36 『スキンヘッド+黒のサングラス=大体ヤクザ』
七月下旬
合宿が終わってから、凛には何も聞けてない。
どうしよう?
「もしかして、俺のこと好き?」とか言った後に、もう一度同じことを聞くとか無理ではないでしょうか?
それに、向こうからも何も言ってこないってことは、普通に考えたら、変なことを言う幼馴染に対する精一杯のフォローが、何も言わないことって考えるのが、一番しっくりくるよね。
しかも、仮に俺のことを好きだって言ってくれたとしても、俺は断らなくちゃならない。
俺は、千里さんに憧れと尊敬とドキドキを感じている。
凛には誠実でいたい。
今思えば、冗談でも、「お前だけに言いたい」とか言うんじゃなかったって後悔している。もしも、凛が俺のことを好きだったなら、かなり傷つけることになる。恋愛感情はなくても、凛と千里さんは俺にとって同じくらい大切な人なんだ。
・・・
って感傷に浸るつもりだった。
けど、どう考えても、凛は、別に俺のことを好きじゃないよね?
なのに、こんなことを妄想してしまっているって、頭おかしい奴じゃねーか。
だって、もしも本当に好きだったとしたら、あの後、ラインかなんかで告白してくるでしょ?
あの後、一週間たったけど、音沙汰ナッシングですよ。
もう恥ずかしいよね。黒歴史がふえていく~。
しかも、またベッドで悶えていたら、例のごとく、母さんが「勉強頑張りすぎたんだね、とりあえず、精神科行こうか。」って言ってきたよ。優しい瞳で言われるとつらい。
もしも、受験生がいたら、忠告してあげたい。
受験の時は黒歴史は増やさない方がいいよ、って。
勉強に手がつかなくなるもん。「もしかして、俺のこと好き?」って言った場面がフラッシュバックしてくるもん。トラウマですよ、トラウマ。
英語で言うと、ポスト・トラウマティック・ディスオーダー。勉強になったね。
…絶対、覚える必要性ないけど。
千鶴さんと千里さんの顔を思い出して、『勉強しなければ』って思いになるから何とか勉強できているけど、二人がいなかったら、悶々としすぎて絶対に勉強できていなかったよ。
人は誰かのためなら強くなれるらしい。
それをこの夏に学んだ。…代償が大きすぎるけど。
・・・
それよりも、模試に向けて勉強だ、勉強。
五日後には模試が開催される。
前回は偏差値四九だったけど、今回は六〇まで上げたい。前回の出来が格段に悪かったとはいえ、中々に大変なことだ。
凛も確か、前回の模試の偏差値は四五だったが、合格ラインは五五だから、俺と同じくらいの頑張りが必要だ。
凛も頑張っているだろうし、俺も教師として頑張らないとな。
*
…頑張らないとな、って爽やかに言ったけれど、やっぱり、気になるものは気になる。
ということで、千鶴さんの家に千鶴さんに相談するために、来ちゃいました。てへぺろ。
…突然だけど、男がやる(言う)と気持ち悪いことベスト3は、「ペロペロしたいでちゅー」、「てへぺろ」、「バブバブしたい。」だと思う。
・・・
あのね、何で、こんなくだらないことを考えているのかっていうと今回ばかりは理由があるんだよ。
目の前にそびえたっている千鶴さんの家が、ちょっと有り得ないくらいに、大きいんだ。大体、東京ドームくらいの大きさだって思ってもらえばちょうどいい感じ。敷地が木々に囲まれていて肝心の家が見えないもん。
家の周りには、SPと思しき黒服の人たちが連絡を取り合っているし、なんかこっち睨んでくるし、もう嫌だ。
ラインで連絡もしていないし、帰ろうかなぁ。
連絡もせずに家に行くのは非常識だけど、千鶴さんだしいいかと思って、合宿の時に千鶴さんに聞いていた千鶴さんの家がある場所にお邪魔したけれどやめときゃよかった。
「あの、すいませんが先ほどからこちらにいらっしゃいますよね。すいませんが身分確認などのため、同行して頂いてもよろしいですか?」
考え事をしていたら、なんか、スキンヘッドに黒のサングラスの明らかにヤから始まる人っぽい方が話しかけてきた。
「い、いや、えっと、ち、千鶴さんに…」
「なに?お嬢に危害に加えに来たのか?優男のくせに俺にそんなことを言うとは度胸がいいじゃねーか。」
あ、あの、僕ちゃん「千鶴さんに…」としか言ってないよ?
「よし分かった。その正直にいう男気に免じて、俺が直々に相手にしてやろう。もしも、俺に勝てたらお嬢と話させてやる。」
だーから、何で、そうなるの?もう、脳が筋肉でできていらっしゃるんではなくて?
「ちなみに言っておくが俺は、テコンドーの世界チャンプにもなったこともあるぜ。やめておくなら今のうちだぞ。」
「だから、俺は、千鶴さんに。」
「ふんっ。気にいったぜ。」
あれ?会話になっている?俺発信の会話が強制終了したんだけど、あんた、俺の何を気にいったの?
「とりあえず、ここでおっぱじめるのもサツがきてまじーから、中の道場に行くぞ。」
そう言って、俺の背の倍、三m以上はあるかと思われる門を開けて、家の中に案内される。
ラスボスに挑む勇者の気持ちが分かった。
“帰りたい”
案内された道場は、フローリングがされていて、学校にある武道場のような広さだった。(教室六つ分ほどの大きさ)
ポキッ、ポキッ
黒服スキンヘッドが指の骨を鳴らし始める。えー⁉マジでやるの?
俺、まさかの千鶴さんの家に行ったがためにデッド・エンドになっちゃうの?
「よっしゃー!やるぞー!小僧!」
そう言って、その丸太のように太い腕を振り上げ、俺の顔面に向かって繰り出す。
「きゃーーーーー。ゆるしてーーーー。」
「ぶっはははは。」
「きゃははは。」
叫んだ俺が、頭を抱えてうずくまると、黒服のスキンヘッドと聞き覚えのある伸びやかな笑いが聞こえる。
「やってくれやがりましたね。千鶴さん。」
「あははは。おもしろー。童貞君。『きゃーーーーー。』だって。」
「すいません、お嬢様のご命令だったものですから。」
スキンヘッドが謝ってくる。
「どういうことですか?」
千鶴さんを睨んでみる。
「いや、SPたちが騒がしくしていたから、『何かあったのか』って聞いたら、不審者らしき人が小一時間ほど家の周りをうろついているって言っていてね。気になって、その不審者の写真を撮ってみせてもらったら、健太郎君だったんだ。だから、受験でお疲れの人を癒してあげようと思って、こんなイベントを作ってあげたんだよ。私は、やっぱり、大和撫子のように優しいね。感謝しなさい。」
あんた、クォーターだろ?というか、そもそも普通に、休まらないわ。怖すぎて心臓止まるかと思ったわ。
そう思ったが怖さの余韻が残っていて声が出ない。ぶっちゃけ、今、俺涙目だよ。
「で、健太郎君は何の用なの?」
千鶴さんが髪を整えながらどうでもよさげに聞いてくる。
ゴクリ
声が出ないのでとりあえず、唾を飲み込んで、口の渇きを潤して、凛のことを話す。
「実は…」
「ははは、坊主それは簡単だぞ、その女の子は確実にお前のことを好い、」
ごほっ
屈強な男に千鶴さんが肘鉄を食らわせて黙らせる。暴力反対運動を、やりたい今日、この頃。
俺のまわりの女性、強すぎ問題が俺の中で再燃する。
「牧野、黙れ。」
「えっと、もしかして、凛が俺のことを好いているってことですか?」
「きゃはは、童貞君、まだそんなこと言っているの?あんなに可愛い女の子が童貞君のことを小三の頃から好きって。ははははははは。ああ、ダメ、面白すぎて腹がねじれそう。」
失礼なお嬢様である。
「でも、今、牧野さん(?)が言っていたじゃないですか?」
「好いているわけがない、って言いたかったんだよ。ね、牧野?」
「いや、俺は、」
ごほっ
「ね、牧野?」
「いや、だから、俺は、」
「ねぇ?ま・き・の?」
「はいー!お嬢の言う通りであります。小生は用事を思い出したので失礼いたします。」
そう言って、足早に去っていった。
「あの、やっぱり牧野さんは、凛が俺のことを好きだって言おうとしたんじゃ?」
だって、明らかに言わせていたような気がする。
「やだなぁ、そんな訳ないじゃん。っていうか、健太郎君も言っていたけど、それなら健太郎君にラインかなんかで連絡するでしょ?」
…確かに、そうなんだよなぁ。仮に千鶴さんが言わせていたとしても、牧野さんが勘違いしている可能性もあるし、そもそも凛との関係性を話していたのが俺だったから、俺の話の伝え方が下手で勘違いした可能性もあるしなぁ。
「そう、ですよね。でも、どうすればいいかちょっとだけ千鶴さんに相談したかったんですけど、ダメですか?」
俺は、千鶴さんのペルシャ猫のようにきれいなライトブルーの瞳を見つめる。
「仕方がないなぁ。相談に乗ってあげよう。」
「ありがとうございます。」
*
相談に乗ってもらったのは、道場の中ではなくて、道場から歩いて二〇〇mほどのところにある小さな白色の建物だった。
中には、レントゲンだとか、超音波だとか、薬品があり、果ては手術部屋なんていうのもあった。
「ここは一体?」
「ああ、ここは、緊急医療用の小屋だよ。心筋梗塞だろうと、脳卒中だろうと何でもできるようになっている場所なんだよ。前に、その、健太郎君には言ったけれど、おばあちゃんが倒れてそれで、」
珍しく言葉を言いよどんで恥ずかしそうに言ってくる。
「ごめんなさい、変なこと聞いて。」
そっか、おばあちゃんがなくなられたから、二度とそういうことが起こらないように親が作ってくれたのかな?薬品の登録とかに手続きとか要りそうだけど、これだけ大きな家なら黙認されてんのかな?
あれ、感動ものと見せかけて社会の闇?…まあ、それでも千鶴さんの思いの上で成り立っているんだからやっぱり素晴らしい施設なのかな?
「それよりも、相談内容についてだけど、しばらくは放っておくのがいいと思うな。」
「でも、凛とは喧嘩しているような感じですし…」
「う~ん、でも合宿の最終日を見る感じは大丈夫じゃないかな?『もしかして、俺のこと好き?』とか聞くから怒りを通り越して呆れられたのかもね。」
ははは、って豪快にお嬢様は笑う。
「そう、ですか?」
「それか、模試の日にでも話してみたらどうかな?テストのこととかを自然に話すことができると思うし。焦らずに、ゆっくりと凛ちゃんの感情のペースに合わせてあげるのが大事だと思うよ。」
「そうですね。ゆっくり仲良くなっていきます。」
焦りすぎて凛を怒らしたらもともこもないからな。
「ってことで、せっかく来てくれたんだし、勉強も教えてあげるよ。」
千鶴さんはいきなり訪問した、はた迷惑な客に対して、優しく微笑む。
…これだから、どれだけからかわれても千鶴さんのことはもう嫌いになれないんだよな。
 




