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廃墟から持ち帰ったラジオ【夏のホラー2022】

作者: 江渡由太郎 原案:J・みきんど

 身を焦がす様な強い陽射しが歩道のアスファルトを灼熱の地獄さながらに熱していた。


 そんな暑さから少しでも逃れようと、幸弘は友人たち二人を連れて札幌から車で奈井江町までドライブすることにした。


 奈井江町は幸弘の母親が幼少期に過ごした町ということもあり、自分のルーツとして一度行ってみたかった場所だったのだ。


 昔は炭鉱町として賑わっていたという話や小学校の場所とか母親から話を聞いては以前からネットで調べていたので、現地へ一度も行ったことはないが昔から知っているような懐かしい感情を抱き始めていた。


 YouTubeなどで廃墟を探索する動画を見るのが好きだという幹人と達也を連れて幸弘は数時間、車を運転して奈井江町へと辿り着いた。


 母親が幼少期に暮らしていたという区画へまずは向かうと、昔はそこに家が建っていたであろうという感じの空き地があるだけで草木が今の住人であった。


 当時の面影は、川に架けられた橋だけという空虚感だけが漂う陰鬱な景色である。


「本当に廃屋とかあるのか? 何にもないんじゃないか? 無駄足だったかもよ」


「……」


 幹人の言葉に幸弘も同意せざる負えない気持ちになった。


「学校……」


「はぁ!?」


「学校はまだあるかも!」


 幸弘の言葉に幹人と達也は呆れた表情を浮かべたが、ここまで来て何もないまま札幌へ帰るのも癪だしという思いで渋々ながら車に乗り込んだ。


 車を走らせるとすぐに、もう何十年も整備されてないグラウンドと木造の校舎が姿を現した。


 管理されているという感じではなく、放置され忘れられた存在のようにこの場所に今も尚、誰かの帰りを待っている様な不気味な感覚に捕らわれる。


「これからどうする?」


「入ってみるだろう?」


 幸弘と幹人はそんなやり取りをしていると、そこへ達也が会話の中に割り込んだ。


「これって不法侵入とかにならないのかな?」


 三人は一瞬悩んだが、ここまで来て外観をチラッと見ただけで帰るのも何だか存じた気分だと考え、少しだけ中に入って直ぐに帰ることにしたのだった。


 幸弘は母親から聞いた話で、ポッチョン便所の話を歩きながら二人に聞かせた。


「ポッチョン便所ってなんだよ?」


 達也は聞き慣れない単語に直ぐに飛びついた。


「ポッチョン便所とは水洗便所が普及した今となってはもうないであろう汲取式便所で、現在の洋式トイレが一般的なトイレとは違い当時は和式トイレが一般的なトイレ便器だったんだって」


 幸弘は母親から聞いた説明をそのまま達也に伝えると、潔癖症な達也は複雑そうな表情を浮かべた。


 当時の汲取式便所は便器の下に穴が空いていて、下にプールみたいな空間がありそこに糞尿が溜まるようになったトイレで、バキュームカーと呼ばれる汲み取り車が溜まった糞尿を、掃除機のように吸い上げて処理してくれる。


 たまに、汲み取り便所から下に落ちてしまう生徒もいたという内容を幸弘は幹人と達也に話した。


「下に落ちて誰にも気づいてもらえなかったら亡くなったりした人とかもいそうだな」


 幹人は独り言のように呟いた。


 木造の校舎の床は朽ちかけており歩くのにも神経を擦り減らした。


 一階の職員室の様な室内へ入ると、そこだけが時が止まったままのように当時の面影を残していた。


 当時の机や椅子、教員たちが使用していたであろう備品がそこには残っていた。


「変わらないんだな……」


 幹人は室内を眺めそう呟いた。


 今も昔も人が生きて生活していたというのは、人間の

 変わらない営みでそこには常に繰り返される歴史という名の歯車が回り続けているのだと三人は実感した。


「これ、まだ動くのかな?」


 突然、幹人は足元に転がっていた古びたラジオを持ち上げた。


「壊れてるじゃないかさすがに……」


 幸弘はそう言ったが、幹人はそのラジオにとても執着しているようで、大きなラジオを抱えて持ち帰ると言い出した。


 こうなっては幹人は頑固なので誰の言うことも聞かないのを知っている幸弘と達也は何も言わず車へと戻ったのだった。


 陽は傾きもう日没になる頃には札幌へ戻ってきた。


 幸弘の運転中、助手席には達也が座り後部座席には幹人と大きなラジオが抱きかかえられたまま座っていた。幸弘はバックミラー越しに後部座席を覗き込むと、そこには電池も入ってない古いラジオを抱えて幹人はずっと沈黙していた。あんなに話好きで話し出すとずっといつまでも一人で話し続けている幹人がまるで別人の様に思える。


 そして、瞬きもせず視点も定まらない状態で、幸弘との視線に気づき薄っすらと微笑んでいるのだった。


 先に達也を自宅まで送り、千歳の幹人のアパートまで送り届けると、幹人は無言のまま車から降りた。


「おい……俺は死んだのか?」


 そう言ったのは幹人ではなく、抱きかかえられている大きな古びたラジオであった。

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