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01:オルコット家の令嬢

 


 エステル・オルコットは悩んでいた。

 といっても、紅茶を片手に、時に茶菓子を摘まみつつ。なおかつ愛犬を撫でながらなのでそこに深刻さは皆無である。傍から見れば優雅なティータイムに映るかもしれない。

 それでもエステルは悩んでいた。

 その悩みとは、自分の婚約についてである。

 文字通り人生を左右する重要な悩みであり、年頃の令嬢ならば誰しも通る道と言えるだろう。


「まさか愛犬に先を越されるなんて思ってもなかったわ。ねぇ、どう思う? 私より先に素敵な旦那様を見つけて、それどころか子どもまで生まれるポーラ」


 恨みがましい口調で告げ、エステルは足元で眠る愛犬の鼻先を擽るように撫でた。

 主人の恨みに気付いていないのか、彼女は撫でられた鼻を一度ペロリと舐めると嬉しそうに目を瞑った。しあわせそうな表情とやんわりと膨らんだ腹部に、エステルが唇を尖らせて「抜け駆けよ」と訴える。手元は相変わらず鼻を擽り、頭を撫で、垂れた耳を持ち上げながらだが。

 そんなエステルに声が掛かった。振り返れば、父と母が連れ立って部屋に入ってくる。

 子を持つ親の年齢となっても見目麗しく、二人寄り添う姿は仲睦まじい。だが二人共眉尻を下げており表情は切なげだ。


 しまった、とエステルは自分の失言を悔やんだ。


「エステル、貴女に縁談を持ってこられなくてごめんなさいね」

「お母様、良いのよ。気にしないで。さっきのはポーラに冗談を言っただけだから」

「娘に縁談の一つも持ってきてやれないなんて、父親として情けない。せめてうちがもう少し歴史と権威があれば……。すまないエステル」

「謝らないで、お父様のせいじゃないわ」


 口々に己を責めだす両親に、エステルは慌てて立ち上がり二人へと駆け寄った。

 気にしないで、と宥め、母の腕を擦る。

 それでも両親の表情は晴れることなく、エステルはどうしたものかと釣られるように眉尻を下げた。



 オルコット家は田舎村で暮らす男爵家である。

 一応爵位こそあるものの裕福とは言い難く、住まいもお世辞にも屋敷とは言えない。一般家屋と比べて一回りか二回り大きい程度だ。

 メイドも居るには居るが、近所で仕事を探していた夫人を雇っただけだ。メイドというよりお手伝いさんと言った方が適しており、昼に来て夕食前には帰ってしまう。


 そんな男爵家なのだから、政略結婚が常の社交界であぶれるのは必然。

 おかげで一人娘のエステルは十七歳を迎えても浮いた話一つ無く、どうしたものかと悩んでいた。世の令嬢達は親に縁談を決められると嘆いているが、エステルに至ってはそのスタートラインにすら立っていないのだ。

 かといっていっそ爵位に拘らず自由に恋愛を……と考えても、生憎と村に年頃の青年は少なく、居ても恋愛にまでは発展せず今に至る。


「いっそ王都に行って、良い男の一人や二人捕まえてこようかしら。いえ、ここは十人ぐらい捕まえてきて、村の女性達にも出会いを! でもそれだと男の人に悪いわね……。良い男も良い女も捕まえてきて、村に結婚ブームを起こしましょう!」

「エステル、怪しい仲介業を始めないでおくれ。それに一応父さん達も考えがあるんだ。肖像画をいくつか用意して、それを知人に配ってみてはどうだろう」

「肖像画?」

「確かにオルコット家は貧しい男爵家だ、きっと家名では誰も婚約を考えてはくれない。だがエステルは麗しく世界一美しい娘だ。輝く金の髪に宝石のような紫色の瞳、愛らしい微笑みはどこの令嬢も敵うまい。肖像画を用意すれば婚約を希望する者が山のように出てくるはず」

「嫌だわお父様ってば」


 褒めすぎ、とエステルが頬を押さえて恥ずかしがる。もっとも顔は満更でもなく笑っているのだが。

 それに対して父は当然と言いたげで、母もまた微笑ましそうに笑ってエステルの頬を撫でてきた。くすぐったさに身を捩れば、金の髪がはらりと揺れる。


「でも肖像画を用意するのは大変じゃない?」


 肖像画を用意するには画家に依頼せねばならない。完成した暁には報酬を払い、複数となればその分だけ金額は嵩む。

 オルコット家にはかなりの痛手だ。

 どうするのかとエステルが問えば、父が考えはあると言いたげに頷いて返してきた。


「若く駆け出しの画家に頼もうと思っている。そういう者達なら安く請け負ってくれるだろう」

「なるほど、新人の画家ってことね」

「もちろん値切るなんてことはしない。彼等が納得するだけの金額は払うつもりだ。村の皆も持て成しを協力してくれると言っていた」


 貧乏男爵家とはいえ、貴族からの依頼。高額とまではいかないが相応の報酬。そして自然溢れた村の精一杯の持て成し。

 社交界で引っ張りだこの有名画家ならば冗談じゃないと断るだろうが、世には明日の食費を削って画材を買う画家も居るという。そういった者達ならばきっと請け負ってくれるだろう。

 名案ね! とエステルが瞳を輝かせた。


「さすがお父様とお母様だわ! 楽しみ。私肖像画を描いてもらうなんて赤ん坊の時以来よ。みんなに揶揄われちゃったらどうしよう、子供達はふざけて笑わせにくるかもしれないわ。対策を考えないと!」

「すまないな、エステル。本来なら名のある画家に頼むべきところなんだが……」

「村で一番綺麗な場所で描いてもらいましょう! どこがいいかしら? ポーラの子供が産まれたら子犬を膝に乗せてもいいわね。待って、それよりもお持て成しの計画を練るほうが先かしら。旬の料理と、フルーツを用意して、お肉とお魚……。いっそ村中を巻き込んで盛大なパーティーを開いてもいいわね! 皆に相談だわ!」


 不甲斐なさに項垂れる父を他所に、エステルの熱は高まっていく。

 果てには瞳をこれでもかと輝かせ「お父様、お母様、素敵な話をありがとう!」と両親に感謝を示した。二人の手を取りぎゅっと握るも、次の瞬間にこうしてはいられないと「行ってくるわ!」と威勢よく宣言すると部屋を飛び出ていった。



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