2-12 『JK=恋+親友』
き、緊張してきた。
どうしよう。
コミュ障の俺が主役で、しかもほぼアドリブとか無理ゲーすぎる。
こういう時は人という字を掌に書いて飲み込むんだ。
俺がいそいそと掌に『人』という字を書いていると、
「あ、童貞君、人って掌に書くと、緊張しなくなるのって迷信らしいよ。ってか、むしろ、緊張が高まるらしいよ!」
なぜか、また現れた千鶴さんが無邪気な笑みで、俺の行為を訂正してくる。
この人のことだから、確かな知識に基づく嫌がらせだろう。
「うるさいですよ。それよりも、千里さんと合流したらどうですか?」
「千里と合流ねぇ~」
人差し指を顎にあてて眼をきょろきょろとさせる。
「もしかして、集合場所の約束していないんですか?」
「え~っと。まあ、色々あってねぇ。大丈夫。この会場には来るらしいから」
「あの、俺のことで千里さんと喧嘩とかしていないですよね?」
先程は否定された言葉をもう一度繰り返す。
それだったら申し訳なさすぎる。
『チっ』
俺の気遣いの言葉に千鶴さんは舌打ちで返す。
「鈍感男は鈍感男らしくしてればいいの!」
「やっぱり、喧嘩したんですか?」
俺は、その悪友兼現家庭教師の悪態に、苦笑交じりに言葉を返す。
「だって、あれはどう考えても千里が悪いんだよ。千里ってばホントに頑固で分からずやなんだから」
千鶴さんは、本気で怒っているみたいだった。
何で怒っているかは詳しくは分からないけれど、それが誰のための『怒り』なのかは分かっていた。
「千鶴さんが喧嘩したままだと、お化け屋敷に誘いにくいじゃないですか」
俺は、自分なりに気遣いの言葉を言う。
「分かってるっての。童貞君は、大船に乗ったつもりで劇に集中していなさい」
千鶴さんはウィンクをしながらいつもの余裕を取り戻したように言う。
「じゃあ、千鶴さん。俺はそろそろ出番何で行きますね。」
「あいよ。頑張れよ、少年」
俺の緊張はいつも通りの会話によって幾分ほぐれていたのだった。
*
人々の作り出す、お祭り特有の『がやがや』とした音が舞台裏からでもきこえるようになってきた。
一般の人(といってもチケットを持っている人)を入れるのが文化祭スタートの一時間後となっており、その一時間後に俺らの劇が始まることになっている。
そして、その劇がいよいよ始まろうとしているのだ。
色々な人が色々動いてできる『音』が聞こえてきても不思議ではない時間帯だ。
幾分かは千鶴さんとの会話で緊張がほぐれてきたとはいえ、いまだに緊張している。
人前で何かをしようとかいう気概がないのが陰キャなのだ。
それなのに、裏方でもなく主役で舞台に立とうというのだ。緊張しないわけがなかった。
俺がいよいよ始まる本番に心を震わせていると、
「けんたろー。今日は頑張ろうね!」
肩を叩きながら、凛が声をかけてきた。
「ああ。そうだな。絶対、成功しような!」
『ま、まあ。仮に失敗しても全ては、3日前に台本を渡してきた中井さんのせいだしな。』
俺は、とりあえず、JKのせいにして心の平穏を保つことに決めた。
「うん。あっ。それと、今更なんだけど…」
凛が言い淀んだような声を出してくる。
「うん?どうしたんだ?何かあったのか?」
凛は、俺の心配の言葉に可愛らしい口を俺の耳元に寄せて囁いてくる。
「私と恋人役でだいじょうぶ?」
その言葉で、俺は幼馴染が未だにあの日のことを悩んでいることに気付いた。
まったく、こいつはヤンデレ化しても優しいままだな。
俺は、その不安を振り払うように乱暴に髪を撫でた。
「大丈夫に決まっているんだろ!何たって、凛は、最高の幼馴染だからな!」
「ひゅー。ひゅー。熱いねぇ、お二人さん。お姉さんには眩しいよ」
その時、全ての元凶、N井さんがいつものうざさを携えてやってきた。
「なんすか?」
「いやー、劇の流れだけ最終確認に来たんだけど、お二人には邪魔だったかな?」
俺は、不真面目な態度の中井さんに疑念の目と声を向ける。
「ホントにそれだけなの?」
「おっと。幼馴染に対しては優しいのに、お姉さんにはそんなに冷たい声を出すのね。これが愛情の差ってやつなのね」
「もう、私をからかってないで!最終確認に来たんでしょ?」
凛が頬を染めながら親友に突っ込みをいれる。
それでも、めげずに俺に質問をしてくる。
「ああ。そうそう、あの色白美人はどなたなの?もしや、浮気?」
「あれは、ただの家庭教師だよ」
「そっ。ならいいけど」
そこで、中井さんは言葉を切って語気を強める。
「もしも、凛ちゃんを悲しませたら女子全員が怒るからね」
言えねー。もう、凛のこと振っているとか言えねー。
「お、おう」
「じゃ、用はそれだけだから。じゃあね」
そう言って、腕を振りながら中井さんは去っていった。
JKの恋愛と友達への執念が凄すぎてつらい。
俺は、その事実から目を背けることにした。
ブーーーーーーー
その時、ブザーがなり、開演の案内が始まった。
いよいよとなって、俺と凛は互いの目を合わせて頷きあった。
伊達に、十数年も幼馴染をやっていない。
互いの緊張感と考えがある程度わかる。
今日だって何とかなるはずだ。
俺は、深呼吸をして、呼吸を落ち着かせようとする。
その時、
「今日の劇は千里さんも見ているからね」
思いもやらぬ言葉が凛の口から漏れ出したのだった。
千鶴さんとの会話によって得たリラックス効果もその言葉によって粉砕した。
…えーーーー。何で、私の幼馴染は千里さんのこと知っているの?
しかも、何で、開演前に言っちゃうの?緊張するに決まっているよね?
…十数年も幼馴染をやってきても、分からないことってあるんだね。
俺の緊張が倍増して、俺たちの劇は始まるのだった。




