4月13日(後半)
「まず、実際に実行するのは俺たちだけど、全部『ケッチャンがやったことになる』ということが大前提になるな」
「うん。もともと、証拠とか残さないようにするつもりだったから、結果、わたし達はこの動画には関係していないってことになるよね」
「厳密に言えば、俺たちは巻き込まれるって時点では関係はするけどな。まぁそんなことはいいとして、まずは『恵介に変装して学校に行く』ための準備だけど」
「はい、先生!そもそもの話なんだけど、質問があります」
「...」
夫が恵子のノリに乗らないのはいつものことであるが、もしかしたら壊れた方の発言だと思っているのかもしれない。
「なんで、いじめられっこに選ばれたのが恵介なの?ってなるよね」
「うん、そうだな。そこはケッチャンがいろんな手段で掴んだ情報の中から選んだってことにしよう。あとは恵介の通ってる学校、クラスとか座席とか、もちろん容姿とか性格の情報も全て網羅している、って設定にする。現代の情報社会の怖いところ、って言っておけばいいんじゃないか」
「何となく、恵介とケッチャンが関わっている、ってことにはなりそうだよね。まず、ケッチャンが登校する半年後まで、恵介が登校しないっていう確約もないんだから。そこは2人の間でなんらかのやりとりがあったってことになるよね」
「恵介が学校に行きたくない、っていうことを知ったうえで、半年後の計画に同意してもらった、てことだな。でも、できるだけ協力した、というよりは巻き込まれた、って思われるようにうまくやろう」
「あと、実際はわたしが変装するけど、ケッチャンが変装するってなると、やっぱり整形とか必要だよね。それか、恵介に少しでも似た人に協力してもらうか」
「ケッチャンっていう人物の素性は全くわからないようにするとして、『協力者』をつくるかどうか、なんだよな。実際は俺たち2人がほとんど実行するから。必要な準備を考えていって、どうしても協力者の存在が必要になったら、そのとき考えよう」
「じゃあ、とりあえず、恵介のクラスはわかるとして、教室の位置とか、恵介の座席を調べないとね。まぁ、入学してから3日間しか行ってなくて、半年振りの登校でしょ、迷うっていう選択肢もあるか」
「うーん、引きこもり明けの登校っていう時点で注目浴びるから、それ以上は目立ちたくないよな。そこは事前に先生に聞くとか、何とかしよう」
「で、次は『いじめられる』だけど、やっぱりこれが一番難しいよね。運が絡むから、いじめられるまで時間かかる可能性あるよね。わたし、半年も高校に通いたくないわ。やっぱり学生時代って、一度きりだから楽しいんだよね」
「...うん。登校するまでの半年間で、いじめられる確率を少しでも上げよう。例えば...恵介がまた新しいゲーム機を買ったとか、ゲームばっかりして部屋から出ないとか、そんな噂をいじめっこの耳に入れるか。あとは登校したときに、『半年前に持っていったもの返して』って言うとかな」
「うーん、運ね。でも、そうね、確率を上げるしかできないけど、たとえ1%しか上がらないことでも、100個実行すれば100%になるか。極端な例だけど」
「次に、いじめの様子を撮影するのは、まぁ、今のご時世超小型カメラがあるし、手に入れるのも難しくないかな」
「あたし、売ってるところの心当たりあるよ。須藤さんがやってる車用品店に行けば?」
「...?」
「ストーカー用品店、てこと?...まぁまぁ面白いね、でもまだまだこんなんじゃ投稿王にはなれないかな、ってそんなことは置いといて。でもさ、いじめられるとしても、学校でいじめられるのかな?ほら、実際、恵介は部屋でモノをとられたんだし」
「うん、それは俺も考えた。でも、結局家に行くにしても、学校での接触はあるはずだろ?家の位置だって覚えてないだろうから、恵介と一緒に下校するだろうし」
「そう、ね。じゃあ、小型カメラ仕込むのと、うちに監視カメラ仕掛ければいいか」
「そうだな。この部屋と、玄関、階段とかに仕掛けよう。って、この家なんだよな...実際は恵子がいじめっこ連れてくるんだけど、本当の実際はケッチャンが富田家に連れてくるってことになる」
「そうだよね、もしかしたら家にわたしがいるかもしれないし、少なくとも部屋には恵介が引き込もってるよね。じゃあ、そのときだけ誰もいないようにする?」
「例えば、数日間、恵介の慰安旅行に行くとか、か。いや、待てよ、別にこの家に連れてこなくてもいいんじゃないか?」
「え?どういうこと?」
「ほら、半年前に1回しか行ってない家の場所とか、見た目とか、あんまり覚えてないんじゃないか?だったら、家から少し近いところ、例えば空き家とか借りてさ、恵介の家と部屋を再現するってのもあり得るな」
「ほぅ、そこな男よ、もしかしたらヤマベ氏が映像記憶能力の持ち主かもしれんぞよ?」
「いや、あんたがヤマベの何知ってんのよ。それにそっちの可能性の方が低いでしょ」
恵子(壊)に突っ込む恵子、そしてそんな状況に既に慣れてしまっている夫の会話は、普通に続く。
「じゃあ次はその撮影した動画の投稿だけど。計画通りだと、そのときには登録者が10万人を超えている。映像をそのまま投稿するのはたぶん違反行為だろうな。通報されるだろうし。だから、人の顔はもちろん、制服とか、背景とかも極力ぼかしとか入れないとな。これから半年間の動画投稿で、編集技術も磨くか...」
「うん、ガンバ!」
「で、次に撮影した映像を証拠に訴えたりする、と。ここでの映像は加工いらないだろうから、楽だな」
「でもさ、なんで小型カメラなんて仕込んで学校行ってるの?って突っ込まれるよね」
「いじめられたのが原因で半年間も引きこもったから、今度は念のため、証拠を残そうと思った、って言えばいいんじゃないか」
「そう、ね。ここは、ケッチャンがわたしとあなたのどっちかを名乗って先生に電話して、映像もメールでやりとりすればできそうだし、比較的簡単そうね」
「それと、もちろんこのやりとりは、動画の投稿よりも前にやらないとな。もしも動画を先生とか、もちろん、いじめっこに観られたら、ケッチャンの仕業だってばれるから、問題が別の方に移るだろう」
「いじめられてから、1週間か2週間後、くらいかな。いずれにしても停学処分とか、あとは損害賠償請求の手続きやらが終わってからじゃないとね」
「損害賠償請求の方が問題だろうな。俺もまだ詳しくないけど、弁護士通して、何か手続きとかするんだろ。裁判にだってなるのかもな」
「でも私たちに必要なのは賠償金じゃなくて、損害賠償を請求したっていう事実だよね。弁護士がいじめっことその両親に請求の話して脅して、それで終わりでいいんじゃない?」
「だな。じゃあそれも、法律とかを詳しく調べるだけでいいか。弁護士に依頼しなくても、俺か恵子が弁護士に変装するってのも考えられるしな」
「わたしは恵介に変装するんだから、いじめっこに接触するのは危険じゃない?そこはあなたがやってよね」
「わかった。で、いじめっこは停学になったり、親からひどく怒られたり、散々な目に合う、と。そして、その後に動画が投稿されたら、よくわからないケッチャンとかいうやつの仕業だって知る」
「どう思うんだろうね。損害賠償は実際には請求されないってわかって、いじめっこの親は安心するかもね。いじめっこどもは、まぁロクな奴らじゃないだろうから、ただただケッチャンへの怒りを募らせるだけじゃない?」
「うん、でも、動画でぼかしとかかけたとしても、おそらくどこかの誰かがいじめっこの素性を晒してくれるだろうから、世間からの目は冷たくなるだろうな。いたずら電話とか、手紙とか、いや今はメッセージか?」
「学校への連絡とか、損害賠償請求とか、そのときの様子も撮影してさ、それも投稿すればいいんじゃない?ほら、動画投稿したときにはおそらく停学処分になってるはずでしょ。じゃあ、クラスメートとかがもし動画観てたら、『きっとアイツらだ!』って、SNSで拡散するでしょ」
「うんうん。そうしよう。そうだな、いじめられてみるだけじゃなくて、その後の対応までやる、か」
「なんだかいじめ問題に対するひとつの対応動画みたいな、大きな話になりそうだけど、ね。『いじめられてみた』でいじめの事実を伝えて、『映像と言う証拠をもって、対応をしてみた』で世のいじめられっこ、いじめっこ、ひいては第3者に向けたメッセージを発信する、とか」
「俺たちの目的を果たして、結果、そうなるってことなら良いな。恵介の死も無駄にならないかも」
「なんとなくやることは決まってきたけど...うーん、『いじめっこが死ぬほど反省』するか、って問題があるよね?」
「ここまでのやり方だと、結構、精神的ダメージを与えられると思うけど」
「例えばだけど、停学処分で100のダメージ、損害賠償請求で60のダメージ、世間の目で100のダメージを与えたとしても、いじめっこのHPが1万もあったら。ね、全然ダメでしょ」
「例えが極端すぎるけど、まぁ、メンタル強すぎて反省しないパターンもあるか。じゃあ、そのパターンも考えて、いじめっこにダメージ与えられる何か...」
「...動画の最後に、恵介の自殺映像流すとか...」
「本物の恵介ではないってわかってるけど、でも、恵介そのものだから、わかる人にはわかる、か。それに、動画観てくれた人達のいじめっこへの反応が過激になりそうだしな。それもいいかも」
「あとさ、殺しちゃいけないんなら、せめて誘拐くらいしようよ。監禁か軟禁しちゃおうよ!いじめっこ3人のうちさ、一番反省しなそうなやつだけでいいからさ。で、残りの2人には、『次はお前だ』みたいな脅しだけでいいんじゃない」
「いいかもな。軟禁」
恵子(壊)の過激な提案も、ここではナイスアイデアになってしまうらしい。
「どこか、この家か、あるいはいじめの舞台に使うかもしれない空き家か、とりあえず何日かそこに閉じ込める。だけど、それまでに法に触れることあるかもしれないけど、これは立派な犯罪だな」
「行方不明ってなるから、警察の捜査も入るよね、きっと」
「あぁ。動画に関係するってことで、ケッチャンの素性を調べるだろう。あと、ケッチャンに関わったと考えられる人への聞き取りがされるか」
「当然、恵介のところにも来るよね。ケッチャンが変装したとはいえ、主人公だし。わたしが恵介に変装して対応...は無理だよね」
「あぁ、俺たちにも聞き取りするだろうし、さすがに厳しいだろう。とはいえ、恵介が死んでるとは言えないし...」
「警察が動くとしたら、いじめっこを誘拐してから、だよね。じゃあそのときには既に死んでればいいんじゃない?わたしたち」
「誘拐してすぐ死ねばいい、か。でも、もしもだけど、動画を投稿してすぐに、何らかの理由でケッチャンの素性捜査が始まったら、ってことも想定した方がいいな」
「そうすると、動画投稿のあとにすぐ死ぬ?そうすると、いじめっこの誘拐はできなくなるか。なんとかして身を隠す...と容疑者扱いされちゃうかな?」
「うん、俺たちはあくまでも、ケッチャンに巻き込まれた、っていう立場でいたいからな。とすると、ほら、もしいじめっこがこの家に来るときに考えた『慰安旅行に行く』ってやつを長引かせたらいいんじゃないか」
「1か月とか、それよりもっと?そう、ね。思い切って世界一周旅行とか行ったことにする?」
「あぁ。恵介のために環境変えるってことにして、連絡もとれない状況つくれば、警察の捜査から逃れることできそうだよな」
「でも、ケッチャンにとってそんな都合の良いシチュエーションが次々に...あぁそうか、わたしたちが準備したことはケッチャンが準備したことになるんだから、いいのか。なんか、準備することが山積みね...」
「でも、大筋は立てられたな。あとはその時々で必要なことを追加していこう」
4月13日、午後23時半。2人は話を切り上げると、息子に『おやすみ』と言い、寝室へと向かった。
余命半年、限られた時間。
やりたいこと、やらなければいけないことを死ぬ気で考えて行動すると、1日がなんて長いことか。そして充実することか。
こんな感覚で、普通の人生を必死に送ることができるのなら、きっと、いじめなんてつまらないこと、時間を無駄にするようなことは絶対にしないだろう、と恵子はふと考え、眠りに就いた。




