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いじめられてみた(旧)  作者: ケト
自白してみた
23/33

4月10日(前半)

 4月10日金曜日、午後5時。

 富田恵子は、夕飯の買い物を終えると、家路に着いた。

 息子の恵介が高校に入学して今日で3日目。まだ学校で友達ができていないのだろうか、昨日の夜も浮かない顔をして、ため息ばかりついていたのだった。

 息子の性格、どうやら父親に似たのだろう、と、事ある毎に思っている。自分は、ため息を吐く方ではなく、どちらかというと吸う方なのだから...と、こんな楽観的なことを考える私の性格に似れば良かったのに。



 最後の角を曲がり、家まで残り約50m。と、家から人影が出てくるのが見えた。

 出てきたのは3人、息子と同じ制服を着ている。クラスメートだろうか。

 3人はこちらに向かって、なんだか楽しそうに話をしながら歩いている。その表情は、ニコニコというよりはニヤニヤに近いだろうか。生まれつき笑顔がニヤニヤなのだろう、かわいそうだが、仕方がない。


 3人は恵子の存在を認識し、近づくなり静かになり、すれ違うとまたニヤニヤ喋りを始めた。

 恵子は、すれ違い様に少年たちをチラ見した。みんな同じようなリュックを背負い、手にはそれぞれ手提げ袋を持っていた。今の高校生は荷物が多いんだな、とだけ思うと、あまり良い印象を持たなかったのか、ニヤニヤクラスメートへの関心はすでに薄れていた。


 玄関のドアノブに手をかけ、引いてみる。鍵はかかっていないようだった。友達を見送ったあと、鍵を閉め忘れたのだろう。

 恵子はまずキッチンに向かい、食材を冷蔵庫に入れると、エプロンをつけながら2階に上がり、息子の部屋に向かった。

 

 2階の真ん中にある息子の部屋の前に立ち止まり、ノックをするが、反応は無かった。

 以前、ノックしてすぐに入室すると、パソコンでいかがわしいものでも観ていたのか、怒られたことがあった。以降は、返事がない限り立ち入らないことに決めていた。

 もう一度だけノックし、

「今夜は恵介の大好きなハンバーグだから、あと1時間くらいしたら下りてきてね」

 とだけ伝えると、その場を去ろうとする。


 すると、急にこめかみのあたりに痛みを感じ、その場にうずくまった。目を閉じると、ほんの少しの間だと思うが、意識が飛んでいたようだ。気がつくと、痛みは消えており、今度はなぜか寒気を感じた。

 両肩を抱きながらキッチンへと戻ると、夕飯の支度を始め、点火したコンロで暖をとったのだった。



 午後6時半過ぎ、玄関方向から、「ただいま」という声が聞こえた。どうやら夫の大介が帰宅したようだ。

 夫はネクタイを外しながらキッチンに歩み寄る。


「良いにおいがするな。おっ、ハンバーグか。恵介も喜ぶんじゃないか?」

「そうね。そろそろできるから、着替えたら恵介呼んで、一緒に下りてきて」


 2階へと向かう夫を目で送ると、ハンバーグの焼け具合を確認した。良い感じに焼けたのをみて、火を消し、棚から皿を3枚取りだすと、ハンバーグを載せた。ボウルに入れていたレタス、トマト、ブロッコリーを添える。

 2階ではノックと、夫が息子を呼ぶ声が聞こえた。


 ハンバーグを載せた皿を、リビングのテーブルに運んだところで、2階の様子が気になった。ノックし始めてからしばらく経つが、まだ下りてこないのだ。

 お腹を空かせてハンバーグをより美味しく食べようと、2人でツイストでも踊っているのだろうか。自分で思っておきながら、ツイストって何だっけと思いつつ、恵子は2階へと向かった。



 真ん中の部屋、そのドアは開いていた。そして、夫は入り口で腰掛け、口を開いたまま、中を見上げている。もしかすると、ベッドの上で、恵介のソロパートが始まったのかもしれない。


 入り口、夫の後ろに立つ。最初に感じたのは、部屋から漏れ出る冷たい風。

 そして、まず目に付いたのは、部屋の真ん中に浮いている何か。


 それはすぐに、息子、恵介だとわかった。



 よく見ると、首にロープのようなものが巻き付き、それは天井へと伸びて固定されているようだった。浮いているのではなく、吊り下がっているのだ。


 首を吊っている、ということにすぐ気づく。そして、ピクリとも動かず、今まで見たことの無いくらい白くなったその顔は、見たことの無いほどの苦悶の表情を浮かべていた。

 早く、下ろしてあげなくては...と思うが、体が動かない。動くのは目だけで、それ以外の部分を動かす権利を誰かに奪われた、そんな感覚だった。


 すると、自分ではない誰かが、自分の口を使って、言葉を発した。


「ほら、恵介。天井からぶら下がってなんかいないで、早く降りてらっしゃい。あなたも、そんなところに腰かけてないで。

 なに?その角度だと恵介のぶらさがる様子がよく見えるって?もう、そんなのどうでもいいから、恵介と一緒に、すぐ下りてきてよね。ハンバーグできたんだから、ね」


 こいつは...こんな状況で、わたしの口を使って何を言っているのだ。

 唯一動かせる目で夫を見てみる。案の定、『こいつは何を言っているんだ、ぶっ壊れやがった...』とでもいう顔。結婚して16年、初めてみる顔である。


 息子の首吊りを見たこの状況、恵子の中で何かが壊れ、新たな人格が現れたのであろうか。

 恵子はその人物を、恵子(改)ならぬ、恵子(壊)と名付けた。

 

 恵子(壊)は、踵を返すと階段を降り、1階リビングのソファに腰掛けた。すると、テレビの電源を入れ、番組表を開く。何をするつもりだ、と思っていると、午後9時のとある番組の視聴予約をしたのだった。

 

 金曜ロードショー...今夜は名探偵コナムか。恵子(壊)はこれを観たいらしい。

 すると、からだの支配権が戻ったのを感じた。手足の自由がきくのだ。

 

 すぐに立ち上がり2階に戻ろうとする、が、からだの自由とともに、感情も戻ったらしく、意識が遠退くのを感じる。

「ぶっ壊れた人格、か...大介ごめんね、たぶん、これから迷惑かけ、るわ...」

 

 目の前が暗転した。


 

 ・・・急に目の前が明るくなる。

 どうやら、隣にいる息子と会話をしているようだ。息子の顔には、何故か真っ黒い霧のようなものがかかっている。

 いつもと変わらない、何気ない会話。だが、何故だか、いつまでも続いてほしい、そう感じる時間がしばらく続く。すると、黒い霧は、顔から全身に及んでいた。


「今日の夕飯なに?えっハンバーグ!やった!」

 

 跳び跳ねる黒い霧を見ていると、今度はだんだんとその霧が薄くなる。薄くなるにつれて息子が見えるかと思いきや、霧の中は空っぽのようだった。


「僕は、魔女が宅配したり便するやつが一番好きだな。お母さんは?」

「お母さんはやっぱり、安田成美派...」


 そんなどうでもいい会話を最後に、息子は、その霧は姿を消した。

 


 目が覚めた。

 ソファに腰掛けたまま眠っていたようだ。夢の中で、さっきまで横にいたはずの恵介の姿は無かった。目をこすると、目元が濡れているのに気づく。どうやら夢を見ながら泣いていたようだ。

 つけっぱなしのテレビの時計は、午後9時10分を表示していた。どうやら2時間ちょっと経過したらしい。

 テレビには、殺人事件の舞台となるであろう場所に、楽しそうに向かう少年達が映っていた。


 眠る前のことを思い出すと、急ぎ足で2階へと向かった。からだの支配権は完全に戻っているようだった。


 2階の真ん中の部屋。ドアは閉まっていた。

 ドアを開ける、と、冷たい風が恵子の体に当たる。


 入ってすぐ正面には息子の机。椅子には夫が座っており、パソコンを開き何かを見ていた。

 そして、部屋の中央を見る。天井からぶら下がっていた息子の姿は見られない。

 ベッドにはアルミのシートが置いてあり、中にある何かのせいで少し丸みを帯びている。そのアルミシートは、リビングのこたつの敷布団の下に敷いていたものであろう。


 そして、おそらく丸みを帯びている、その中身が息子なのだろう、と思った。


 ベッドの脇、床の上に置いてあるのは半透明のごみ袋。中には恵介が身に付けていたと思われる衣服が詰め込まれていた。

 夫は、恵子が寝ている間に息子を下ろし、服を脱がせ、そして床の掃除もしてくれたようだ。


 警察には電話したのだろうか。そして、この寒さはなんなのか。いろいろ気になることを夫に尋ねようと思ったその口は、またもや恵子(壊)に奪われた。


「ねぇ、あそこ...毛、生えてた?」


 唯一自由のきく目は、夫の、結婚以来2度目となるその表情を捉えていた。今度は少し哀れみが混じっているように感じた。


「...これ、見てくれ」


 夫はこちらを見ずに、パソコンの画面を見るよう促した。恵子(壊)は大人しくパソコンに近寄ると、画面に顔を向けた。

 何やら動画プレイヤーが開かれており、夫は再生ボタンをクリックした。


 すると、画面に恵介の顔が映し出された。その顔は間違いなく自分の息子だが、その顔は白く、目は涙で腫れており、別な人間のようにも見える。

 震えた口が開き、涙とともに、震えた声が溢れでた。


「っ...うっ...あ...

 お、母さん...おと、うさん...ごめ、ん...なさい。

 もう、何、も......考えたくない...

 産んでくれて、だ、大事に、育ててくれて、ありが、とう...」


 

 恵介の悲痛な言葉。


「15歳で親への感謝の気持ち、か。おそらく、あたしがあの域に到達したのは20代の後半・・・・・・恐ろしい才能・・・!」


 恵子(壊)が訳のわからない事を言っていると、恵介は画面に背を向け、部屋の中央に置かれた椅子へと歩む。そして、その椅子に裸足の足を置く。 


「みんな観てるからね、転ばないように気を付けて。TAKE3までは我慢するわよ」


 恵介は椅子の上に立つと、天井からぶら下がっているロープの先、輪っかになっているものを首にかけた。


「そのロープで大丈夫?ちょっと細くない?」


 椅子を蹴ると、ロープのかかった首だけで吊り下がった。首とロープの間に指を入れようとするが、首に食い込んだロープにはすでにそんな隙間は無い。


「首をそんな引っ掻いたら痛いわよ...って、爪伸びてるんじゃないの?爪はこまめに切りなさいって、いつも言ってるのに、もう」


 少しの間、足がバタバタと動き、やがて足の動きが止むと、手は垂れ下がり、足先も床に向かってまっすぐに下がった。

 息子は、恵介は、天井からただ吊られたモノへと変わった。


「そんな格好でよく寝れるわね。ふふっ、おやすみ」


 恵子(壊)の台詞を聞き流すと、夫は動画を停止した。同時に、支配権が恵子に戻った。


「これ、恵介が、撮ってたの?」

「あぁ。このパソコンのカメラで撮っていたみたいだ。お前と思われる女がいなくなってから、すぐに恵介を下ろして、片付けして、落ち着いて机の上を見たら、ビデオモードになってるのに気づいた」


 お前と思われる女とは...さすがは夫、恵子(壊)の存在に気づいたらしい。


「この寒さは?」

「俺が部屋に入ったときから寒かった。エアコンの温度見たら、最低の18度に設定されていたんだ。もしかすると、自分が腐るのを少しでも遅らせようとしたんじゃないか」

「じゃあ、このアルミシートは保温、か。よく思い付いたわね」


 寒さからか、(壊)の影響か、夫も自分も何やら感覚が麻痺しているらしく、動かない息子を前に、落ち着いて状況を確認している。


「警察には連絡したの?」

「それなんだが...怒らないで聞いてくれると助かる、んだが...」

「えっと...ぶっ壊れバージョンのほうが話しやすいなら変わるけど」


 まだ切り替わる条件を把握していないが、一応聞いてみる。


「いや、恵子に聞いてほしい。まだ、はっきりした考えじゃなくて、こうしたいっていう願望なんだけど」


 そう言うと、夫は語り始めた。



 極寒とも言える部屋の中、夫が語ったのは、恵介の自殺の原因が、おそらくいじめであろうということ。

 

 そして、3人で、そのいじめ加害者に制裁を加えたい、という思い。

 


 まだ青い、でも、優しく熱く、強い、思い。

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