02:儚く可憐な奇跡のエステル
それから数ヵ月後、小さな村に画家が集まった。その数は十人。だが名の売れた画家は一人も居らず、みな駆け出しも良いところだ。
全員まとめても碌な実績は無く、依頼を受けるどころか頭を下げて仕事を貰い、値切りに値切られた賃金で食い扶持を稼ぐ日々を送っている。絵を描いている最中に鼻で笑われることなど日常茶飯事、仕上げた絵を見てさらに値切られることだってざらだ。
だが今回の仕事は何から何まで違っていた。
なにせ誰もがみな彼等を心から歓迎し、料理を振る舞い、そしてエステルを描いている最中に至っては物珍しさから遠巻きに眺めたりもするのだ。凄いな流石だと褒め、時間があれば積極的に声を掛けてくる。誰もがみな画家達の腕前を褒め、そして仕上がりが楽しみだと笑っていた。
――歓迎のかいあってか画家達はたいそう喜んでくれた。それどころか、結果的に十人の画家の内、半数は村に残り、その更に半数は年に一度必ず訪れるようになり、そして残りの大成した者はこの地こそ画家として故郷だと話すほどである――
そうして当初の計画通り、エステルを描いた肖像画が量産された。
といっても駆け出しの画家、見惚れるようなレベルのものはなく、誰もがみな完成品を前に駄目出しをされるのではと緊張を抱いていた。肖像画に布を掛けて一列に並べ、順に捲って披露していくという方法も彼等の緊張を加速させる。
もっともエステルは彼等の緊張など気付かず、瞳を輝かせて肖像画を眺めていた。もちろん隣に立つ両親も同様。それどころか「ようやくお目見えだ」「楽しみね」と自分の事のように期待している村民達も同様。
「申し訳ありません、エステル様。僕の技術ではこれが精いっぱいで」
「素敵、見てこの私! こんなに髪が美しく輝いて見えるわ。私ね、金の髪が自慢なの」
「エステル様、このような出来上がりになりましたが、どうしてもバランスが……」
「バランス? バランス……駄目だわ、子犬の愛らしさから目が離せない。なんてふわふわで可愛いのかしら。待って、いま『ポーラに縁談がくる』って言ったのは誰!?」
「どうしても発色がうまくいかず、ご期待に沿えず申し訳ございません」
「発色がうまくいかない? こんなに晴れやかな空と木々を描いたのに? この肖像画を見た人は間違いなくうちの村に旅行に来るわ。こんな美しい景色、世界中を探したってどこにもないもの!」
そう口々に肖像画を褒め、画家達に感謝を示す。
確かに並ぶ肖像画はどれも完璧とは言えず、バランスが悪かったり発色が悪かったりと難点がある。駆け出しの画家なのだから仕方あるまい。
だが勿論良いところもある。それを挙げて褒めれば、緊張していた画家達の表情が次第に緩んでいった。先程まで批判されるかもと不安そうに己の作品を眺めていたが、褒められた箇所を見つめてどこか誇らしげだ。
そんな中、一人の画家が「どうぞ」と己の作品に掛けていた布を捲った。十人呼んだ画家の最後の一人である。
エステルが瞳を輝かせ、今まさにベールから解き放たれた肖像画を見て……、
そして輝いていた目を見開かせた。
「こ、これは……! なんて美しい令嬢なの!? 絶世の美女だわ!」
思わず声をあげてしまう。
だが事実、額縁の中に描かれた令嬢はそれほどの麗しさなのだ。
金の髪は上質の糸よりも品良く輝き、紫色の瞳は吸い込まれそうなほど色濃く美しい。眠る子犬を膝に乗せて穏やかに微笑む様の淑やかさといったらない。形良い唇は絵画だと分かっても鈴の音のような声を期待してしまう。きめ細かな肌、細くしなやかな指先、全ては美しい。
その麗しさと言ったら無く、精巧に作られたガラス細工だって彼女には敵わない。
そんな令嬢の肖像画を、エステルはじっと見つめ……。
「嫌だ、私ってばこんなに儚く繊細だったのね。照れちゃう」
ぽっと頬を赤くさせて恥じらいの表情を浮かべた。
ちなみに背後からは「見惚れるほどに美しいが……エステル様か?」「エステル様と言えばエステル様だが……」と困惑の声が聞こえてくる。
エステルがパッと彼等へ振り返った。金の髪は肖像画のように美しいが、膨れっ面には繊細さはない。
「失礼ね、私に決まってるじゃない。私だって、地下室に閉じ込められて、食事は湿気たパンと冷めたスープだけ、しなびた花を見つめ続ける生活を三日続ければ、この肖像画ぐらい繊細で儚い表情を浮かべるわ」
思わずエステルが反論し、堂々と「これは私よ」と宣言した。
そこまでしないと繊細で儚い表情を浮かべられないのかと言われそうだが、幸いそれを指摘する者はいない。というより間髪を容れぬ速さで「この私は奇跡のエステルと呼びましょう」と結論付けて言及を回避した。
誰もがみな「確かに奇跡の一枚だな」と頷く。エステルの滅多に見れない――むしろ誰も知らないレベルの――繊細さを引き出し描くことに成功した、と考えれば、なるほど確かに奇跡だ。
そしてこの肖像画が、田舎村の貧乏男爵家オルコット家では想像も出来ない婚約を呼び寄せるのだから、やはり奇跡と呼ぶにふさわしい。