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いじめられてみた(旧)  作者: ケト
自白してみた
31/33

いじめられてみた

 10月2日、金曜日。

 午前6時、空き家で1人淋しく起床した恵子。洗面所に向かうと、冷水で顔と髪の毛を洗った。

 髪の毛は、お湯じゃなく水で、そしてシャンプーでなくボディーソープで洗う。これがここ3か月で会得した、息子の髪質をより良く再現する方法であった。

 

 髪を乾かすと裸になり、男用のトランクスを履いた。胸にはさらしを巻き付け、男物の白いインナーを身に付けると、キッチンへと向かう。


「あーぁ、あたしの美巨乳、やっぱり隠さなきゃダメ?」

「しょうがないでしょ。恵介が美巨乳の持ち主だったら、男共が群がっちゃうでしょ」

「股間は?何か入れなくていいの?」

「制服大きめだから、ふくらみを持たせるにはかなりの大物を作らないとダメだわ」


 恵子(壊)と独り言を交わしながら、弁当づくりを始める恵子。


「今日はのり弁だっけ?」

「そう、ザ・のり弁。絶対にどこかで一度は目にしたことあるやつ」

「あたしは、もやしフルコースのほうが面白いと思うけどな」

「うん、それは早くて来週ね。ほら、半年の引きこもり明けのやつが、いきなりもやしフルコース弁当広げたら、ねぇ。ちょっと慣らしてからね」


 高校生活が長引くことも想定し、『くの一弁当』『リアルな猫のキャラ弁』など10種類くらいの弁当を考えたのだが、企画名が『面白い弁当作ってみた』に変わりそうなので、できるだけ早くいじめられたい。



 弁当を作り終えると、2階の一番奥の部屋へと入る。

 この部屋には家具をひとつも置いておらず、フローリングの上には1台のパソコンと、黒縁の眼鏡、そしてリアルな猫の被り物が置かれていた。

 パソコンを開くと、自宅にいる夫と動画での通話を開始する。


 簡単な会話を交わしながら、クローゼットを開けて息子の制服に着替える。

 制服の上下、黒縁の伊達眼鏡を身に付けると、仕込んでおいた超小型カメラを起動させ、映像と音声確認を始めた。


「あたしたちの一斉一代の芝居、しかと目に焼き付けろ!」

 

 恵子(壊)の啖呵で音声を確認した夫は、

「音声も映像もバッチリ」 

 と、手でオッケーサインを出したが、

「ね、あたしの啖呵はどうだった?」

 という恵子(壊)の質問はいつもどおりスルーするのであった。

  

 上着に取り付けたカメラ3台は、上着の内ポケットに仕込んだ外付けバッテリーに接続しているため、12時間は稼働できる。

 一方で、眼鏡のカメラは内蔵バッテリーのみのため、一度取り替える必要があった。念のため複数個用意しておき、昼休みにどこかで交換する予定だ。

 カメラ全ての映像と音声を確認し終えると、最後に恵子の外見チェックを行う。


 黒縁眼鏡、不織布の白いマスク、引きこもり明けヘアーにより、ほぼ恵介の顔が出来上がっていた。

 少し大きめの制服も、そこに美巨乳があることを感じさせない。

  


 準備を終えると、計画どおり8時1分に家を出た。


「今さらだけど、あたしがニュー恵介を装って超絶人気者になって、いじめっこ共を見返す、って計画でも良かったと思わない?」

「うーん、いろいろ制限あるから、いくらあんたでも難しいんじゃない?美巨乳使えないんだし」


 独り女子トークをしながら歩いていると、腕時計が8時17分を指し、アラームが鳴った。

 周りに人気が無いことを確認すると、一息ついた恵子(壊)が、


「はい、ケッチャンです。『いじめられてみた』の本編動画を撮影中です」

 と、いつもの軽壊トークを始めた。


 

 学校に近づくと、周りに人が現れ始める。

 ここからは、動画の画面上でコメントを表示する予定のため、一言断りを入れると、恵子(壊)が最も苦手とする『沈黙』を始めた。


 予定どおりの時間に学校に着くと、一直線に下駄箱へと向かう。

 下駄箱、そして教室の配置は事前に調査済みだった。

 息子の不登校について担任に相談するため、4月に一度、夫と2人で学校を訪れており、そのときにカメラをつけて校内を歩き回っていたのである。



 8時28分、教室の前に着くと、すぐあとにやってきた担任と中へと入る。

 

 昨日、夫から担任に連絡をしていたので、息子が登校することはクラスのみんなにも知れ渡っていただろう。

 だが、入り方をもうちょっと考えるべきだったか、クラスメートの視線を一気に浴びてしまった。


 もしも、恵子(壊)に『喋る許可』を出していたら、ここで一発かましていたに違いない。


「どーもー、引きこもりの森から無事帰還しました!とみた、け・い・す・け、でーす!」

 なんて、さすがに無いか。あとで恵子(壊)に聞いてみよう。



 その後、担任から教えられた席に着くと、その後は特に何も無く、ただただ沈黙に耐える時間が過ぎていった。

 ていうか、先生。せめて誰か1人くらいに、『話しかけてあげてくれ』とかの根回しは無かったの?というくらい、誰からも話しかけられなかったのであった。



 何も起こらないまま昼休みになる。

 ザ・のり弁を食べ終わり教室を見回すと、ここで、初めていじめっこ3人と目があった。


 相変わらずニコニコではなくニヤニヤ笑いをする3人を確認すると、気まずい様子を表現し、読書に耽る作戦を開始した。

 ここでは、誰かに『何読んでるの?』と聞かれたときのため、『引きこもり明けに教室で読む本』というタイトルを選んでいた。

 ていうか、こんな本よくあったな、と今でも思う。



 何も起こらないまま放課後を迎えた。

 帰る支度をしながら、目を向けずにいじめっこ達の様子を伺ってみる。どうやら3人仲良くこっちを見ているようだった。

 もしかしたら話しかけてくるか?とも思ったが、他の生徒がいるためか、近づいてこない。

 あきらめて、ゆっくりと下駄箱へと向かう。


 やっぱり1日ではうまくいかないか、と本気で落胆しながら靴を取り出すと、視界の端に人影を捉える。

 しかも3人。いじめっこ達に違いない!

 期待感を顔に出さないように、ゆっくり時間をかけて靴を履く。



「なんかさ、また新しいゲーム買ったって聞いたんだけど。前に借りたやつ、もう遊び終わったからさ、新しいの貸してよ」

 話しかけてきたのは、『アー』こと阿部陽斗あべはるとだ。

 いじめられる確率を上げるために奔走してきた恵子は、内心ニヤニヤが止まらない。


 9月の初め頃、『アー』の母親が通う料理教室に足を運ぶと、恵子(壊)のスキル『ザ・クレイジー』により、初日からお互いを『ちゃん付け』で呼び合うほどの関係をつくりあげた。

 子供が同じ高校で、しかも学年が一緒であることを認知させると、


『うちの子、学校行きたくないって言って引きこもってるの。陽斗君みたいに優秀で、人当たりも良ければなー(棒)』

『陽斗君みたいな子が仲良くしてくれたら、高校生活、いや、一生安泰よね(棒)』

『手に入れるの難しいっていうゲーム、もう1台ほしいとか言うんだよね。この前、家族みんなで協力してやっと手に入れたの』

『でもさ、ゲームなんてあるから引きこもるんだよね、きっと。負のスパイラル突入ってやつ?』

『ゲームなんて無ければいいのに。だから、友達にゲーム貸してあげればいいのに、って思ってるの』

『陽斗君、勉強の息抜きにゲームなんてやらない?』


 などと、息子を褒めつつ、『うちに来てゲーム借りて行って』と、暗にほのめかす作戦をとっていたのだ。

 

 まぁ、全然『暗』では無かったが、効果があったのだろう。

 よしよし、良い子ですねー、と、頭の中でアーを撫でつつも、とりあえず煽っておくことにする。


「...貸すなんて言ってないし、それに前持っていったの返してもらってないし...」

「あ?聞こえないけど。ま、とりあえずお前ん家ね」


 怯えた目で俯くという迫真の演技を見せた恵子。ニヤニヤ顔が4人にならないように我慢しながら、3人を空き家へと案内したのであった。

 



「久しぶりだからなんか遠く感じたな」

「2回目だけど半年も経ってるし、やっぱり家までの道覚えられないよな。これじゃ借りたの返せないじゃん」

 

 思ったとおり、半年前の家と違うことには気付かないようだ。

 玄関のドアを開けると、我先にと中に入る3人の背中をゆっくりと追う。


「なに、またこのゲーム機買えたの!?やった!3人で1台じゃやっぱり足りないよな」

「ソフトも増えてんじゃん」

「漫画も増えてるし。あ、これ読みたかったやつじゃん」

 

 細部まで丁寧に再現した息子の部屋に入るなり、早くもモノ盗りを始める3人。

 モノを入れる袋をあえて用意していなかったため、3人は袋を探しに今度は夫婦の寝室へと移動した。


「さすがに、親の物持っていったらバレるんじゃない?」

「ここは何も無さそうかな...でも一応クローゼットも拝見、と」


 クローゼットには先住人の所持品であろう、指輪やネックレスが入っていた。夜逃げの際に持って行かなかったのだから、安物だと思われる。

 

「いっぱいあるから、一つくらい無くなってもわからないよな。どこいったんだろ、ってなるだろ」

「お前、そんなのもらってどうする気だよ」

「ネットでうまく売ってみるよ。売れたら山分けじゃ」


 予想外の行動。わざわざ罪を重ねてくれるとはありがたい。

 だが、ここにも袋を用意していなかったため、3人は部屋を出て、今度は一番奥の部屋に入ろうとする。


「なんだよ、鍵かかってんのかよ。この部屋何なの?鍵ないの?」

「お父さんの書斎だよ...仕事に行ってる間は鍵かけてるんだ。仕事関係の大事な書類があるから、お父さんとお母さんしか鍵持ってない...」

「ふーん、まぁ、ここはいいか」

「じゃ、適当に袋見つけて、さっさと借りていこうぜ」


 当然だが、パソコンとリアルな猫の被り物だけを置いた部屋には鍵をかけておいた。予想どおり、ここには大した興味を持たなかったらしい。

 

 その後、1階で適当な袋を発見してきた3人は、息子の部屋でモノ盗りを再開した。



「じゃあ、また借りていくからな」

 というアーの捨て台詞が、犯罪行為の終わりを知らせた。



 筋書きどおり過ぎて逆に怖い。

 とりあえず、『貸していない』ということは、しつこいくらいアピールしなければいけない。


「貸すなんて言ってないけど...だって前に持っていったやつだって返してくれないし...」

「だって、返してって言われてないしな。しかもお前、学校来なくなったから返せないじゃん。くれたのかな、って思ったけど」

「あげてないし、貸してない...無理矢理持っていったんだ...」

「うるさいな、借りるって言ってんだよ。な、貸すよな、『うん』て言えばいいんだよ」



 なんと、アーは人のモノに手を出すだけでなく、人にも手を出してきたのだ。

 ちょうど胸の間あたりを押され突き飛ばされた恵子。怯えを顔に出しつつ、胸に当たらなくて良かった、と安心する。

 いくらさらしを巻いているとはいえ、美巨乳に触れられたら気づかれたかもしれない。


「おい、手はだすなよ、面倒臭いから」

「いいだろ、傷がつかなけりゃわかんないって。じゃ、借りていくからな。止めないんだから、いいってことだろ。じゃあな」


 止めたらやめるのか?と思ったが、もちろん口には出さない。

 

 代わりに、部屋を出て階段を下りる3人の背中、というよりも監視カメラに向けて、


「貸してない...前も、今も、盗まれたんだ...泥棒」

 とだけ呟いておいた。



「じゃあな、また半年くらい経ったら貸してくれよな。学校には別に来なくていいから、ゲームとか買っといて」


 アーが最後にそう言うと、3人は玄関のドアを開け、外に出ていった。

 ドアが閉まり、外の光が消えた。




 3人を見送った恵子は、黙ったまま、2階の一番奥の部屋の鍵を開け、中へと入る。

 リアルな猫の被り物を被ると、パソコンを開いた。


 動画では、ここで眼鏡のカメラ映像からパソコンのカメラ映像へと切り替わる予定だ。

 あとで編集するため、撮影するタイミングは今すぐじゃなくてもいい。

 とりあえずは夫と動画での通話を始める。

 

 まずは第一関門にして運の要素が大きい難所、『いじめられる』を達成できた喜びを2人で分かち合うことにする。

 が、恵子はもちろん夫も、素直に喜ぶことができなかった。



 おそらく、恵子がされたのと同じような行為を、半年前に恵介が受けたのだ。

 実際に受けた恵子はもちろん、『恵介の姿をした恵子』がいじめられる様子を観ていた夫の心境も穏やかではないだろう。

 

 今、この瞬間の気持ちを動画に残すべきだと判断した恵子。

 恵子(壊)に『任せたよ』とだけ呟くと、動画撮影を開始した。

 


 夫との会話中もずっと被り物を被り続けていた。

 自分がどんな表情をしていたかはわからなかったが、おそらく夫と同じ表情だったであろう。鏡のように。

 


 猫の被り物の下で、恵子(壊)という被り物を被った恵子は、息子を想い、涙を流した。

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