37 『模試=緊張』
千鶴さんとの勉強は主に物理と数学に関して教えてもらった。例のごとく、力学は力の働いている方向が大事、とか、複素数平面は結局、回転という考えが大事だとか要点を絞った分かりやすい解説をしてくれた。
ちなみに、休憩時間には人体模型を使って、”こういう病気になるとここが悪くなって、連鎖的にここが悪くなる”とか、”外傷(転倒するとかして、外的要因で傷がつくこと…らしい)においてはここには臓器がないから大怪我にならない”とか、”ここは重要な臓器があるから、ここが傷つくと、危険な状態になる”だとかを、医学なんて一切知らない俺にも分かりやすく教えてくれた。
…ありがたいんだけど、休憩になってなくね⁉いや、こういう勉強をしたいっていう、医学部合格へのモチベーションになるからいいんだけどさぁ。
「つ~かれたー。」
「お疲れ。テストはいつだっけ?」
「えーっと、五日後です。」
「そっか、そっか。このまま行けば、今回の模試でD判定くらいは取れるようになるから頑張るんだよ。」
「Dで大丈夫ですかね?」
もうすでにB判定を出す同級生もいるので不安がある。今、Dなんて目標で大丈夫だろうか?
「大丈夫、大丈夫。E判定は論外だけど、D判定まで夏までに行けば全然、逆転できるよ。上には、健太郎君よりも才能のない落ちこぼれの浪人生がウロチョロしているだろうしね。そこら辺を抜くのは余裕余裕。」
そう言って、俺の肩を励ますようにポンッと叩く。別に本当に浪人生をバカにしているわけではないだろうが千鶴さんの力強い言葉は勇気になった。
「そうですよね、頑張ります。」
「まあ、『俺のこと好き?』とかいう受験生にあるまじき勘違い野郎が大丈夫かは知らないけどね。」
「はいはい。」
ニヤニヤと、からかうくそ女を睨み付ける。
*
前回の模試は
数学 偏差値 四七 物理 偏差値 四四 化学 偏差値 五三
英語 偏差値 六三 国語 偏差値 五二
受験に使う総合偏差値 四九
だった。千鶴さん曰く、英語と現代文は上がりにくいから、英語が得意なのは他の教科に伸びしろがあるってことでいいらしい。
現代文は『どうせ医学部では、比重が低いから諦めなさい、ボッチ君』と言われた。俺は、『てめぇも国語は苦手じゃねーか、ビッチちゃん』って 言ったのでお相子だ。
ってか、俺らの関係性って傍からみたらやばいよな。ビッチちゃん、ボッチ君って呼び合っていて仲が悪くないって結構、不思議な関係性。
それとも、皆こんな感じの関係性だけど俺がボッチだから知らないだけ?
で、話が逸れた。千鶴さんに総合偏差値六〇が目標と言ったら、
数学 偏差値 四七→五八 物理 偏差値 四四→五七 化学 偏差値 五三→六〇
英語 偏差値 六三→七〇 国語 偏差値 五二→五五
を取ればいいと言われた。改めてみるとえぐい。
数学は二〇〇点満点中、五〇~六〇点上げなければならない。とはいえ、千鶴さん曰く
「前回の模試は、健太郎君の場合、計算ミスだったり公式とかの知識不足で点数を落としているから、ケアレスミスに気をつければ余裕だよ。公式とかも完璧に覚えることができているもん。私なんて、加法定理辺りは、公式覚えずにその場で作っていたしその点はもう私の現役のときよりもすごいよ。」
あれ?励ましてもらったはずが、公式なんて覚えなくても、私はどうにかなったっていう自慢が聞こえた気がしたよ、気のせいかな?って思ったものだ。
ちなみに、物理なんかは、
「少なくとも私が教えた波と力学は満点取りなさいよ。絶対に。」
って言われた。励ましでもなんでもない。脅しですよ。
まあ、そんな感じで偏差値十、点数にして約百四十点上げなければならないが千鶴さんが一つ一つ丁寧に、点数を取るべきポイントを、教えてくれたので、何とかなりそうな気もしている。
まあ、八百点満点のテストの百四十点アップって考えると無理そうに思えちゃうけどね。
考えないどこう。
*
八月頭。千鶴さんの家に行ってから四日後、いよいよ明日が模試だ。
受験本番でもないのに、少しだけ緊張する。
布団に入ると、胸がドキドキして眠れない。千里さんや千鶴さんが、教えてくれたことを思い出す。
緊張するけれど、少しだけ楽しみな気持ちもある。千里さんや千鶴さんに教わって、凛を教えて身に付いたものがあった。その成果が発表される時だ。失敗への恐れはあるけれどやっぱり、楽しみだ。
小学生の時の演劇を思い出す。あの時も小学生なりに一生懸命練習したっけな。凛とも家で練習していた。本番は声が震えたけれど、一生懸命に練習したセリフが言えて達成感を持ったのを覚えている。あの時と似た気持ちがした。
でも、どうしても不安になって、今日も徹夜をしようかなという考えもよぎる。頑張ったのに成果が出ないかもしれないと思うと、寝ないで勉強したくなってしまう。
けれど、
“模試とかテストの前日は、絶対寝るんだよ。寝ないとケアレスミスが多くなるからね。ケアレスミスはK塾の模試だと命とりだよ。”
って千里さんと千鶴さんに言われたことを思い出す。
俺には誰よりも最高な教師がついていた。しかも、二人もだ。
だから、俺はその最高の教師たちを信じていつもよりも三〇分早く寝ることにした。
たっぷり、七時間半の睡眠をとる。
*
「けんたろー。凛ちゃんが迎えにきたよー。」
あれ?今日は一緒に行く約束はしていないんだけどな。
真夏の灼熱の気温からか、緊張からか汗が噴き出す。昨日考えた模試の緊張とはまた違った緊張が出現する。どんな顔で凛と会えばいいのやら。
*
「おはよー。けんたろー。千鶴さんの家は広くてよかった~?」
満面の笑みで声をかけてくる。…何でこの幼馴染は私が千鶴さんの家に行ったことを知っているのでしょうか?
「えっと、何で知っているんだ?」
「何でもいいよね?」
猫なで声で凛が声をかけてくる。可愛い声で可愛い幼馴染が笑顔で声をかけてきてくれているのに汗が止まらないよ?どうして?
「いや、でもやっぱりおかしいような…」
だって、流石のコミュ強の凛も、千鶴さんの家に俺が行ったことを知っているのはおかしい気がする。
「それよりも、今日はテストだけど大丈夫?」
「ああ、バッチリだよ。凛は?」
「私もだいじょうぶ。」
凛がいつも通り天然っぽくピースをしてくる。やっぱり怖いと思ったのは気のせい?
「そっか。じゃあ、行きますか、いざ決戦へ。」
「おー。」
凛は飛び跳ねるようにして拳を天高く突き出した。
*
会場に入ると、どうやら凛とは違う教室だということが分かったので、それぞれの教室に入る。
午前は、数学と英語だ。
*
集中して挑んだテストはいつもよりも早く終わった。
数学と英語が終わった。
数学は、何も書けない大問はなかったし、計算ミスの確認もできた。
あまりにも難しいと思った問題は諦めちゃって解ける問題を確実に解くという方針が功を奏したような気がする。
英語はいつも通りに読んだ。英語は毎日の積み重ねと言われたのでコツコツと長文や単語を勉強したので少しだけ早く読めるようになっていた。難しいと感じる問題もしっかりと文法に沿って時間をかけてできたので手応えがある。
お昼になると、凛が俺の教室にやってきた。
「けんたろー、模試は、どうだった?」
「数学は少し分からない問題もあったけど、結構できたぞ。英語は元々得意だったから大丈夫だしね。凛は?」
「う~ん、ちょっと、公式忘れていた以外は時間はバッチリだったよ。」
凛はVサインをしてくる。英語はどうだったのかと言いたかったが、まあ、まだテストもあるし、テンション下がりそうなことは聞かなくていいか。
「それよりも、良かったら、私が作ったお弁当食べてくれないかな?千里さんの料理ほどは美味しくないだろうけど。」
自信なさげにちらちらとこちらを向いて言ってくる。やっぱり、俺のこと好きなんじゃないかって痛いことを思ってしまいそうになる。陰キャがつけあがるのも大概にしないとな。
あれだけ、千鶴さんにそんな訳ないって笑われたんだし反省しないと。凛のは、好意じゃなくて、厚意だ。うんうん。
「いや、幼馴染の凛が作って来てくれただけで嬉しいよ。でも、テストの日に無理はするなよ。」
教師として注意しつつも感謝する。
幼馴染がせっかく作ってきてくれたんだから嬉しい気持ちは本当だ。ホントに嬉しい!
・・・
いや、待てよ。
もしかして好きな奴ができてその人に作ってあげるために、俺に味見をさせているのでは?
凛は快活な割には奥手で慎重なところもあるから、あり得る。
そう思ったら、そのための味見は嫌だなって思った。
とりあえず、ボッチの必須スキル『盗み聞き』で凜の好きな奴が誰かを暴きだしてやろう。
もしも、くそみたいな奴だったら絶対に付き合うなんて許してやらん!俺は、固く決意をする。
「とりあえず、玉子焼きとか食べてみて欲しいな。」
そう言われて、凛が作ってきたおかずの一つの黄金の卵焼きを一口食べる。
あまーーーーい!
砂糖を食べているような甘さだ。しかも、色々な甘さがあって一言でいうと不味い。ってか、ガリガリっていうんだけど。
凛さんや。卵の殻とか入れとらんかね。
「ど、どうかな?」
凛が期待を込めた目でこちらを見てくる。
「えっと、色が綺麗だね。」
卵の殻が入っていたことは言えず誤魔化してしまう。
「色とかじゃなくて味は?けんたろーが甘いの好きだから、砂糖にハチミツ、メープルシロップもいれたんだよ。後は、ママに言われて黒砂糖もいれたんだ。」
いたずら好きの紗栄子さんのニヤニヤする姿が目に浮かぶ。
あとでぶっ飛ばす。…とはいえ、これを食べて不味いって思えば凛に変な害虫が寄り付かなくていいのか?
「おいしいよ。ただ、もう少しオーソドックスな味も食べてみたいかな。」
「そう、よかった。けんたろーに美味しいって言ってもらえてよかったよ。」
ほっとしたような表情を凛が浮かべる。
そして、再びこちらを見てくる。
はやく食べて。と言われているようだ。
「えーっと。でも、ちょっと、テストに緊張して食欲がないみたいだから後でもらうよ。」
「やっぱり美味しくなかった?そうだよね。けんたろー、優しいから不味いって言わないもんね。ごめんね。大事な日にこんな不味いもの出しちゃって。」
寂しそうな顔で凛が謝ってくる。
その表情をみて、俺は覚悟を決める。ここで食べなければ男が廃る。
凛がくれた弁当を一気にたいらげる。
「大丈夫だぞ。ホントに美味しかったから。ただ、ご飯と一緒ならもう少し甘くない方がいいかな。」
「わあ。ホントに全部食べちゃった。でも、無理していない?」
心配そうな眼で凛が俺を見つめてくる。
「大丈夫だよ。無理なんてしてねーよ。」
「そっか。作ってよかった。」
嬉しそうにはにかむ凛をみて食べてよかったと心から思えた。
その後、凛と別れ、模試のために切っていたスマホの電源をつける。
すると、珍しく三件もラインが来ていた。
とりあえず、一番新しいラインを見る。
紗栄子: あの、どろ甘な玉子焼きを食べたんだって?凛から聞いたよ!いやー、あんな不味いのを食べるとはうちの娘への愛情ですなぁ。いつでも嫁にあげるよ。いやー、けんたろー君の愛情も知れて私は嬉しいよ♡
うぜー。とりあえず、既読スルーする。マジで気力を持ってかれた。
まだ、模試が半分以上残っているんですけど。やる気なくなるわ。
二通目は、千鶴さんからだった。
千鶴:やっほー。久しぶり。模試は今日だったよね?目標は偏差値六〇でしょ?今の健太郎君ならいけるよ、きっと。でも、偏差値六〇なんかで満足しないように、大チャンスを上げちゃうぞ。もしも、偏差値六五以上いったら年上銀髪美女の私が脱童貞させてあげるぞ♡
これには、返信した。
健太郎:そんな罰ゲームは嫌なので勘弁してください。多分、銀髪ビッチによって脱童貞させられる点数を取っちゃうんで。
千鶴さんは、今の俺ならば偏差値六五すら出せる可能性があると、遠回しに応援してくれているんだろう。
だから、普段通りに俺は強気なことを千鶴さんにいう。
その時、ラインがまた追加できた。紗栄子さんだった。
あまりみたくないけど、一応みるだけみてみる。
紗栄子:私の嫁からのラインをスルーとはどういうことだ。最近、調子に乗っているんじゃないかね?あと、俺の目の黒いうちは貴様なんぞに私の世界一可愛い娘はやらん。(世界一の美少女の娘と世界一可愛い嫁を持つ夫より)
どうやら、黒縁メガネの凛のお父さんが紗栄子さんのスマホでラインをしてきたようだ。とりあえず、()の中の修飾語がうぜー。スルーしよ。
そして、一番大事な人からのラインを最後に見る。
そこには、
千里:大丈夫。けんたろー君ならできるよ。ファイト!私の可愛い後輩になるために頑張って。けんたろー君が後輩になったら嬉しいです。そのための一歩が今日です。私にできることはないけれどけんたろー君の精一杯がみたいです。
なんて嬉しいことを言ってくれていた。
これには、返信をしないでおく。それよりも、勉強した方がいいと思ったから。
その方が千里さんの期待に応えることになると思った。




