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17:屋根裏での再会

 

 ハンカチを探しに屋根裏へと向かう。

 掃除の手は入っているもののそこは嵐の夜と何一つ変わらず当時の事を思い出させる。自然と笑みがこぼれ「ここに二人で座ったのよね」と誰にというわけでもなく口にした。


 アレンと二人身を寄せ合って、一枚の毛布にくるまって過ごしたのだ。

 音楽の代わりに雨音を聞き、光源はランタンと天窓から漏れる雷の光。いつもと違うその空間は幼い頃に秘密基地を作った記憶を思い出させ、それを話し合った。

 エステルにとっては懐かしくて愛おしい思い出。アレンにとっては懐かしく……そして切なさを抱かせる思い出。


 それを話し、そしてアレンは己の胸の内を語ってくれた。


 失いたくない、そう真剣みを帯びた声で訴えるアレンの声と、そして彼の腕に抱きしめられた感覚が記憶に蘇る。


(あの時にアレンが言った『本来のきみ』っていったい何なのかしら。そのせいで私を失うと思っているとしたら、アレンも皆も、いったい誰の事を話しているの……)


 アレンとの思い出に浸れば、それと同時に疑問が増してしまう。

 浸りきれないなんとも言えないもどかしさを感じ、それを打ち消すようにふるふると首を横に振った。

 ここで悩んでいても何が変わるわけでもない。今はひとまずハンカチを見つけよう。

 そうして屋根裏から出て、話を聞き出せそうな人を探さなくては。いや、いっそアレンに直談判して聞き出してしまっても良いかもしれない。


「とにかく行動あるのみ! まずはハンカチを……あら?」


 まずはハンカチを探さねばと周囲を見回し、ふと屋根裏の一角に視線をやった。

 何かを隠すように布が掛けられている。その隙間から覗いているのは額縁だ。エステルが首を傾げ、金の髪をはらりと揺らした。

 もっとも、屋根裏に絵画をしまうことはさほどおかしな事ではない。とりわけ公爵家となれば季節や事柄に応じて飾る絵画を変えるだろうし、飾らぬ間は屋根裏にしまい、傷まぬように布を掛けておくのも理解できる。

 これが見覚えのある額縁でもなければさほど気にせずにいただろう。


 だが、あの額縁には見覚えがある。オルコット家で用意した額縁だ。

 他でもない、大量生産されたエステルの肖像画の額縁である。


「そういえば屋敷では遭遇しなかったわね。アレンってば私の肖像画を屋根裏にしまいっぱなしなんて酷いわ。これを見て私に婚約を申し込んだくせに」


 誰も居ない屋根裏で話しながら、布を掛けられた肖像画へと近付く。

 田舎村の貧乏男爵家から森の中の幽霊屋敷まで、果たしてこの肖像画がどんな旅をしてきたのかは分からないが、アレンと繋いでくれたのは確かだ。これを労わないわけにはいかない。

 部屋に飾ろうか。オルコット家に戻して飾って貰うのも良いかもしれない。


 そんな事を考えつつ、エステルは肖像画に掛けられている布をゆっくりと捲りあげ……、


「あ、貴女は……!!」


 と、そこに描かれた儚く繊細な令嬢に目を丸くさせた。



 ◆◆◆



「なるほど全て納得したわ」


 そうエステルが呟いたのは、変わらずクラヴェル家の屋根裏。

 見つけたハンカチを床に敷いて肖像画の前に座り、まるで向かい合って話しているかのようにうんうんと頷く。


「きっとアレンも皆も、この肖像画を見て、奇跡のエステルがクラヴェル家に来ると思っていたんだわ」


 奇跡のエステルこと肖像画のエステルは相変わらず儚く繊細さを漂わせている。

 これが実際の人物であったなら、細く鈴の音のような声で囁くように話し、淑やかかつ優雅な所作を見せ、そして少しの風でもふらりとバランスを崩してしまうだろう。軽く触れただけで壊れてしまいそうな儚さの女性である。嵐に怯え、屋敷の明かりが全て落ちたりなどしたら気絶しかねない。

 繊細という言葉がこれほど似合う女性は他に居るまい。


 けっして、馬車が壊れたからと護衛も着けず一人で街を歩いたり、更にはそこで厄介事に首を突っ込んでみたり、果てには辻馬車に下ろされてトランクを片手に歩いて屋敷を訪れたりなどしないはずだ。

 もちろん嵐が来ると知るや万全の対策をし、明かりが落ちたら暗闇食事会を開いたりはしない。


「確かにアレンやライラ達が勘違いしてしまうのも無理はないわね。貴女も私もエステルだけど、あまりにも纏う空気が違いすぎるもの」


 同じ金の髪に紫色の瞳。顔付きだって同じだ。――そもそもどれだけ繊細に描かれていようと結局はエステルをもとにした肖像画なのだ――

 だがあまりに奇跡すぎる繊細さゆえ同一人物とは考えにくい。似通った見た目の他人を探してきたか、せいぜい顔は同じだが性格は真逆な双子と言ったところか。

 元々のエステルを知らず肖像画だけで求婚してきたアレンが勘違いしてしまうのも無理は無いだろう。


 ……自分の事ながらそう冷静に判断できる。

 それほどまでに奇跡のエステルは神掛かっているのだ。

 といっても美醜の差があるわけでも有りえない描き方をしているわけではない。目鼻立ちといった顔の造りは実際のエステルの通りだ。だがそれでも纏う空気が違っている。


「アレンも皆も、私の事を『エステル・オルコットを名乗る偽物』って思ってるのね。だから様子がおかしかったんだわ」


 貴女のせいよ、とエステルが奇跡のエステルを突っついた。

 もちろん肖像画なので反応は無いのだが、仮に奇跡のエステルが実在していたなら申し訳なさそうに眉尻を下げただろう。責められたと知って謝るかもしれない。さすがに軽く突っついた程度で倒れたりはしないだろうが、少しバランスを崩すぐらいはしそうだ。それ程の繊細さである。


「でも、アレンは私を『エステル・オルコットを名乗る偽物』だと勘違いしたうえで、私を失いたくないって言ってくれたのよね。これって結局アレンは私のことを愛してくれているってことだわ!」


 辿り着いた結論にエステルの表情がパッと明るくなる。

 おかしな勘違いこそ起きているが結局のところ相思相愛ではないか。

 きっとアレンも真実を知れば「なんだそうだったのか」と笑うだろう。もしかしたら偽物だと疑ったことを詫びてくるかもしれない。そうしたら彼の頬を軽く抓って「疑うなんて失礼ね」とわざとらしく拗ねてみようか。


「私が拗ねたら、きっとアレンは困ったように笑うわ。でも直ぐには許してあげない。そうね……素敵なデートか、もう一度抱きしめてくれたら許してあげようかしら」


 どう? と奇跡のエステルに尋ねてみる。

 これにもまた返事はない。たんなるエステルの独り言だ。それほどまでに気分が弾んでいる。


 なにせ疑問は全て解けた。

 そして疑問が解けたあとに残ったのは、相思相愛という輝かしい事実のみ。


 これで浮かれるなというのが無理な話だ。口では「拗ねてみせようかしら」とは言っているものの、どうにも頬が緩んでしまう。

 そんな頬をパシンと両の手で叩いて立ち上がった。


「そうとなったら、さっそく誤解を解きに行かなくちゃ!」


 まずはアレンに話をして、その後にライラとドニ。他の者達にも出来る限り直接話をしたいところだ。

 それが終われば事の顛末を綴って両親への手紙を出そう。きっと驚くだろうが、クラヴェル家での生活が退屈とは無縁だと知って笑ってくれるはず。


「奇跡のエステル、ひとまず貴女はここに居てね。誤解が解けたら迎えに来るわ。そうしたら貴女を飾る場所を決めましょう」


 またね、とまるで友人に一声かけるように告げ、肖像画に再び布を掛ける。

 そうして意気揚々と屋根裏部屋を後にした。



 ……自分が自分であることの証明が思っていた以上に難しいとは、この時のエステルは思いもしなかった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分であることの証明、深いようで、深いのか?な点 [一言] まぁ、容姿だけじゃなくて貴族としての振るまいとか感性とかもだから、なぁ…………。 がんばれエステル!
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