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14:臆病猫の救世主

 


「まさか明かりが落ちるなんて思っていなくて……」

「お皿を割ってしまったんですが、暗くて片付けも出来なくて困っていたんです」

「非常時用の明かりが通路にしかないんです、これでは部屋が暗くて仕事になりません」


 皆が口々に申し訳なさそうにランタンを借りに来る。

 それに対してエステルはふふんと得意げな表情を浮かべながら、一つ貸す度にライラに伝えて貸出帳に記入していった。

 ランタンを確保していたとはいえ全員分はない。残りの数と働いている者達の数を計算し、時には二人で使ってもらったり、順番に使って凌いでもらう必要がある。それでも無いよりはマシだろう。いや、借りられるだけ御の字程度には考えて貰いたいところだ。


 そんな中、「レディ、レディどこだ」と覚えのある声が聞こえてきた。

 ランタンを手にしたアレンが大広間に入ってくる。その背後にはドニも居り、ライラとエステルの顔を見ると僅かだが気まずそうに顔を渋めた。――対してライラは途端に勝ち誇った笑みを浮かべている――


「エステル、君の言う通りだったな。あの時は大袈裟だなんて言ってすまなかった」

「そうでしょう? だから言ったでしょう? ……って得意げになるのは後にして、レディが居なくなっちゃったの?」

「あぁ、そうなんだ。彼女は大きな音が嫌いで、いつもなら雷が遠くで鳴り始めると直ぐに俺の部屋にくるはずなんだが……」


 アレン曰く、今夜に限っては雷が鳴り始めてもレディは部屋を訪れずにいたという。それならば迎えに行ってやろうと探していたのだが見つからず、次第に雷は本調子と言わんばかりに音を増し、挙句に屋敷も暗くなってしまった……と。

 もしかしたら雷に驚いてどこかに隠れて、そのまま怯えて出てこられなくなっているのかもしれない。そう話すアレンはどことなく落ち着きがない。


「レディは黒毛だから暗い屋敷だと見つけにくい。こうも雷と雨が強くては鳴いていても聞き逃してしまうし……。外に出たとは考えにくいから、屋敷内にはいるはずなんだ」


 レディは猫らしく濡れるのを極端に嫌がる。

 雨が降る日はもちろん、雨が降る前にも空気で感じ取るのか絶対に外には出ず、屋敷内で一番柔らかなクッションを陣取って寝ている。屋敷内では『レディが散歩に行かないから今日は雨が降る』とまで言われているほどだ。

 だが屋敷内を呼びながら探し回っても見つからない。

 そう語るアレンは随分と心配そうで、聞いているエステルまで不安を抱いてしまう。


 そんな中、ライラが何かに気付き、「まぁ、見てください!」と大広間の扉を指さした。

 誰もがそちらへと視線をやれば、現れたのはギデオン。……と、ギデオンに首根っこを噛まれ、半ば引きずられるように運ばれているレディ。

 それを見た瞬間、アレンが慌てて彼女を呼んで駆け寄っていった。


「レディ、心配したよ。どこに居たんだ」


 アレンが声を掛ければ、まるで引き渡すかのようにギデオンがレディの首筋から口を放す。

 だがレディはアレンに近寄るでもなくギデオンから離れるでもなく、そのままゆっくりと丸くなってしまった。聞こえてくる鳴き声は随分と細く、近くで耳を澄ませていてようやく聞こえる程度だ。普段のツンと澄ました態度が嘘のように怯えきっている。


「あぁ、怖くて歩けなくなったんだな」


 可哀想に、とアレンがレディを抱き上げる。

 よっぽど怖いのかレディはアレンの体にぴったりとくっつき、それどころか雷鳴から身を隠すようにアレンの腕の間に自分の顔を押し込もうとしている。

 対してギデオンはいまだ元気いっぱいだ。褒めてくれといわんばかりにアレンやエステルの足元を行き来している。


「屋敷内を回りつつレディを見つけて連れてきてくれたのね。なんて優しい子なのかしら」

「ギデオンありがとう。ほらレディ、きみもお礼を言わないと」


 レディを抱き上げたままアレンがゆっくりとしゃがむ。

 腕の中のレディをギデオンへと近付ければ、ギデオンは嬉しそうに尻尾を振り回しながら、そしてレディはそっと顔を寄せ、二匹が鼻をくっつけた。

 なんて愛らしい光景なのだろうか。思わずエステルが吐息を漏らした。

 今すぐにでも動物を描くのに優れた画家を連れて来たいところだ。きっと彼ならば可愛らしく微笑ましいこの光景を鮮明に絵に残してくれるだろう。



 しばらく二匹の交流を愛で、再びランタンの貸し出しを……となったところで、ギデオンがワフッ!と一声あげた。

 大広間にあるソファにぽんと飛び乗り、ころりと丸くなる。まるで己の仕事終えたと言いたげな表情だ。

 アレンに抱き上げられていたレディがそれを見て、彼の腕の中からぴょんと飛び降りギデオンのもとへと向かった。――腰を落としてそろそろ進むあたり腰が抜けかけているのだろうか――

 そうしてギデオンに寄り添うようにして自らも丸くなった。クリームカラーの淡い色合いと艶のある黒色が溶け合うように重なる。


「なんて愛らしいのかしら……。仲の良いお二人さん、ランタンの貸し出しが終わるまでそこで休んで待っていてね」


 エステルが優しく声を掛ければ、またもランタンを借りに給仕が大広間を訪れた。



 ◆◆◆



 ランタンをあらかた配り終え、残りは大広間で仕事があるというメイドに託す。

 ようやく終わったと一息吐けば、ソファに腰掛け見守っていたアレンが穏やかに微笑んで立ち上がった。


「ありがとう、エステル。きみが居てくれて良かった」


 助かったと話すアレンに、エステルもまた微笑んで返す。


「さて、これで屋敷の中は大丈夫ね。あとは……」

「あとは静かに部屋で過ごそう。どうだろう、俺の部屋で一緒にお茶でも」

「静かに過ごす!? そんな、とんでもない!」


 エステルが声を荒らげる。

 これに対してアレンは驚いたと言いたげに目を丸くさせた。


「これ以上なにかすることがあるのか?」

「えぇ、もちろんよ。こんなに暗いんですもの、この暗さを楽しまなきゃ。さぁアレン、暗闇食事会よ!」


 行きましょう! とエステルが楽しそうに笑う。

 だがアレンはいまだ目を丸くさせたまま「食事会?」と不思議そうにしており、それどころか首を傾げて尋ねてきた。


 だが彼が疑問に思うのも無理はない。

 ランタンが配られているとはいえ屋敷内は暗く、こんな中での食事は不便に決まっている。そもそも夕食はとうに済ませてあるのだ。

 それをわざわざ不便な中で食事会……。なぜわざわざ苦労をして暗い中で食事をするのかとアレンが問えば、エステルはいまだ楽しそうに笑いながら「暗いからこそよ」と答えた。


「不思議なんだけど、暗くて見えないと味覚もはっきりしないの。何を食べてるか分からなくなるのよ。だからあえて料理の当てっこをするの!」

「……いつもそうしていたのか」

「そうね、嵐で明かりが落ちるとよくやっていたわ。私、ジャムを当てるのが得意だったのよ」


 これでも味覚に自信はある、そうエステルが得意げに胸を張った。

 次いでライラに準備が出来ているかを確認し、暗闇食事会の会場である一室へと向かう。もちろん手にはランタンを持ちつつ。



 ◆◆◆



 そうしてエステルとライラが出ていった大広間。

 残されたアレンが小さく息を吐いた。


「本当に嵐のたびに暗い家の中で過ごしていたんだな……」

「そんなに頻繁に設備に不具合が出るのは、やはり家屋というより小屋なのでしょうか」

「そうかもしれない。だが凄いな、そんな状況でも楽しさを見出している。暗闇食事会か……。どんなに暗かろうと、僕にはエステルの居る場所が明るく感じるよ」


 穏やかに微笑み、アレンが歩き出す。

 向かうのはエステルが向かった先、暗闇食事会の会場だ。




『幽霊屋敷の引きこもり公爵』とまで呼ばれた男が、異例の食事会を「楽しみだ」と笑っている。

 大広間に残った者達はその光景を微笑ましいと眺め、外の嵐とは正反対の穏やかさを感じていた。


「見て、アレン様があんなに楽しそうに笑ってる」


 そう口々に誰もが話し、そして主人の心を明るく灯すエステルに感謝を抱いていた。

 ……たとえ偽物であっても、と思いつつ。



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