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15:屋根裏で二人……

 


「この甘さは人参だな。……だがこれが人参となると、さっき人参だと思って食べていたものは何だったんだろう」

「違うわ、アレン。これは人参じゃない、人参をベースにしたソースが掛かったジャガイモよ。ねぇライラ、当りでしょう? ……ライラ、なんで笑ってるの?」

 」

「次のこれは……。あぁ、これは分かりやすいな、牛肉だ。時間をかけて丁寧に焼かれたものだ」

「そうね、この歯ごたえは間違いなくお肉だわ。濃い目のトマトソースで私達を惑わそうとしたんだろうけど、そうはいかないわね」


 楽しそうにアレンとエステルが話をする。

 場所は大広間から移って、食事会が開かれている一室。……といっても普段二人が食事をしている部屋だ。

 ここも当然だが明かりが落ちて暗い。そのうえテーブルに着く二人は目隠しをしている。テーブルには料理が並べられているが、暗い部屋の中で更に目隠しをしていては銀食器を扱えるわけもなく、代わりに料理を口に運ぶのはテーブルの隣に控えているライラだ。一歩離れたところには二人の話を楽しそうに聞きつつ何やらメモを取るシェフ、それと、シェフの手元をランタンで照らしてやっているドニ。

 室内の光景は異質と言えるだろう。事情を知らぬ者が通りがかれば何をやっているのかと首を傾げるに違いない。


 だがこれこそエステルの言う『暗闇食事会』、せっかく明かりが落ちたのなら更に目隠しをして楽しんでしまおうというものだ。

 もっともオルコット家で行った際は、ありったけのジャムを並べて、パンに浸けて相手に食べさせ当て合う……というものだったが。そこは公爵家、暗闇食事会と言えどもシェフの料理だ。


「今食べたこれは何かしら。何だか分からないけれど凄く美味しかったわ。何も分からないけど、私、この料理大好き」

「あぁ、美味しかったな。俺はきっと今まで何度も食べていると思うんだが……。どの料理も、何を食べているのか分からないものだってあるのに、君とこうやって楽しんで食べていると今までより美味しく感じる」


 アレンの声は穏やかで落ち着きがあり、この時間を心から楽しんでいるのが分かる。

 それを聞き、エステルもまた柔らかく微笑んで「私も楽しくて美味しいわ」と返した。心の中で少しばかり残念に思うのは、目隠しをしているため今彼がどんな表情をしているのかが見えないからだ。

 きっと優しく魅力的な笑みを浮かべていただろう。それを見られないのは残念であり、この暗闇食事会の唯一の難点かもしれない。



 そうして二人仲良く暗闇での食事を終え、テーブルの上をメイド達に片付けてもらい、ようやく目隠しを解いた。

 だが目隠しを解いてもそこはいまだ明かりの落ちた屋敷の中だ。それでも不思議と明るく感じられる。

 ライラが手にしているランタンの明かりに目を細めながら、お腹も胸もいっぱいになったとほぅと一息吐いた。


「答え合わせは明日の朝食よ。同じメニューを出して貰うように頼んでおいたの。私達の予想と正解の材料を書いたメニュー表も添えてもらうから、食事をしながら答え合わせをしましょう」

「そうか、それは楽しみだな」

「さて、後はデザートね。アレン、行きましょう」


 エステルが立ちあがれば、アレンが不思議そうに見つめてきた。

 彼の濃紺の瞳が「どこに行くんだ?」と尋ねている。落ち着きと凛々しさを感じさせる顔つきだが、不思議そうに眼を丸くさせるとどことなく幼さを見せる。

 それを見つめ、エステルはふふと小さく笑みを零した。


「屋根裏よ」

「……屋根裏?」

「えぇ、屋根裏で毛布にくるまりながらデザートを食べるの」


 その光景を想像し、エステルが笑みを零す。

 だがアレンは想像すら出来ないのか、いまだ驚いたと言いたげな顔をしているではないか。


「もしかして公爵家の屋敷ではしたないって思ってる? 大丈夫よ、こんなに暗かったら誰も見ていないわ」

「いや、はしたないなんて……」

「なら問題は無いわね。さぁ行きましょう」


 ほら、とエステルがアレンを急かす。

 それに対してアレンはふっと柔らかな笑みを零し、「きみと居るとすべてが楽しいな」と笑って立ち上がった。



 ◆◆◆



 雨は強く、雷はいまだ近くで鳴り続けている。

 大粒の雨が天窓を叩き、雨水が流れ落ちていく様はまるで滝のよう。その滝が光って見えるのはきっと雷だ。

 そんな天窓をエステルはアレンと並んで眺めていた。


 場所は屋敷の屋根裏。

 小さなマットにクッションを並べて座り、二人身を寄せて一枚の毛布に包まる。


 クラヴェル家の屋敷の屋根裏は現在誰も使用しておらず、殆ど物置と化していた。

 だが物置とはいえ公爵家の屋敷、物が乱雑に山積みされているわけでもなければ、埃が舞うようなこともない。きちんと掃除の手は行き届いている。

 こうやってマットとクッションを置けば一日ぐらいならば優に過ごせるだろう。――エステルなら、の話だ。果たして普通の貴族の令嬢が過ごせるかは定かではないが―ー


「なんだか秘密基地に居るみたい」

「……秘密基地?」

「えぇ、そうよ。子供の頃に作らなかった? 私は庭の隅に板と大きな布で基地を作って、お昼ご飯をそこで食べてたわ」


 懐かしい。秘密基地だからと親には内緒で過ごしていたが、昼食を持ち込みやすいサンドイッチにしてくれたりお菓子を用意してくれたりと、今思えばきっと全て気付いていたのだろう。時にはまだ子犬だったポーラが飛び込んできたり、村の子供達を招いたりと、家の敷地内とはいえ秘密基地造りはちょっとした冒険気分だった。

 それを話せば、アレンはまるで自分の思い出かのように楽しそうに微笑み……そして濃紺色の目を細めると「僕も……」と小さく呟いた。

 どうやらアレンも幼い頃に秘密基地を作っていたらしい。だがすぐさま「ありきたりな話だ」と終いにしようとしてしまった。

 エステルがそっと彼の腕に触れ、「話して」と促す。


「貴方の話、聞きたいわ」

「……エステル」


 アレンがじっと見つめてくる。

 エステルもまた彼を見つめて返し、もう一度「話して」と告げた。

 それを聞き、アレンがゆっくりと、過去を思い出すかのように話し始めた。


「秘密基地という程じゃないけど、庭の隅に気に入った場所を見つけてよくそこで本を読んでいたな。大きな布で目隠しをして、気に入ったクッションを持ち込んで……。懐かしい」


 当時を思い出しているのだろう、アレンの瞳がどこか遠くを見るように他所へと向けられる。


「あの時はまだ父上も母上も居て、本を読んでいるとよく覗き込んできたんだ。居るのが分かって、わざと大きな声で僕の名を呼んで探したりもしていたな。……あぁ、なんだか二人の事を久しぶりに思い出したよ」


 アレンの声が徐々に力をなくしていく。

 懐かしい両親との思い出。だがそれを思い出せば、同時に、両親を亡くした記憶も呼び覚まされるのだろう。

 表情も次第に暗くなり、ついには言葉を溜息に替え「すまない」と謝罪の言葉で話を終いにしてしまった。


「こんな話をするつもりじゃなかったんだが……。嫌な気分にさせてすまない」

「謝らないで。故人の思い出は悲しくても嫌な話じゃないわ。それに悲しみが大きいのは、貴方が両親を愛して、そして愛されていた証よ」

「……エステル。ありがとう」


 慰めの言葉で幾分かは気分が晴れてくれたのか、悲し気だったアレンの声に穏やかな落ち着きが混ざる。

 良かった、とエステルは穏やかに微笑んで彼の腕を擦る。その腕がゆっくりと動き、エステルの体を抱きしめてきた。


「失って悲しむくらいなら、もう二度と大事な人を作るまいと決めた。……だけどエステル、きみが大事だ。失いたくない」

「……アレン」

「本当はきみを故郷に返すのが一番だと分かっている。そこで本来のエステルとして……いや、エステルとしてではなく本来のきみとして生きるべきだ。だけど、それでも僕はきみを失いたくない」


 アレンの声は次第に辛そうなものにかわり、そして抱きしめてくる腕の強さも増していく。

 まるでエステルを己の腕の中に閉じ込めようとしているかのようだ。痛みこそないが苦しくなる。だがこの苦しさは抱きしめられているからなのか、それとも辛そうな彼の声を聞いているからか。


(本来の私ってどういうことかしら……)


 胸の内に疑問が湧く。

 だが今は疑問を晴らすよりもアレンの気持ちを優先しなければ。そう考え、彼の背に腕を回した。

 ゆっくりと応えるように抱きしめて返す。遠くから眺めたり隣にいる時はしなやかな体付きだと考えていたが、こうやって触れてみると自分の体とは違う男の体だと分かる。広く硬い背中、厚い胸板。男性の体と意識すると恥ずかしさも感じるが、心の中で「誰も見ていないわ」と言い聞かせてぎゅっと強く抱き着いた。


「アレン、私は貴方の隣にいるわ。離れてくれって言われても離れないんだから」


 アレンの胸にまで届くように優しい声で告げれば、落ち着いたのか自分を抱きしめていた腕からゆっくりと力が抜かれていく。

 見れば彼は穏やかな表情を浮かべており、少し困ったように微笑みながらも愛おしいと言いたげに名前を呼んでくれた。照れくさそうに「すまない」と謝る声には先程までの悲痛な色はなく、これはきっと突然抱きしめてしまったことへの詫びだろう。

 そうして彼の腕がそっと離れていく……。のだが、エステルはそれを追いかけるように彼に抱き着いた。


「言ったでしょ、離れてくれって言われても離れないわ!」



 幽霊屋敷と呼ばれるクラヴェル家の嵐の夜に、不釣り合いな、それでも穏やかで楽しそうな二人の話し声がいつまでも続いた。




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