記念動画の前に説明してみた(その1)
暗転した画面下部の両側から、顔だけのイラストキャラが登場した。
「こんばんはー、ゆっくりシロだぜ」
「ネロよ」
「この動画の進行役を任されました。二人でケッチャンの配信動画を、このゆっくりボイスで説明したりつっこんだりしていくんだぜ。あと、さっきまでの猫被り配信主のことを毎回ケッチャンて呼ぶの面倒くさいから、いつもどおり『ケチ』って呼ぶぜ。ケチはその名のとおり守銭奴だからな、しっくりくるんだぜ」
「そうね。ワタシは本当なら『ケ』って呼んでもいいくらい面倒臭いんだけどね」
「どんだけですか。臭すぎませんかねーって、進まないから早く観ていこうなんだぜ。なんでも、今回は紙芝居風らしいな」
「そうね。ところで、準備費用が言えないってどういうこと? ケチのくせに大金つぎこんでるってことかしらね。引きこもりニートボールなケチがそんなにお金持ってるわけないでしょ?」
「ニートボールって何ですか? てかちゃんと働いてますよ。しかも、聞いたところによると、この半年の間、節約のために『もやし』しか口にしていないらしいですよ?」
「えっ…そ、そんな・・・もやしなんて買うお金あったのね。てっきり河川敷に生えてる雑草が主食かと思ってたわ」
「そのくらいあるわーい。なんならちゃんと家賃も滞納しないで払ってらーい!」
「そうなのね。じゃあ、今回の企画に、何百万円もお金かけたってことかしら?」
「えっと、ネロさん?いきなりなんて金額だしてるんですか? け、桁が違うよ……」
「そりゃそうよね。ま、ケチのことはどうでもいいわ。さっさと紙芝居観ていきましょ」
「うむ、じゃあ紙芝居に戻るんだぜ」
「戻るって、まだ始まってないじゃない」
「……始めるんだぜ」
シロとネロの二人が定位置と思われる画面下部の両側に落ち着くと、画面の中央には紙芝居風のイラストが表示された。
~一ページ~
タイトルである『いじめられてみた~記念動画の前に~』が記されている。
「ここはそのまんま、ただのタイトルです」
「まぁ、タイトルにつっこむつもりはないわ」
「じゃ、次いきますよ」
~二ページ~
制服を着た男子が描かれている。
『少し昔、四月八日、水曜日。あるところに高校一年生になったばかりの男子『ミタ君(仮称)』がおりました』
「ちょっと、『やってみた』のミタ? 安易すぎないかしら? しかもつい半年前じゃない。何、スコシムカシって。語呂はすごくいいけど」
「名前に関しては、企画の趣旨がよくわかるし、何より呼びやすいでしょ? 感情だって移入しやすいんだい!」
~三ページ~
教室で読書するミタ君と、遠くで不気味に光る三対の目が描かれている。
『入学して二日目、まだ咳払いとため息しか口にしていないミタ君は、クラスのとある三人からの妙な視線に気づくのでした。引っ込み思案なミタ君は視線には気づかないフリをして、読書キャラを通そうと必死なのでした』
「必死こきすぎて本を逆さまに持ってたら面白いんだけど、普通ね」
「ふふっ、実はブックカバーが上下、さらに裏表逆なんだぜ、これが」
「いや、それはただの本屋のミスでしょ。てか裏表逆はさすがに気付くでしょ、ってもしかしてこれがいじめ?」
「いやいや、まだ序盤も序盤、レーベの村にも着いてないですよ?」
「ちょっとその例え昭和臭いわね」
「小惑星、って言って寒くなる流れに持っていこうとするのやめてください。じゃあなんですか、最新の例えを教えてくださいなんだぜ」
「序盤と言ったら、そりゃあ……まぁ、ルイーダの酒場でしょ?」
「うむ、括弧適当」
「それより、妙な視線? 何? そっち系の男子なの?」
「そ、そっち系ってなんですか」
「ほら、四人揃えば六通り、だっけ?ことわざあったじゃない」
「それって三人寄ったらで、文殊の知恵のやつでしょ。何変なこと言ってるんですか。ちっちゃい子も観てるかもしれないんだぞ」
「コンビネーション四の二は六ってことでしょ? 数学の組合せのことじゃない」
「うっ。ま、まぁとりあえず、いじめっこっぽいのがでてきたということで次いきますよ」
~四ページ~
下駄箱からスニーカーを取り出すミタ君が、三人の男子生徒と話している様子が描かれている。
『高校入学から三日目、四月十日金曜日の放課後のことだった。その日のノルマである、本一冊の読破もお昼休みに達成し、放課後にやることも特に無いため、早々と帰ろうとするミタ君。
下駄箱からスニーカーを取り出したところで、ふいに話しかけられた。声の方を向くと、クラスメート『アー』『ベー』『ツェー』の三人がこちらを向いて立っていた。話しかけたのは真ん中に立つ『アー』のようだ。
どうやら、ミタがゲーム好きで、しかも今、手に入りにくいゲーム機を持っているのを噂で聞き、プレイ画面を見たいらしい。
高校生活初めての、そしてゲーム好きな友達ができるかもしれないと思ったミタ君は、二つ返事で了承したのであった』
「うむ、今のところは悪い展開じゃない気もするけど。ゲイむ仲間ができそうで良かったわね。ところで三人の名前、普通にエー、ビー、シーで良くない?なんでドイツ語なのよ」
「ただ単にカッコいいからですよ。てか、さらっとゲイむとか言うの止めい」
~五ページ~
部屋でゲームを囲む四人の男子生徒が描かれている。
『ミタ君の部屋へと三人を招き、ゲーム機をお披露目したミタ君。
映像の綺麗さ、そして面白さに、アーベーツェーの目はずっと輝いていたそうな』
「うーん、まだいじめられないの?早くしないと飽きちゃうわよ」
「まだ五ページ目なんですけどー。結構さくさく進めてるし、もうちょっと我慢してください」
「あっ、ほらっ、視聴者の大半が金曜のロードショーを観る時間が長くなってるわよ」
「げーっ、次いくぜ」
~六ページ~
何やら袋に物を詰める三人と、それを見つめる男子生徒が描かれている。
『ひとしきり遊んだあと、アーベーツェーの様子が一変した。ゲーム機を貸してくれとせがんできたのだ。さらには、他のゲームや漫画、タブレットも借りていくぞ、と勝手に話を進める始末。ついには強引に袋に詰め始めたのだった』
「はい、まさにいじめ、というか窃盗ね。ミタ君は、ちゃんと『貸さない』って言ったのかしらね。じゃないと、こいつら、あとで訴えたとしても『借りた』で通すわよ」
「言ったかどうかわからないけど、記録が残ってるわけじゃないしな。三対一で不利だし、こりゃミタ君のクラスメート運の悪さを恨むしかないな」
「記憶を証拠として取り出せたらいいのにっていつも思うわ」
「そんな、エスパーな麻美ちゃんじゃないんですから」
「また古いの出したきたわね。あれでしょ? 女の子の裸で射精するやつ」
「こらーっ。確かに女の子の裸を写生するシーンあるけど、変なこと言うんじゃありません」
~七ページ~
部屋の壁にもたれかかり、紙切れを見つめて呆ける男子生徒が描かれている。
『ほぼ全ての娯楽を奪われたミタ君は、何をする気も起きず、その後、学校にも行かなくなってしまいました』
「可哀想すぎるわね。逆に遊ぶの何もなくなったから、家で勉強したり学校で勉強するしかないって考えにはならなかったのね」
「ネロさんは、やることなかったら勉強するんですか?」
「何で?勉強はテストの直前にしかやらないでしょ?」
「そんなんでよくさっきみたいなこと言えましたね」
「ふん、人には厳しいのよね。ところでミタ君が見てる紙切れ何なの? 気になるんだけど」
「これは、新聞のチラシですね。家電量販店とゲーム屋のチラシだけを抜き取って持ってきたんでしょ。もはやそれしか楽しみが無いんですね」
「えっと、テレビとか観ないのかしら。あとパソコンとか持ってないの?」
「テレビは居間にしか無いようです。パソコンは持ってるみたいですけど、どうやらゲーム機とかと一緒に精神的なモノも盗られたようで、チラシを眺める気力しか無いようですね」
~八ページ~
先ほどの七ページと同じ絵と、日めくりカレンダーがめくられて時が経っている様子が描かれている。
『高校入学から三日間で不登校となり、三ヶ月が過ぎた』
「親も、部屋の中を見ればいろいろとモノが無くなってるんだから、不登校の原因に気付くでしょうに。何をしてるのかしらね」
「親が気付いたとしても、結局のところ、ミタ君が立ち直らないと意味が無いんでしょう」
「なんか暗いわね。さっきから全然面白くないけど、この動画大丈夫?」
「今ちょうどシリアスな場面ですからね。天空の城で例えると、『四十秒で支度しな』の四十秒前くらいの感じですかね」
「ばばぁが旨そうな漫画の肉食ってるあたりかしらね」
「ばばぁ言うなー」
~九ページ~
バーンという効果音とともに玄関を勢いよく開ける男性の姿が描かれている。
『七月中旬のこと、ミタ君の父親、ミタパパが家に帰るなり、大発表をするのであった』
「そのペンション買ったー! かしら?」
「その結婚待ったーみたいなこと言わないで。確かに扉バーンシチュの鉄板と言えばそれだけど」
「じゃ、海の幸一家のアニメが終了するらしいぞ! かしら?」
「それは日本列島が震撼する歴史的な出来事だけど。ていうか大喜利じゃないんですけど」
「じゃ、世界旅行が当たったみたいだぞ! かしら?」
「あの……当てちゃうのもやめてもらっていいですか」
~十ページ~
パソコンの画面を見ながら和気あいあいとした様子の夫婦が描かれている。
『家に入るなり、世界旅行が当たったみたいだぞ、と大発表し、満面の笑みのミタパパ。パソコンに送られたメールを開き、ミタマンマに見せた』
「ミタパパはいいけど、ミタマンマって何? 普通にミタママでいいじゃない。マンマなんて単語、そのまんま、見たまんま、猫まんま、くらいにしか使わないわよ」
「まぁまぁ、あんまりツッコミが過ぎると前歯が伸びますよ」
「なんでやねん。お笑いのツッコミの人みんな出っ歯ちゃうやん」
「はいはい、次のページにいきますよ」