173 いざ 下見
敵の殲滅戦の説明は佳境に入っていた。
「…以上が殲滅戦に関する作戦のあらましです。何かご不明な点は?」
ニーナに依る作戦の説明が一通り完了する。
この別室会議においての話し合いはある意味この国の最高責任者クラスが集まっている。
本来ならこの件に関するそれなりの各責任者も参加せねばならぬのだが、情報漏えいを防止する為に各担当者はギリギリまで公表を避ける方針になった。
作戦自体はそれほど複雑ではない、感の良い者なら一度で覚え込むだろう。
今回の最重要な点はそれが実施される場所が極秘であり、使用される武器の威力に関しても同様である。
「うーむ 勝てそうですな…」
「うむ 確かにこれならば」 「左様 勝てますぞ」…
参加した各重鎮は満足そうに互いに頷く。
その後彼等の最終疑問点に丁寧に答えて一段落着いた。
「さて 今後いつ敵国より開戦の知らせが届いても良いようにお願いが二つあります」
ユウゾーは1つ目としてオレオン都市を支援エルフ達の拠点にして対応したいので滞在に関して便を図ってもらいたいと希望し承諾される。
「次に二つ目ですが…」
この願いには城の重鎮たちは目を向いて驚きの表情を現した。
「「「な 何と あの大森林の入り口に城壁並みの門を設置すると?!」」」
「はい これはあくまで最悪なケースを考えての処置でございます」
戦いは水物である、万一決戦場で敗れた場合、オレオンと王都が寸断されオレオンの民は籠城か大森林に逃げ込むしか道がない。
その場合戦火を恐れる民を大森林に誘導して追ってくる敵から守るために大森林の入り口に城壁に匹敵する門を築くという。
「言わんとする事は理解するが、城壁並みとなれば一年、いやどう早く見ても半年はかかる大工事。人手の問題もありとても今から敵の攻撃まで間に合うとは…」
「その点は私にお任せ頂きましたら、ほぼ工事期間は一週間で目処がつくと思います」
「「一週間?!そのような短期間での話など聞いた事がない」」
「いえ ユウゾー殿なら可能と思います」
会議室に可憐な声が響き渡った。
「「グレイシア様 それは真でございますか?」」
この会議に特別にオブザーバー対応で参加していた第四王女が初めて口を開く。
「はい 異邦人としてのユウゾー殿のお力を私は実際に見てきております」
グレイシアはニッコリと自信たっぷりの笑いを皆に浮かべた。
「ははは この件はグレイシアを信じてユウゾーに任せるべきであろう。ユウゾーそちの言うとおりに最悪に備え、オレオンの民の安全を守るために許可をする。良しなに頼み参るぞ」
陛下が愉快そうに声高らかに笑い認可を与えた。
「なれどユウゾー この騒ぎが終わった後に大森林独立などは考えてくれるなよ」
陛下は冗談っぽく語ったが、目の奥が少しキラリと光るのを感じていた。
当然の心配であろう、大森林からこの国に吸い上げられる利益は今後も計り知れないものがある。
「当然でございます。この国と交わした互いの条約が守られるうちは、そのような心配はありませぬ」
ユウゾーの返答を聞き陛下とユウゾーは互いに腹黒い笑いを交わしていた。
周りの重臣たちはあっけにとられて二人を眺めていた。
只グレイシアやギルマスがそんな二人を見ながら深い溜息をついている。
「ユウゾー 時折お前の歳が分からなくなる時がある…」
一通りの打ち合わせを終え、帰りの馬車の中でギルマスが不意に呟くかの如く口にする。
この世界国王陛下に対して不遜な態度など許されるものではない。
いかに異世界人と言えどもある意味例外ではない筈だ。
なれどこの男は普段は借りてきた猫状態であるのに、急にスイッチが入るとそれが素の状態なのか妙に頑固で国王を国王として見ずにズケズケと意見を言い出す。
異世界人と割り引いても物怖じせずに語りだす姿勢には判断の範疇を越えている。
この男はもしやエルフ族と同じ様に見かけの歳と比例していないのか、いや此奴の祖父であるリュウゾー殿は人族と同じ様に短い人生を終え、それなりに老けていったと聞いている。
何故だ?解せん…。
そんなギルマスの考え込む様子にポリポリと頬を指で掻いてユウゾーは困った顔でいる。
神様から授かった若返りを話すべきか迷っているのだ。
正直に語れば納得するだろうが、授かった神様の名に問題がある。
この世界は神よりの加護は99%以上が下級神と呼ばれる神様より授かる。
極稀に中級神様より授かる事もあるが、100年に数人ほどの確率となる。
当然そんな事態が発覚すれば国を上げての大騒ぎになる。
有力な国家から高待遇の誘いで召し抱えようと日夜押しかけるほどの…。
それが上級神も上級神、三大神と呼ばれている一柱からの加護となれば、正直どんな大騒ぎになるか予測さえつかない。
おそらくユウゾーを召し抱えようと国同士が大戦になっても不思議ではないのだ。
他の神様のお名前を一時的にお借りしようかと思ったが、ユウゾーは他の神の名を知らない。
いや 正確には一柱存じているが、ヴィナス神様は上級神に現在最も近いと言われている中級神だ。
この名も絶対に大騒ぎになる。
この件はエルフ族第三村の長からも(彼女等はユウゾーの加護神がヴィナス神様と勘違いしている)ヴィナス神様の名は出さぬほうが良いと念を押されていた。
それに他の神の名を騙るのも失礼にあたる。
よってユウゾーは現在出来ることはなくただ沈黙を守るだけなのだ。
(…当たらずしも遠からず なのだが…)
ユウゾーはギルマスの推測にそう心のなかで呟いた。
外面20代で実年齢70越えの男は軽いため息をつくしかなかった。
「ここが中央公道の砦なのか…」
ユウゾー一行はオレオン都市に直接向かわずに、恐らく激戦地になるであろう峠の砦を視察している。
標高自体は4・5百米程度だが、片方は谷もう片方は険しい山にそれなりの道が整備されている。
馬車2台が余裕ですれ違える道幅がある。
「大軍が行動するのにも適しているな…」
それでも道幅いっぱいに兵が並んでも6名ほどが限界であろう。
他にも道が数本あるが人がすれ違うのがせいぜいと言う、そして道の整備が悪く基本徒歩しか適していない道らしい。
当然万一に備えそんな道も監視の対象になっている。
何かあれば伝令が入ってくる体勢らしい。
「上り詰めて砦の前の広場が戦闘地帯になると思いますが、この広場の端から砦までどれほどの距離がありますか?」
「およそ3百米弱でしょうか…」
砦の責任者から情報を集めてみる。
作戦にも関わるので一度正確に距離を測ってみることにした。
「うん 280米だな…丁度よい距離かも」
ニーナがこの場所でのエルフ隊の責任者になるので、後で考えを話し合ってみる。
砦内に戻り施設内の防御関連を見て歩く。
高さ4米程の木の丸太が左右に続いている、広場に面している箇所は特に丈夫に二重構造になっており横幅も広場の幅百米程が堅牢仕立てだ。
砦の上部に上がり敵を要撃出来るようになっている。
守る兵は5百人がこの砦の全兵力となるが、敵も大人数にて一斉に攻められぬ筈。
当面は広場に侵入した敵のみを殲滅する作戦で良いだろう。
左は深い谷だし、攻めあぐねて右手の山方面から柵を突破しようとする動きが出てくるだろう。
それは此方も計算ずくだ、ここで時間を稼いでもらっているうちに裾野に味方の軍が到着する。
決戦はあくまで裾野の平野部になる。
正面攻撃は最低二日ほど続くだろうが、その後は攻めあぐねて山を迂回しながら柵を突破し砦に急襲されるのに更に最低3日が必要、計5日時間を稼いでもらえば作戦は成功したも同然となる。
正面からの攻撃に対応して新型銃を持つエルフ達10名を守備隊に参加させる予定だ。
広場の広さが幅百米だから十米の等間隔に配置しておけば新型銃にて足止め出来るはず。
これに数百名の矢による攻撃が加わればなかなか広場に上り詰めるのは困難な筈だ。
砦の責任者とニーナの面通しも完了して互いに意思疎通を図ってもらう。
さて 後は麓の決戦場の再調査をしながらオレオンに向かおう。