179 いざ 退き口戦
麓からの狼煙を受けて砦の守備隊が退却を開始した。
それを感じた敵側が総攻撃を開始すべき峠の広場に集結していた。
「いいかい 敵の攻城車を破壊してマガジン内の弾を打ち尽くしたら直ぐに退却開始だよ」
「退却時には例の退き口戦に移るのだな?」
「そうだ 怪我には注意の事」
皆に向かいユウゾーは少し緊張感のない顔で笑う。
それを見て皆も緊張感が解れ頷きあう。
「ほう 全軍攻撃かな?」
攻城車10台に続き敵の兵が続々と登ってくる。
圧倒的に見える兵力だ、今まで峠の広場に制限があり、集合しての攻撃は敵も控えていたが今回は全軍投入する気配だ。
「まだよ まだまだ…よし、撃ちまくれ!」
10丁の新型銃から一斉にまずは攻城車目がけて攻撃が開始された。
粉々に破壊される攻城車に思わず立ちすくむ敵兵を目がけて、次にマガジン内の尽きるまで敵兵に向けて発射された。
「何をしておる、突撃だ!」
敵の将軍らしき者が大声で叱咤している。
その声に敵兵が反応して大声を上げて突進開始となった。
どこを撃っても敵兵に当たる状態であり、圧倒的兵力が次々に広場に現れた。
「よーし 退却 退却」
マガジン内のエネルギー弾を打ち終えたエルフ達は身軽に飛び降りて麓に向けて走り出す。
素の状態では人族や獣人族に劣る体力しかないエルフ族ではあるが、全員がほぼレベルカンスト状態であるエルフにとっては追いかけてくる人族を引き離す事も可能である。
が 先に逃げている兵の中には仲間に抱えられている負傷兵もおる、そんな兵達が安全に逃げ切るためにも殿の役目がある。
それともうひとつ問題点が…。
「おい ユウゾーもう少し早く走らんか、敵が追いつくぞ」
魔法袋に鎧類の重たい品を入れ込んで走っているユウゾーであるが、残念ながら今だレベル17しかないユウゾーはかなり息をはずましている。
「そ そうは言ってもこれでも限界に近いんだ」
「まったく だから先に逃げろとあれだけ言ったのに…」
ニーナがなかなかスピードが上がらぬユウゾーに小言を言う。
「い 嫌だ、皆を置いて俺一人行けるか」
「何なら私がユウゾーを背負おうか?」
隣で走っているミーアがユウゾーの顔を覗き込む。
「い 嫌だ、そんな恥ずかしいまねが出来るか」
周りで一緒に走っているエルフ達がそんなやり取りを微笑みながら聞いていた。
「よし 少し早いが一組目はここを要撃点とする」
「「 おおー 」」 二人のエルフが道の両端に広がり中腰になる。
一人のエルフが道の崖側の岩陰にもう一人が山壁の僅かな窪地に身を隠す。
「「「済まぬが後は頼むぞ」」」
その二人に皆が声を揃えて身を隠すエルフ達に言葉をかけて走り去る。
更に百米先でまたもや二人が道の両端に身を隠す。
さらに次の百米先でも同じ様にエルフ達が待機を始めた。
計四組が道端にて待機して敵の到来を待ち受ける事となった。
最後に残ったユウゾーとニーナそれとミーアの三人が懸命に中間地点にいる仲間のエルフを目指して走り込む。
「うん ようやく敵兵が登場か?」
待ちわびたように岩陰から砦方面を見つめていたエルフが仲間に敵が来たと合図する。
自分のサイコガンを再度点検して何も問題無しと判断すると迫りくる敵兵に標的を定める。
砦内に侵入した敵兵が功を上げようと追撃戦に参加した者をここで足止めするのだ。
敵数約50名程度だな、少し遅れて第二の集団も確認出来た。
狭い山道だ、横に広がるには限界がある。
両脇から訓練した十字掃射にて敵を撃ち、打ち尽くしたら仲間の元に逃げるだけのお仕事と二人は納得していた。
それほどまでの自信もすべてユウゾーから支給されたサイコガンの威力を身にしみてこの何日間も経験しているからだ、さっさと終わらせて帰ろうと二人は銃の引き金に指を置いた。
前方にいる兵が突然悲鳴をあげて地に伏した。
そして続けて後方の味方も断末魔の声を上げて倒れ込む。
「気をつけろ 敵兵…」
その声が最後まで聞けることはなかった、仲間がバタバタと倒れていく。
ようやく状況を理解した時には味方の半数以上が絶命していた。
残りの兵も慌てて大地に伏して敵は何処かとうかがう。
50米先ほどから二人のエルフと思われる者が意気揚々と逃げ去る後ろ姿を見ているだけであった。
「後から来るぞ お先に」
十字掃射を終えて逃げ出したエルフ達が後に待機している仲間の横を通り過ぎながら声をかけていく。
現在四組のエルフが道に待機している、その一番後ろの仲間まで走り込み適当な所でまた両脇に展開する。
ほぼ百米間隔にて次々に仲間の後ろに待機していくのだ。
最終地まで全力で逃げてきたエルフ達は息を整えながらサイコガンの魔石に魔力を充填していく。
二組目のエルフ達がやがて一組目のエルフ達の横を笑顔で走り抜けて後方百米程で待機する。
彼女達も数十名の敵を撃破したと後で報告を聞いた。
三組目のエルフたちが少し変わった対象を相手にした。軍馬である。
兵達の後から追いついた騎馬隊が10騎程普通兵を押しのけて突撃してきた。
「ありゃ 鎧装備の馬か…ならば」
端にいる仲間に合図して新型銃を構え始める。
敵は脅威だが、的がでかい、二人は静かに引き金を引いた。
たちまち辺りに凄ましい爆裂音が響き渡り、馬の巨体が半分宙に浮かぶ、その爆裂風が後方の馬に届きたまらずに馬が暴れだす。
その背中から完全武装の騎士達が放り出され大地に激突する。
最初の数発で勝負はついた、半分の馬はほぼバラバラの肉片になり残りの馬たちも大地に伏していた。
騎士もほぼ全滅、後方にいた数名が何とか無事であったが、目の前には仲間の騎士及び馬の死骸が広がりそれを飛び越して進むことは困難な状態であった。
ここで敵の追撃戦はほぼ完了となってしまった。
エルフ達は自分のお尻を敵に向けてペンペンと叩いて見せつけるとキャッキャッと笑いながら逃げ出していった。
四組目のエルフ達の側で暫く待機していたが、追撃の様子がないと判断して次々に集合して仲間の待つ中間点に急ぐのであった。
中間点では数台の馬車が待機していた。
麓から気を回して中間点まで何台かの馬車を手配して、負傷兵達をビストン運行していたのだ。
ユウゾーは仲間全員の無事を確認してようやく安堵の息を吐く。
さて 此れからが本番だ、全員を馬車に乗せて麓へと急ぎだす。
「何だ この座間は?!」
5日以上かけて攻略した敵砦内にて将軍はお冠であった。
少ない敵に翻弄されようやく手に入れた砦であった、なれど敵よりかなりの被害を受け更には追撃隊が散々な目に会い引き返してきた。
味方の損害の多くは引き連れた元他国の兵達であったので実質被害は大したことはないが、これからの事を考えると少し不安にかられていた。
怒鳴られた隊長クラスは皆が意気消沈して首を項垂れている。
「まぁ 将軍閣下ここは気を落ち着かせて次の作戦をどうするか至急に決定せねばなりません」
「どうもこうもこんな山の上で陣を張っても仕方ないわ。明日は麓まで至急に降りて進軍せねばな」
本来は僅かな手勢をここに残して進軍する予定であったが、敵により道を馬の死骸で埋められた事ともうすぐ夕方になる。
無理をして進軍しても山道にてどんな罠が待っているかもしれない、じれったいがここは一晩英気を蓄えて明日からに向けての方が正解であろうと判断した。
「今晩中に馬の死骸、及び敵の罠等の偵察を行っておけ」
今回の被害は連れてきた属国の兵3千5百名、それに正規軍の被害約5百名が加算される。
それに対して敵側の被害は推定数3百名程と思われる。
実際死亡者は150名ほど手傷を負った兵はユウゾーの薬にてほぼ回復までしており、今後の作戦にも場合によっては参加可能であった。
「うーむ 思ったより手痛い被害よの。新武器の対策を忘れるな」
被害の無い兵が約1万2千名、通常であれば問題ない兵力差である。
なれど今回は敵の新武器による被害が頭を悩ます事案になっていた。