2-14 『真意=秘密』
目の前には、さっきまでけんたろーと話していた千鶴さんがいた。
「千里、そこまで言っちゃうのは、優しさじゃないよ」
叩いたにも関わらず、千鶴さんは思いの外、優しい声音で千里さんに喋りかけた。
「だって、だって、私だってどうすればいいのかわからなかったんだもん」
涙目の千里さんは、さっきまでとは売って変わって、小さい女の子みたいな声を出していた。
*
(千里が健太郎からの告白を断った頃)
千里は、本当に何にも言わずに私に全てを託してきた。
「千鶴ちゃんしか、こんなこと頼めないから…お願いします。どうか、健太郎君を希望の大学に受からしてあげてください」
そんなことを、あんなに可愛い顔で言われたら誰だって断れない。
千里は、こういう時、ずるいなって思う。
本当に他人のことを考えている純粋無垢な瞳。
それは、魔性の瞳だ。
というか、うちの親友可愛すぎる。
やっぱり、童貞君にこの子はもったいない。私がもらおう。
童貞君は、あの恐ろしい幼馴染と乳くりあってればいいのだ。
「ダメ、かな?」
私が黙っていると、千里は、首を傾げながら不安そうな顔をしてくる。
透き通るような白い肌が同姓で超絶美人の私でも、ドキドキしてしまう。
この子の周りのどれだけの男がこの子に惚れただろうか?
優しくて、美人。料理もプロ級。お嫁さん候補としては、この上ないものを持っている。
「千鶴ちゃん。千鶴ちゃんは健太郎君のことあんまり、好きじゃないかもしれないけど、本当にいい子なの!だから、お願いします」
「う~ん。、そりゃあ、千里の頼みなら、別に構わないけど。何があったのかは教えてくれるんでしょう?」
「えっ?な、何のこと?な、何にもない!何にもない!本当に何にもないよ!」
慌てたように目線を逸らして、否定してくる。
この子は、隠し事があると、目を合わせなくなることが多いから凄く分かりやすい。
「私に隠し事してどうするの?」
「本当に何にもないの。私が勉強忙しくなった我儘な大学生ってだけ!…だから、千鶴ちゃんには申し訳ないんだけど、家庭教師をよろしくできないかな?」
はあ、と私はため息をついた。この子は案外意固地なところがある。
それに、噓は下手だけど隠し事をうっかり漏らすことは意外と少ない。
「わかったよ!私も、童貞君のことは嫌いじゃないし、家庭教師は引き受けてあげる」
そう言って、私は家庭教師を引き受けた。
…さて、口をよく滑らせてくれそうな童貞君の方を尋問しますかね!
*
予想通り、童貞君は、瞬殺だった。一瞬で秘密を教えてくれた。
健太郎君、この子、医者になった後、うっかり患者情報とか漏らさないかな?
私は、珍しく童貞君の心配をしていた。
にしても、告白したのかぁ。
私の見立てでは、千里は案外、童貞君に気があるような気がする。
なのに、どうしてこうなったのか?
1.童貞君がキモ過ぎる。
一番可能性が高いだろう。
2.千里が気を回しすぎた。
例えば、『私よりも、凛ちゃんと付き合う方が健太郎君にとっても、凛ちゃんにとってもいいことだ』
なんて考えている可能性がちょっぴりある。
そうだとしたら、あの子も中々に面倒くさい性格をしているもんだ。
浮気されたら、『許さない』と言いつつも、1ヶ月もしたら違う男に行く子が周りには多いのだけど、あの子は純情過ぎる性格を持っているらしい。
…いや、私からしたらマジでめんどーだけど。
もう、凛ちゃんが健太郎君にやったこととか、千里にばらしてしまいたい。
そしたら、千里も、凛ちゃんに変な遠慮もしなくなるはずだ。
それで、万事解決な気がする。
まあ、童貞君に恨まれるからやらないけど。
仕方ない、別の方法を考えよう。
*
千里視点
「ちーさと。ちょっぴり相談なんだけどいいかな?」
親友は緊張の面持ちで私に声をかけてきた。どうしたのだろうか?健太郎君のことだろうか?
家庭教師を降りた、私に健太郎君のことを聞くのはちょっぴり気が引けるのかもしれない。
私は、親友が話やすいようにできる限り優しい声音で親友の問いに答える。
「うん。大丈夫だよ!もしかして、健太郎君のこと?何でも聞いてくれて大丈夫だよ。結構、彼の苦手なところとか知っているから」
私が、健太郎君の家庭教師を降りた理由は誰にも言っていない。
というか、言えない。
なぜなら、降りた理由というのが、『健太郎君が告白してきたから』だからだ。
…ううん、違う。これじゃ健太郎君が悪者みたいだ。実際は私側に問題があるのだ。
私は、家庭教師であるにもかかわらず健太郎君の告白を嬉しく思ってしまったのだ。
今、思い返しただけでも、顔の辺りが赤くなってしまう。
真剣な顔で私のことを好きって言ってくれた時は心が暖かいもので満たされるようでとても嬉しかった。
胸だってバクバク言っていた。
正直な話、私は、男の人にいい思い出がない。
付き合ったことはあるけれど、とても苦い思い出だ。
”彼”とはキスすらせずに別れた。
心が、”先輩”にはちゃんと向いていなかったのかもしれない。
その証拠に、今回、告白された時ほどドキドキしたことは人生で一度もない。
それでも、『浮気』されたのは結構、ショックだった。
そんな訳で、あまり男の子にいい思い出がないのだけれど、今回の告白はとても嬉しかった。
だからこそ、家庭教師としては、失格だった。そして、凛ちゃんの友達としても失格だ。
だって私は、凛ちゃんを応援すると言ってしまったのだから。
「あのね。千里、怒らないで聞いて欲しいんだけど…」
いつも快活な千鶴ちゃんにしては珍しく、また、言いよどんだように私に声をかける。
そういえば、千鶴ちゃんは私と健太郎君に何があったかも勘ぐっていた。
もしかしたら、そのことを健太郎君から、聞いてしまったのかもしれない。
それで、聞いてしまったことを謝ろうとしているのかもしれない。
まったく、健太郎君は自分が振られたことを言うなんてうっかりだなぁ。
私は、少しだけ暖かい気持ちで苦笑いをする。
「大丈夫だよ。千鶴ちゃんがやったことなら怒らないよ、だから、言ってみて」
それに、謝るんならどちらかというと健太郎君な気がする。…いや、一番謝らないといけないのは私か。
健太郎君の名誉のためと思ったのだけれど、考えてみれば、千鶴ちゃんには言っとくべきだったかもしれない。どうせ、聡い千鶴ちゃんは全てを知ってしまうだろうし。
それなら、私が漏らしたことにして悪者になってしまえばよかったのだ。
うん、これからは健太郎君の件に関しては私が悪者になろう。
千鶴ちゃんに何を聞かれても、健太郎君が嫌いになったって言おう。
そう決意した。
しかし、
「私、童貞君。ううん、二村健太郎君のことが好きになってしまったかもしれない」
冷静な親友の独白は私の決意を鈍らせるに足るものだった。




