15 いざ 錬金術
「こいつがゴブリン ソルジャーか…」
倒した相手をしみじみと観察する。見覚えがある、この森に転移して間がない時に森の中を一晩逃げ回った原因がこのゴブリンだ。
近くから見ると普通のゴブリンとは桁が違う。大きさはユウゾーとそんなに変わらないが、圧倒的な筋肉量が違う。
あの槍を投げられたときのスピード、思い出しても身震いがでる。
よく避けることが出来たものだ。
強運に感謝だな ユウゾーは心の中で呟いた。
「ユウゾー 魔石の回収だ!」
あぁ このミューにも感謝せねば、あの時救ってくれたのはミューの放った矢だ。あの矢がなければ間違いなく死んでいた。
色々な思いを胸に魔石の回収と、魔法で大きな穴を空けて遺体を埋める作業を終わらせるユウゾーであった。
辺りが暗くなってきた。住居に戻ると一際大きな魔石をミューに差し出し、先程のお礼だと手に握らせた。
戸惑っていたがお礼だと強く念をおすと、大事そうに自分の魔法袋に収める。
明日出発の時までに手土産を用意しようとユウゾーは考えていた。
夕食の準備中に、風呂の湯張りが完了したので先にミューに入るように伝えると、喜び勇んでその場でまた服を脱ぎだしたので叱って風呂場に送り込む。
風呂が気に入ってくれたようでなによりだ。
それなりに豪華な食事を終え、ユウゾーは台所で数日分の食事作りを始めた。
村に帰るまで干し肉中心は飽きるだろうから、ミューに持たそうと。
無論本命の品と共に…。
翌朝早く出発しようとするミューに用意していた品を手渡した。
とたんに固まるミューがいた。
その品は魔法袋であった。袋を見た瞬間にただの魔法袋でないと理解したのだろう。なんせあの魔道具屋での出来事を誰よりも理解しているミューだ。
「…聞いていいかユウゾー。この袋は例の魔道具屋に収めた物と…」
「ああ あれよりワンランク上だ。」
あの品では5日程かかる道のりでは保存に問題だからな。この袋なら倍の保存期間があるから安心だ。それに容量も…
ミューの顔が引きつっている。
絶対に受け取ることができないと猛烈に固辞する。
其のくらい予測済だ。ユウゾーは言葉を続ける。
貸出すだけだ。いつか返して貰うから その日まで有効に使えばよい。
万一破損や紛失があっても気にはしない。まだ予備があるから安心して使用してくれ。
(返却は無論 方便である。ミューに気兼ねなく使用させる為だ。)
と しつこい程繰り返し渋々承諾してくれた。
確かに買えば数千万は下らない品をほいほいと腰にぶら下げて歩くには抵抗が有ると思うけど、うん 慣れだよな。私だって慣れてしまったし。
まだ蟠りの残るミューを到着が遅れるからと無理やり持たせて、送り出した。
気をつけて帰るんだぞ!
午前中は少しのんびりして、いや薪が少なくなってきたな。午前中は森か。
午後から錬金術のつづきだな。 ユウゾーは忙しい…
それなりの量の倒木を集めて家の前に並べておく。
あとは暇な時に薪にすれば良い。
早めの昼飯を済まして、一息いれる。
そうか世間ではそろそろ年末なんだ。カレンダーが欲しいなぁ。
一段と冷えてきたくもり空を見上げるユウゾーであった。
それから数日して本格的に雪が降り出した。
朝起きると外は20cm程に積もっていた。ミューはまだ村には着いていないよな。無事に着けばよいが…
そうそういつの間にかレベルが4になっていた。
おそらくあのソルジャーを倒した時だと思う。
なかなか上がらないからつい確認を忘れていた。
神の気紛れ よく言ったもんだ。
今日久しぶりに猪を狩った。魔物も寒さで動きが悪くなったみたいだ。
森の中も魔物がめっきり少なくなってきた気がする。
解体には寒いし しばし袋の肥やしにするか?
寒い 寒い ストーブ ストーブ…
部屋の中は別天地 薪を焚べると暖かいお茶にする。
本日狩りにでたのは気分転換を兼ねていたユウゾーである。
念願の錬金術が一向に進展しないのだ。
いい加減疲れてやる気も減少したので外出してみたのだ。
なれど部屋に入りのんびりとしていても、頭の片隅に錬金術が貼り付いている。
なにか良い解決策がないか…… お茶を飲みながら考え出す。
(はぁ 見てられませんね。主神様 説得されてはいかがです?)
(あ うん。でも下界事に関わるのはまずいのでは?)
(あら こんな原因を作り出した本人がそれを言います?)
(あ はい それに関しては重々反省をしています。)
(でもあの方意外と凝り性ですね。残りの余命気ままに過ごせばいいのに…)
お菓子を片手にお茶をすする口からため息をついた。
天上界は普段と変わらぬ時が静かに過ぎていく……
あれ?
それは突然であった。
もうミューが帰ってから何の位たつのか、最低でも二週間は過ぎていると思う。
場合によっては世間では新年を迎えそれなりの行事で、楽しく毎日が盛り上がっているのかも知れない。
ユウゾーは何も変わっていない。
午前は色々な野暮用、午後は錬金術に打ち込む生活を一ヶ月以上続けている。
そしてそれは起きた。
錬金鍛錬の途中に今までとは違う手応えを感じていた。
僅かな違いである。通常なら見逃すほどの。
だがユウゾーは錬金術だけをしつこく毎日続けていた。
だから僅かな違いを敏感に感じ取っていた。
いける かもしれない…
ここが勝負と ユウゾーはありったけの魔力を剣に注ぎ込んだ。
魔力を可視で見る事の出来る人間なら、剣が魔力にて数倍も膨れ上がった様子を観察出来るかもしれない。
無論ユウゾーではそんな変化を肉眼では判断出来ない。指先が剣の持つ硬さから徐々にではあるが柔らかくなっていく変化を捉えていた。
最後の魔力を注いだ瞬間、眩いばかりの光が辺りに撒き散らされた。
ウオー!
思わず剣から手を離し、自分の両目を光から守るユウゾーであった。
目の眩みから少し回復し恐恐と何が起きたか確認のため剣を覗き込んだユウゾーは一本の光輝く剣に歓声を上げた。
出来た! 錬金術が!
待ち望んで 途中何度も躓いて それでも信念の元繰り返してきた成果が初めて実った瞬間であった。
元は十把一絡げの安物の初級者向の剣だ。
魔物を何体か倒せば刃先が欠けたり、最悪折れたりする粗悪品である。
だが錬金術で生まれ変わった剣は、中級クラスの冒険者でも購入意欲が湧く剣に変化した。
ただその剣は元より一回り小さくなっていた。
おそらくこの剣は数打ち剣であるので、半人前の職人の練習用に作られたと考えられる、そんな職人が純度の高いインゴッドを使用する事など不可能であろう。
不純物の多いインゴットを使用したと考えのが正解だ。
ユウゾーの錬金術でその不純物の排除を行い、剣の切れを改善したのだ。
その結果一回り小さい剣が誕生した。
しばし完成した剣を手に眺めていたが、外に出ると森の木の手頃な枝に向かい両足を踏ん張った。
ユウゾーは剣は素人だ。勢い余って怪我をしないように薪割りの要領で枝に振り下ろした。
スパッ!
まさにその様な音が聞こえるような感じで、5cm程の径の枝は抵抗なく切れた。
剣をそれなりに扱える者が使えば、かなりの切れ味が可能と判断した。
ミューに丁度いいかな?
ミューは小柄だ。通常の長剣では邪魔になる。普段は弓の他には短剣を使用しているので、今度会ったら渡してみるか。
あっ 合う鞘も作らねば。 次の仕事に掛かるユウゾーであった。
ぶふぉ!
手に持っていた茶器が床に落ち、砕け散った。
呆気にとられた状態で下界を凝視する女神がそこに居た。
(ありえない 絶対にありえない事です!)
呆然としばし考え込み ゆっくりと隣の男神に視線を向ける。
向けられた隣の男神はプイと横を向く。
それで全てを察した女神であった。
(やってくれましたねぇ この爺! だから頑なに下界の関与を拒否していたのですか。絶対あのプレート板のせいですね。まだ完全に解析が終わってないのが残念です。どれだけ手を加えている事か… )
「ヘパフラスコ様 今下界でとても信じられない事が起きています。この件で何か気づいたことが無いでしょうか?」
「さ さて何があったのかな? よく見ていなかったのだが…」
「ほう? スキルを持たぬ者が突然中級クラスの錬金術を使える様になったのですよ。不思議な事が起きるものですね?」
「そ そうなのか。 どれ困ったもんだ」
「ヘパフラスコ様 正直に話したほうがよいのでは?」
ニッコリ
「ヒーッ そ その顔は止めてくれと前にも…あっ 急用が…」
「あら こちらのお話が済んでからでも宜しいのでは?」
ニッコリ ニッコリ
「い いやいや創造神様との約束が…」
「この件の方がもっと重要です。黙って個部屋に付いてこんかい!!」
諦めが悪く素直になれないヘパフラスコ神様であった。