記念動画の前に説明してみた(その2)
~十一ページ~
男性が一人の人物を思い浮かべている様子が描かれている。
『世界旅行に応募していたことを忘れていたミタマンマに、ミタパパが経緯を説明した。
一か月前のこと。ミタ家の近所で空き巣が多発していたらしく、大手防犯会社から、玄関の鍵の交換を勧められた。
用心したほうがいいと思ったのと、思ったより費用が高くない、という理由から、交換をお願いしたのであった。
交換作業の立会い時に、ミタパパが防犯会社の作業員と世間話をしていたところ、ひょんな流れでミタ君の引きこもりの話になった。
誰か息子の心の鍵を開けてくれないかな、とミタパパが漏らしたところ、その作業員から、防犯会社が実施しているモニターキャンペーンへの応募を勧められたのだった。
なんでも、もしかしたら世界旅行が当たるかも、というキャンペーンらしい』
「心の鍵だなんて、ミタパパってば恥ずかしいことを平気で言うのね。
でも、もし、この作業員がそっち系だったら、『ぼ、僕がムスコさんの新しい扉をあ、開けてあげるよ』なんて言ってたかもしれないわね」
「勝手にそっち系を増やさないでください、次!」
~十二ページ~
防犯会社のモニターキャンペーンが書かれたチラシが表示されている。
『モニター募集中。半年間の世界旅行に行きませんか?という謳い文句の下に、四つの”やります”が書かれている。
半年間不在にしても、あなたのお宅を守ります。
防犯設備を無料で設置します。
維持管理を半年間無料で実施します。
半年間の世界旅行に行ってもらい、効果を実証します!』
「こんなにうまい話あるわけないじゃなーい。だまされちゃダメよミタパパ」
「補足すると、この会社の試算だと、一家族の世界旅行と防犯設備、維持管理を提供する損失よりも、半年間の実績をPRした場合の利益の方が大きいらしいんだぜ」
「ねぇ、じゃあ、ケチも応募したらいいんじゃない?」
「残念ながらケチさんの家は河川敷の橋の下の段ボールだから、モニター募集の条件を満たしていないんですよ」
「段ボールでも家は家でしょ!となりのトドロキさんの段ボールよりは立派じゃないのよ。
あーあ、サクラで泥棒役でも募集してないかしらね」
「変なこと言わないの。じゃ、次いきます」
~十三ページ~
画面が左右二つに分割されている。左側は、食卓で男性が男子生徒に何やら報告している様子、右側は同じ男性が、会社で上司と思われる男性に相談している様子が描かれている。
『世界旅行が決まったその夜、晩御飯を食べながら、ミタパパはミタ君に旅行のことを話した。
ミタ君は、もはや進級は難しいだろうなとあきらめていたこともあり、旅行に大賛成、と嬉しそうに笑っていた。
次の日、ミタパパは、会社の上司に旅行のことを報告した。前々からミタ君のことを相談していたこともあり、いい機会じゃないか、と、快く承諾してくれたのだった』
「理解のある上司で良かったわね。ていうか、この上司ってばカツラなの?すごいずれてるわよ。
良いシーンなんだし、イラストなんだから、リアルに描かなくても良くない?悪意しか感じないわ」
「リアルでは、もっとずれてるらしいですよ。一周回ってヅラ風の髪型と言われているようです。
はい、次」
~十四ページ~
大きなスーツケースを引き、隣人に挨拶をする家族三人が描かれている。
『十月一日、ミタ一家は隣人への挨拶を済ませると、半年間の世界旅行へと旅立ったのであった』
「あれ、今日って十月十六日だから、つい最近の出来事なのね。で、紙芝居はこれで終わりっぽいわね」
「はい、終わりですよ。ページとしては十四枚だから、話としてはそんなに長くはなかったですね。
ネロさんのツッコミと、無駄な脱線のせいで長くなりましたがね」
「つっこみどころ多いのが悪いんでしょ。そのせいで、いまいち内容が入ってこなかったわよ」
「きっと視聴者のみなさんも同じでしょう。うむ、では、みなさんのために最初からざっくり説明しますね」
「じゃあ最初から紙芝居とナレーションだけでいいじゃないのよっ!」
「ま、このやりとりも意外と人気あるみたいですし、無駄ではないと思ってますよ。ていうか思いたい。
じゃ、簡単に説明していくんだぜ。
今年の四月八日、とある高校に入学したミタ君は、クラスメート三人にゲーム機などを奪われるといういじめを受けたことにより、入学三日目の四月十日の登校を最後に、不登校になってしまいました。
そんな中、ミタパパが応募した世界旅行が当選し、十月一日から、一家は半年間の世界旅行に旅立ったのでした」
「え、早っ!一分もかかってないじゃないの」
「まぁ、とりあえず紙芝居は以上です。で、これが何につながるのか。次は配信主のケチの準備した内容を見てみましょう。
こちらは絵は無くて、文字だけですので。悪しからず」
「ただの手抜きじゃないのよ」
画面が暗転し、文字が表示された。
『準備その一、いじめられて不登校になった男子高校生を探す』
「はい、これは紙芝居に出てたミタ君のことでしょう。無事見つかったみたいですね」
「ニートボールのケチがどうやってそんな情報手に入れたのかしらね」
「現代の情報社会の便利なところであり、怖いところでもありますな」
「ふむ。でも、なんで男子なのかしら?」
「それはこのあとわかるぜ」
『準備その二、十月に、不登校の男子高校生の代わりに学校に登校するため、ケッチャンがミタ君に扮する』
「いやいや、扮せないでしょ。いい年こいたおっさんが高校の制服なんか着て学校なんて行ったら、ただの不審者として捕まるだけじゃない?
あ、そうか、『捕まってみた』でもやるの?」
「やりません。『男子』と『十月』ってのが重要らしいぜ。ミタ君の高校は、六月から九月いっぱいまでは夏服だけど、十月には長袖長ズボンの冬服になるんだぜ。ま、一般的だけど。
それで、高校一年生って、身長が伸びるかもって大きめの制服買うでしょ?だから体型に関しては誤魔化せる、ってやつです」
「なるほど、女子だったらスカートだし、体型は隠しにくいわね。でもでも、体型を隠せたとしても、いい年こいたおっさんが大きめの制服着ただけでしょ?さすがにばれるでしょ。加齢臭と哀愁は隠せないわよ」
「あの、どうしてもいい年こいたおっさんにしたいんですか…もしかしたら十八歳の美少女かもしれないじゃないですか」
「はんっ、金曜ロードショーでキョンシーやる確率ぐらい低いじゃないの」
「しばらく観てないですね。ってまた脱線しちゃってるから戻りますよ。
ミタ君て眼鏡キャラだし、マスクをしてれば、顔の見える範囲はすごく少なくなるんだぜ。
そこだけでもミタ君に見えれば、きっとばれないんだぜ。髪型も、引きこもり明けヘアーで長めにしちゃえばなお良しなんだぜ」
「えっと?何?じゃあもしかして、顔の見える範囲を整形したとか?」
「お金かけてますからね」
「っ!そこまでやるとは思わなんだわ。とにかく、ケチがミタ君の代わりにいじめられるってことね。ここまではわかったわ」
『準備その三、ミタ君との重複を避ける』
「もしも本物のミタ君の、学校に行く覚悟が決まって、たまたまケッチャンと同じ日に学校行く!なんてことになったら大変よね。
教室で対面して、えっ?どっちが本物のミタ君?はい僕です!はい僕です!どーぞどーぞ!って展開になるわね」
「いや、ならないと思いますけど、とにかくイレギュラーが起きないよう、不安材料は全て取り除いておくんだぜ」
「それで、ミタ一家を世界旅行に行かせたのね。これで半年間は好きにできるわけね」
『準備その四、万が一に備えてミタ家を頑丈にする』
「えっと、どういうこと?」
「留守中のもしものために、ミタ家には防犯設備などをつけるんだぜ。キャンペーンチラシに書いてあったでしょ」
「いや、ミタ君がいなければいいだけでしょ?そんな、お金の無駄じゃないの」
「もしもですが、ケッチャンネルがこの動画で炎上したら、本物のミタ家に迷惑がかかるかもしれないんです」
「石投げられたり?本当に炎上するかもって?」
「そ、万が一に備えて、です。ちなみに防犯設備は、『敷地に侵入されたら警報なるやつ』『センサーが感知したらライト点くやつ』『玄関のドアは、銀行の金庫並みに厳重なやつ』『窓ガラス全て防弾なやつ』『全ての窓の雨戸は、家の内側からしか開けられない超頑丈なやつ』『外壁は耐熱・耐衝撃・耐火性能などなどをもった頑丈なやつ』『火の気を感知したら消火するシャワー出るやつ』をつけるんだぜ。
さらに、半年後に帰っても家の中が綺麗なままであるように、『トイレ・流しなどの水回りの水が定期的に流れるやつ』『気温、湿度を二十四時間適正に管理するやつ』『締め切った部屋の空気を清浄するやつ』もつけるんだぜ」
「わかったけど、え?どんだけお金かけてるの?
最初にワタシが何百万円って言ったら桁が違うっていうのは…もしかして桁が小さかったってことかしら」
「そのとおりなんだぜ」
「・・・」
『準備その五、いじめられる確率を上げる』
「そうね。結局、この企画って運頼みなところあるのよね。
いじめられること前提に進めてるけど、実際にいじめられるかはやってみないとわからないわ」
「うむ。しかも準備できるのは、あくまでも確率を上げることしかないんだぜ」
「で、何やったの?まさか有名な催眠術師でも雇って、ミタ君をいじめるように操るとか?」
「それこそ、催眠がかかるかどうかわからないし・・・(そ、その手があったか)」
「何か心の声聞こえたんだけど。あんまりたいしたことはやってなさそうね」
「とりあえず、半年の時間を置いたでしょ?そんだけ時間が経っていれば前に盗っていったゲームとか、もう遊び尽くした頃でしょう。
で、そんなときに、『ミタ君がまた新しいゲームを買って、引きこもりをいいことに遊び呆けているらしい』なんていう噂とか、『ゲームがあるのが引きこもりの原因だから、もしかしたら無いほうが良いのかしら』なんていう母親の愚痴なんかがアーベーツェーの耳に入ったら、もしかするかもって思うんだぜ」
「うーん、運ね」
「あと、最後の手段だけど、学校に行ってみて、何にもなさそうな雰囲気だったら、ケチから仕掛けることも考えているらしいぜ」
「貸したゲームどうなったの、って聞くとか?まぁ、やりようは無くはなさそうね。
ま、準備に半年もかけたんだし、いじめられるまで辛抱強く待つくらいできるでしょ。
とにかく、動画を観てみましょ。さぁ、進めるのよ」
「っ!まさかネロさんが話を進めるとは・・・あ、もしかしてこれケッチャンネル最終回ですか?」
「失礼ね!ほら、さっさと本編の動画いくわよ」
「うむなんだぜ。じゃあ、二人でタイトルコールいきますよ」
『いじめられてみた、スタート!』
画面が暗転した。