イッツ、ショータイム!
午前5時。
独りになった恵子は、クローゼットからとあるモノを取り出した。
両手で抱えたそれは、恵介の制服を身に付け、顔は恵介に似せた、等身大の人形、『恵介君人形』であった。
椅子を使い、天井のフックに縄をかけると、人形の首に巻き付ける。
手を離すと人形は天井から吊り下がり、『恵介の首吊り』をつくりあげた。
当初は恵介本人を吊り下げる予定だったが、半年も冷凍庫に入っていたこともあり、思い描く体勢を保つかわからないし、何よりわたしが1人で吊るすには重過ぎた。
次に、ドアに向かうと、目線の高さに設置した小窓に手を伸ばす。
部屋の外側から見るとただの頑丈な小窓であるが、内側には追加でガラスをスライドできる構造になっていた。
薄く白いガラスを1枚スライドさせると、結露でもかかったかのように見える。
外から見れば、部屋の中の光景はぼんやりと映り、恵介君人形もきっと、本物に見えるに違いない。
午前9時。
家の中に設置した監視カメラ映像を観ていると、リビングで少年が動いた。
少年は時間をかけて1階を探索すると、階段に向かい、2階へと上がる。
部屋の中では、全員が既に所定の位置に着いていた。
恵介(人形)は部屋の中心で天井から吊り下がり、夫(ただの屍)はベッドの奥側で仰向けになっている。
そしてわたし(美巨乳)はベッドの手前側で仰向けになり、首は入り口の小窓に向けていた。
目は開けており、小窓と、監視カメラ映像を映したモニターを確認していた。
少年は、まずは手前の寝室、わたしと夫の『愛の巣窟』に入ったようだ。
少年にとって有益となるものは何ひとつ置いていないためか、すぐに出てきた。
そして、真ん中の部屋の前に立った。
鍵がかかっていることを認識すると、小窓を覗いた。
小窓から覗く少年と目が合う。
驚いた目がすぐに視線を外した。
廊下の映像では、少年がドアから距離をとる様子が見られた。
小窓から覗く少年の目と再会する。
今度は、少年は驚かなかった。わたしが死んでいるモノと思ってくれたようだ。
すぐに目線が外れると、今度は、天井から吊り下がるモノへと目を向けたようだ。
さっきよりも目が大きく開かれると、すごい勢いで少年が消えた。
映像から、少年が2階のトイレに駆け込んだことがわかった。
きっと、昨夜食べた睡眠薬入りのカップラーメンを吐き出したのだろう。
出てくると、残った一番奥の部屋へは向かわずに、1階へと下りていった。
きっと、もう2階には来ないだろう。
少年の動向を確認しながらベッドから下りると、ドアへと向かう。
小窓にもう1枚、ガラスをスライドさせた。
そのガラスはさらに白く濁ったもので、先ほどのガラスと合わせると、ただの真っ白いガラスへと化し、部屋と外界は、完全に遮断されたのであった。
天井から吊り下がる目障りな人形を取り除くと、夫をお手製の大型保冷バッグで包んだ。
息子が入った冷凍庫から保冷剤をいくつか取り出すと、保冷バッグの中に入れる。
この密室で、死ぬまで一緒に暮らすのだ。少しでも腐敗を遅らせたい。
二度と出ることのないこの部屋には、わたし1人なら優に3か月は暮らせるほどの、食料と水分を備蓄していた。
ひとつ悩んだこと、それはトイレだった。
少年の睡眠サイクルを把握し、気づかれないように2階のトイレを使うことも考えた。
だが、万が一にでも気づかれてはいけない。
そこで、以前飼っていた猫、『ケト』のために準備していた猫用のシステムトイレを使うことにした。
3~4日に一度、汚物を袋に回収して冷凍庫に入れておけば、臭いもさほど気にならないと思われる。
初めて猫用トイレで用を足すと、ふと、『ケト』のことを思い出した。
小さくてふさふさで、顔が少し夫に似ている、可愛い猫だった。
急に涙が溢れだした。
猫と夫を思い出したからだろうか。
いや、猫用トイレで用を足す自分を客観視した結果か...
11月8日、日曜日。
午後6時、中津江家のリビング映像に動きがあった。
携帯をいじっていた中津江大悟は、息子の将太から何の連絡も無いことを心配し始めたらしく、友達の家に電話をかけ始めたようだ。
音声から、まず、アーとベーの家に電話をしたと思われる。
次に電話した相手とは、すぐに怒鳴り声で喧嘩を始め、罵声とともに電話を切った。
きっと、相手は元嫁だろう。
瞬間湯沸し器と魔法瓶という例えがぴったりのこの夫婦。離婚させてあげて正解だった。
電話をかけるのを止めると、上着を身に付けてリビング映像から姿を消した。
警察署に向かったのであろう。
これで警察による捜索が始まる、はずだ。
11月9日、月曜日。
昼のニュース番組で、中津江将太の行方不明が報道された。
リビング映像を観ると、少年も同じニュースを観ているようだった。
やったね、テレビに映ったよ!わたし達のおかげね。
11月11日、水曜日。
ニュース番組で、『氷山警察署が捜査本部を設置した』ことが報道された。
本格的な捜索がされることだろう。
空き家、あるいはこの家に辿り着くよう、あえて手がかりを残してきたつもりだ。
特に、この家の防犯工事に999万円もかけたことを知れば、怪しいと思ってくれるだろう。
あと、先日、夫が自分の実家の郵便受けに入れてきた絵ハガキ。
よく見れば消印など全てが偽物だとわかるつくりなので、『富田家が旅行に行っていない』ことにも気づくことだろう。
でも...ちょっと懲りすぎたから、もしかしたら気づかないかもしれないが。
午後9時半。
わたし達の全ての行為を自白するために残してきた『手記』の編集を終えた。
編集と言っても、本名がバレた4人を除く全ての人名、そして地名を実在しないものに書き換えたのと、わたしと夫のイチャイチャシーンをバッサリとカットしたくらいで、記された全てが紛れのない事実である。
ただし、当然だが、最後の最後は、事実を書くことができない。
ならば、いつ書いても変わらないので、『最後の日』は、自分の行動以外はリアルな想像で書き終えている。
あとは『最後の日』の日付、そして時間を書き込めばいいだけだ。
書き終えた作品は、『自白してみた』全11話。
また、刑事モノも書きたい!とせがむ恵子(壊)のため、最後の動画から富田家全滅までを刑事目線で書いた『捜査されてみた』、こちらも全11話。当然だが、警察関係者は全て架空の人物である。
作者名を『ケト』としたこれらの作品を、死ぬ直前まで間隔を空けて投稿していくことにした。
11月12日、木曜日。
午後3時。家の外を映す映像に動きがあった。
ファイナルジャッジメンタルケイコズアイを光らせる。
正面の道路を映す映像に、1台の車が停まった。
パトカーではない、が、車から出てきた2人の男は、何となく警察官に見える。
家の敷地に入ろうとはせず、外から様子を窺っているようだ。
いよいよ最終局面だと判断すると、2つの作品、『最後の日』に日時を書き込み、全ての投稿を終える。
なお、『自白してみた』だけは、他の作品に埋もれてしまう可能性を避けるため、小細工をしておく。
まずは小説ページのアドレスをコピーすると、動画配信サイトに『八手』アカウントでログインし、ケッチャンネルの最後の動画に、『これって本人じゃない?』というコメントとともにアドレスを貼り付けた。
外の映像に、もう1台の車が現れた。
軽貨物車で、何やら会社名のようなものが書かれている。
車から出てきたのは男性1人。格好からみても、おそらく鍵屋であろう、と予想した。
冷凍庫を傾けると、部屋の中心に向けて倒した。
蓋を空け、中の恵介を取り出すと、部屋の真ん中へと滑らせる。
次にベッドの上の夫を転がすと、恵介の横に並ぶように落とした。
午後3時15分。外では新たな動きが見られない。
おそらく、指揮をとる人間でも待っているのだろう。
どうせ待つのなら、最後の妄想を楽しむことにする。
妄想するのはいつも、夕食での何気無い会話だった。
『やっぱり、お母さんのハンバーグが一番美味しいよね!』
『当たり前でしょ。不味いなんて言ったら2人並べて首吊りの刑だよ』
『こわっ!僕は絶対言わないから、吊るすならお父さんだけにしてよね』
『おいっ!』
『ふふっ、大丈夫。ちゃんとあたしも並んで首吊って、後を追うから』
『いや、そこは否定しとけよ』
『ところで、今日の9時からの映画、何だっけ?』
『紅蓮の豚じゃなかった?』
『あぁ、俺が一番好きなやつだ』
『僕はねぇ、やっぱり...魔女が宅配とか便するやつが一番好きだな』
『あたしは、やっぱり、安田...』
『もう、お母さんのは言わなくてもわかるからいいよ』
『そうだな、俺なんてもう1000回くらいはその答え聞いた』
『ちょっと、2人とも、吊るすよ?』
妄想しながら、ある重大な事実に気づいた。
妄想の夫の顔がイケメン風、つまり整形後の顔なのだ。
えっ、嘘...整形前の顔ってどんなんだっけ?
近くにいる動かない夫はイケメン風、というか既に見る影もない。
そして、写真などという不要なものは、この部屋には置いていなかった。
閃いた。
そうだ、恵介の自殺映像。
たしか、あの人が恵介とか汚物とかを片付けた後、パソコンのカメラで撮影されていることに気づいた、って言ってた。
つまり、夫の顔が映ってるはずだ!
あと寿命が何分残っているかはわからないが、他にやることは無いのだ。
最後にその映像を観ることにする。
何度も観た映像だが、見るのはいつも、恵介が自殺して数分後までだった。
そのあとの部分を観るのは初めてだ。
恵介の最後の言葉が流れ始める。
恵介の言葉を最後まで聞きたいが、地獄で再現してもらうことにして、早送りする。
夫の登場するであろう時間まで飛ばせばいいのだが、なんとなく、時間のかかる早送りを選んだ。
恵介が動かなくなって、数分、そして数十分が経過する。
おそらく、わたしがドアをノックしたのはこのあたりか。
その後はキッチンに戻って、ハンバーグをつくって、あの人が帰ってきて...
え?
ふいに人影が現れたのだ。
一時停止して、少し巻き戻す。
『今夜は恵介の大好きなハンバーグだから、あと1時間くらいしたら下りてきてね』
自分の声が聞こえた。
たしか、このあとすぐ1階に下りて...
『もう、返事くらいしなさい。入るよ?
変なことしてても、ちゃんと見ない振りしてあげるから』
ドアを開ける音。
小さい悲鳴のようなものと、どすん、という何かが床に落ちたような音が聞こえた。
しかしすぐに、人影が映る。
わたしだ。
『えっ、何で天井からぶら下がってるの?よくわからないけど、そんな体勢じゃ疲れちゃうよ。
あれ?しかも寝てる?器用だねー。
...あっ、そうか!今日金曜日だった。
9時からのロードショー、恵介の好きなコナム君だったね。
今のうちに寝ておこうってわけか。
ふーん、考えたわね。
今日はハンバーグだから。あの人帰ってきたら、一緒に下りてきてよ』
映像から人影が消えた。
なんということだ...
そうか、夫の最後の最後の言葉。
『俺の『あの表情』ってやつ?恵子に見せるのは、3回目じゃないんだけど。あぁ、これはどうでもいい、か』
そうか、これを夫が観たときが1回目だったわけか...
あぁ、そうですか。
まぁ、確かにどうでもいい、ね。
早送りを続けると、今度こそ夫が部屋に入ってきた。
吊り下がる恵介を、椅子を使って下ろす。
一度姿を消し、ゴミ袋を持って現れると、恵介の服を脱がせたもの、そして、床を拭いた布を袋に詰める。
裸の恵介をお姫様抱っこすると、ベッドに置いた。
また姿を消すと、今度はアルミのシートを持ってやって来た。
リビングのこたつの下に敷いていたものだろう。
確か、ソファにはわたしが寝ていたはずだが、おそらく面倒臭いからそっとしておいたに違いない。
恵介にシートをかけると、初めて部屋を見回す。
目線がカメラの方を捉えると、一直線に近づいてきた。
いやーん、近づいてくる!
やっぱり前の顔の方が好きだわ。ほんと、大好き!
少しパソコンを見る素振りを見せると、夫の手が大きくなり、画面が暗転した。
もう、思い残すことは何もない。
床に眠る2人の傍に寄ると、爆弾に背を向け、2人を守るように、覆い被さった。
午後3時半。
外にもう2台の車が現れ、1台はそのまま停車し、1台は画面から消えた。
敷地内に入ってきたのは5人。
警察官と思われる男性4人と、鍵屋と思われる1人。
鍵屋と思われる男が、玄関のドアに何か、工具を近づける。
と、何やら金属が擦れる音が小さくだが、部屋の中まで聴こえた。
リビングでゲームをしていた少年が玄関へと走る。
音が止むと、鍵屋は別の工具を取り出し、再びドアに向かい合う。
その作業はあっという間だった。
鍵が開いたのだろうか、鍵屋はその場を離れる。
残った男性2人のうち、1人がドアノブに手をかけた。
『カチッ』
背中に爆風を感じ、意識を失う直前、考えていたことがあった。
恵子(壊)は、夫が死んでから一度も現れなかった。
たぶん、恵子(壊)は、恵介の死を受け入れなかった、もともとのわたしの人格。
そして、わたしは、恵介の死を受け入れた、新しい人格なのであろう。
ふたりの死を受け入れた今のわたしは、どっちなんだろう。
え、ちょっと待って。てことは、わたしって、もともとぶっ壊れてたの?
まぁ、地獄で待っているあの人にでも聞いてみよう。
「イッツ、焼タイム!なんちゃって」
最後まで読んでくださった方がいるのか。
ましてこの、後で書いた後書きなどを読む方がいるのかはわかりません。
でも、まずは、
『最後までお付き合いいただき、ありがとうございました』。
初めて書いた小説でしたが、思ったより長くなってしまいました。
本当は、『自白してみた』は、ただ淡々と事実を告白してあっさり終える(1~2話)予定のはずが…
(壊)などというキャラを出してしまったせいで、いろいろと壊れたようです。
いつもの妄想、もしこんな嫌なことを言われたら、されたら、どう対処すればスッキリするか、あるいは面白いか。
今回は、もし自分がいじめられたら、の妄想の成果です。
いじめ、という社会問題であるテーマをとりあげて、何かを伝えたい。
そんなつもりはこれっぽっちもありませんでした。
でも、結果として、メッセージ性の強い作品になった(なってしまった)と思います。
そもそも読んでくれる方がいるかわからないですが、少しでも何かを感じてくれたら、幸いです。
ーケトー




