラヴェルという存在は社交界に置いて珍しいものだった。
なにせ滅多なことでは公の場に顔を出さず、嫌々出てきても黙りを貫き、誰も近付いてくれるなと圧の掛かった空気を漂わせている。そうしていつの間にやら居なくなってしまうのだ。
『幽霊屋敷の引きこもり公爵』の異名は伊達ではない。
そんなアレンがパーティーに来ている。
それも女性を連れて、楽しそうに微笑みながら……。
誰もがぎょっとして目を見張り、信じられないと言いたげに遠巻きにアレンとエステルを眺めている。
ちらほらと「本当に引きこもり公爵なのか」だの「別人のようだ」だのと囁き合う声すら聞こえてきた。
「ねぇ聞こえた? アレンも偽物だと疑われてるわ」
「周りが混乱するのも仕方ないさ」
己の変わりようが面白いのか、囁きに耳を傾けるアレンの表情は楽しそうだ。注がれる驚愕の視線も満更でも無いのだろう。それどころかどことなく悪戯っぽい笑みさえ浮かべている。
思わずエステルも笑みを零し、せっかくだからパーティー会場を回ろうと提案した。
「どうせなら来賓全員を驚かせましょう。アレンは私を自慢して、私はアレンを自慢して歩くのよ」
「君が僕を自慢するのか?」
「そうよ。だってさっきから『素敵』って女性達の声が聞こえてくるの。今まで『引きこもり公爵』なんて呼んで避けていた女性達のね。だから『アレンはこんなに素敵なの。気が付かなくて残念だったわね。もう私のものよ』って自慢するの」
にんまりとエステルが笑みを浮かべる。
きっと今の自分は先程の彼に負けず劣らず悪戯っぽい笑みを浮かべている事だろう。
そんなエステルに当てられたのか、アレンは更に笑みを強め「それは楽しそうだ」と頷いて返してきた。
パーティー会場をそれとなく歩き、聞こえてくる驚愕や羨望の声に時に顔を見合わせて笑う。
そうして一組の男女を見つけると、アレンが「彼等にだけは自慢は出来ないな」と苦笑を浮かべた。
エメット夫妻。
幼いアレンを気にかけ、そして幼いが故にアレンがその手を振り払ってしまった旧知の夫妻。
年の頃ならばアレンの親ぐらいだろう。夫妻ともに恰幅が良く、仕草や表情から穏和で親しみやすい空気を感じさせる。
彼等はアレンに気付くと一瞬驚いたように目を丸くさせ、次いでまるで息子の成長を喜ぶように目を細めて近付いてきた。その表情から、アレンを呼ぶ声から、今日まで彼等がどれだけアレンを案じてくれていたのかが分かる。
「アレン、よく来てくれた。あぁ随分と久しぶりだな」
「……幾度とお誘いしてくださったのに、不義理を働いて申し訳ありません」
「いや、良いんだ。こうして顔を見せてくれただけで十分だ。そちらのお嬢さんは……」
夫君がエステルへと視線を向けてくる。
滅多な事では顔を出さないアレンが連れている女性なのだ、彼等が疑問を抱くのも無理はない
「エステル・オルコットと申します。以後お見知り置きを」
スカートの裾を摘んで優雅に挨拶をする。ーー「見よ、この令嬢オーラ!」と心の中で声をあげたのは内緒だ。ーー
「彼女はエステル、僕の婚約者です」
「婚約……、そうか婚約者が出来たのか」
「良い人を見つけたのね」
夫妻の声が震える。感極まって泣き出しかねないほどだ。
そのうえ夫君がアレンの手を握り祝うと、夫人までもがエステルの手を取り「どうかアレンを幸せにしてやって」と託してきた。
この言葉にエステルは彼女の手を握り返し「もちろんです」と頷いて返した。
「参ったな……。これじゃあ僕が娘で嫁に行くみたいだ」
とは、一人冷静に、そしてバツが悪そうにするアレン。
らしくなく頭を掻いているあたり目の前でのやりとりが気恥ずかしいのだろう。
だが無理に止めようとはしないのは、自分がどれだけエメット夫妻に心配を掛けていたのか自覚しているからだ。居心地悪そうにしてはいるものの、自分の幸せを喜ぶ夫君を穏やかに見つめている。
「これからは頻繁に顔を出します。……もしよろしければ、クラヴェル家にもお越しください」
「あぁ、もちろん行かせてもらうよ。今日は久しぶりのパーティーだろう、楽しんでいってくれ」
主催という立場ゆえに長話は出来ず、夫君が話を終いにする。
だが胸中はもっとアレンと語りたいのだろう。一瞬見せた表情は名残惜しそうだ。
それに気付き、エステルは彼等を宥めるように「庭園を美しく整えてお待ちしております」と声を掛けた。
「庭園?」
「クラヴェル家の庭園です。黒薔薇が咲き誇りとても美しいんですよ。私達だけで楽しむのは勿体ないと思っていたんです」
「そうか、それは楽しみだ」
「是非近い内に」
歓迎の気持ちを込めて告げれば、夫妻の表情が和らいだ。
寂しげだった夫人も穏やかに微笑んでおり、離れていく表情に寂しげな色合いは消えている。
良かった、とエステルは安堵の息を吐いた。
「エステル、ありがとう」
「アレン?」
「彼等がどれだけ俺を想ってくれていたのか、今になってようやく分かった。……だというのに何を言っていいのかわからず、また悲しませるところだったよ」
アレンの表情にも安堵の色が浮かんでいる。
それを見てエステルはそっと彼に寄り添った。元より連れ立って歩いているため距離は近いが、その距離を更に埋める。
「アレンを大事にしてくれる人なら、私も大事にしなきゃ。それが夫婦でしょ?」
ねぇ、とエステルが尋ねれば、アレンが嬉しそうに笑った。
濃紺の瞳がエステルを見つめてくる。愛おしいと、共に居られて幸せだと、そう言葉にせずとも語っている。
きっと今の彼を見れば、エメット夫妻が抱いている不安や心配も綺麗さっぱり消えるはずだ。もしかしたらアレンの変化と幸せを喜んで今度こそ泣いてしまうかもしれない。
そうしたらアレンはまた居心地悪そうに頭を掻くのだろう。
その光景はきっと穏やかで暖かいものに違いない。




